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Chapter #2
Do you love me?
しおりを挟む帰りのバスに乗る頃には、すでに時刻は夜の九時を回っていた。
しかし多くの人々はまだまだ遊び足りないらしく、街の至る所で未だ大声を上げて騒いでいる。
このまま朝まで呑み明かすつもりだろうか。
結局、この日は舞恋たちと合流することは最後まで叶わなかった。
きっと月曜日に顔を合わせるときには怒涛の愚痴が彼女の口から溢れることだろう。
バスの中は思ったよりも空いていて、私たちは一番後ろの一列を陣取ることができた。
私を真ん中にして、右にオリバー、左にカヒンが座る。
カヒンは帰る方向が少し違うけれど、私たちのことを心配して、年長者として家まで送ってくれることになった。
オリバーは遊び疲れたのか、席に着いて早々に船を漕ぎ始めた。
一瞬前まではあれだけ元気よく走り回っていたのに、こうして急に電池が切れて寝落ちしてしまうところを見るとまだまだ子どもっぽくて可愛いなと思う。
「Misaki.」
と、左からカヒンが呼ぶ。
私が彼の方へ顔を向けると、彼はどこか改まったように声のトーンを落として言った。
「You have a passive personality.」
「ぱっしぶ……?」
『passive』という単語の意味がわからず、すぐさま彼にスペルを聞いて、ネットで調べる。
すると、『消極的』という和訳が出た。
『あなたは消極的な性格ですね』。
耳が痛くなる言葉だった。
きっと、今日のオリバーとのやり取りを見てそう指摘したのだろう。
「うん……I think so, too.」
私もそう思う。
あのとき、私はオリバーの気持ちを聞きもせず、話し合うこともせずに距離をとってしまった。
その方が彼のためになると思い込んで、勝手に行動してしまった。
もしもカヒンがいてくれなかったら、今日はあのまま何も楽しめずに帰ることになったかもしれない。
こんな消極的な性格は、人とコミュニケーションを取る上でマイナスにしかならない。
そう反省していた矢先に、
「However……」
でも、とカヒンが続ける。
「You’re kind, and pure. Those are your good points.」
優しくて純粋なところが、君の良いところだ、と言ってくれる。
指摘と、フォロー。
どちらも与えてくれる彼は、私なんかよりもよっぽど思いやりがあって堅実な人だと思う。
「……You are kinder than me.」
あなたの方がもっと優しい、と私が返すと、彼は苦笑した。
そのまま照れ隠しのように、彼は手元にあった小さな人形を弄り始めた。
フローズンのストローに付いていた、ミニチュアのコアラだ。
彼はそれで腹話術をするように、
「ネイホー、ミサキ」
こんにちはミサキ、と広東語で挨拶をした。
そんな彼の姿が可愛くて、私も同じようにコアラを手にして返事をする。
「ネイホー、カヒン。ネイホーマ?」
彼に教えてもらったフレーズ。
まだまだ知っている数は少ないけれど、これからもきっと、彼は私に言葉を教えてくれるだろう。
「オ、オーイネイ、オーホーファチュネイ」
と、彼はさっそく、私の知らない新しい言葉を口にした。
「What’s that?」
それ何? と私が返すと、
「I love you. I miss you.」
アイラビュー。
アイミスユー。
何とも刺激的な言葉を、彼は何でもないことのように口にする。
思わず、「ヒェッ……」と短い悲鳴を上げそうになった。
別に本気で言っているわけじゃないのはわかっているけれど、急にそんなフレーズを持ち出されるのは心臓に悪い。
他にもいくつかフレーズを教えてもらい、最寄りの停留所が近くなってきた頃には、私も簡単な挨拶ができる程度になった。
「ネイホー、ネイホーマ? オーホージャポニャン。ジョーキン」
「Good!」
私が広東語を使うと、カヒンは嬉しそうにしてくれる。
その様子がなんだか私も嬉しくて、
「オ、オーイネイ、オーホーファチュネイ」
調子に乗って、例の大胆なフレーズを口にしてみる。
アイラビュー、アイミスユー。
好きです。
あなたが恋しい。
言ってしまってから、なんだか急激に恥ずかしくなってきた。
思わず照れ笑いしながらカヒンの方を見ると、
「Really?」
「……えっ?」
本当に? と、彼は妙な質問を投げかけてくる。
私がぽかんとしていると、彼は改めて私に言う。
「Do you love me?」
俺のこと、好き?
「え……っと……?」
これは、彼の冗談だろうか?
目の前で、いつもの優しい微笑みを浮かべている彼の瞳は、まっすぐに私を見つめている。
俺のこと、好き?
英語で答えるには、イエスかノーかの二択しかない。
少なくとも私には、その二択以外の上手な答え方がわからない。
好きか、嫌いか。
そのどちらか一つだけだというのなら、答えはもう決まっている。
「…………Yes.」
震える唇を動かして、小さく、伝える。
「Pardon?」
声が小さすぎて聞こえなかったのか、カヒンはちょっと意地悪な顔をして、パードゥン? と聞き返す。
「Yes.」
先ほどよりも少しだけ大きく、はっきりとした声で言う。
すると。
彼はやっと満足した様子で、うっすらと白い歯を見せて笑って、言った。
「I love you, too.」
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