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Chapter #1

プレイスメントテスト②

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 流されるまま、私は右奥の方にある教室へと向かった。
 中は待機室になっており、数分ごとに一人ずつ別室へ呼ばれるらしい。

 見知らぬ外国人たちに囲まれて、私はひとりぼっちになった。

(ど、どうしよう。緊張がマックス……)

 カヒンに会えるどころか、まさか舞恋とも離れ離れになってしまうなんて。



 結局、最悪なメンタルで臨んだ面接は悲惨なものだった。

 別室に呼ばれ、ハキハキとした気の強そうな白人女性の面接官と対面で座り、

「So, ×××× ×××××?」

 さっそく一発目の質問から聞き取れない。

「……ぱーどぅん?」

 まず質問の内容を理解しないことには話が進まないので、私はすかさず魔法のフレーズを口にした。

 しかし、

「Oh! OK, OK. ××× ××××!」

 面接官の女性は私の反応を見るなり何かを察したようで、いいのよ大丈夫よ、とどこか諦めた様子で手元のタブレットを操作した。
 おそらくは私の個人情報が記録されているそこに、手早くチェックを入れていく。

 それでおしまい。

 もう行っていいよ、と促され、私は退室した。


 え、面接ってこれで終わり?

 私、ぱーどぅん、としか答えてないんだけど。

 いつ採点したの?

 これ、普通に考えて0点では??



          ◯



「みさきちー! もう~、急にどっか行っちゃうから心配したよ~。ってあれ? どしたの、この世の終わりみたいな顔して」

 小一時間ぶりに再会した舞恋は、私とは対照的に晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

「テスト、全然ダメだった……。これ、まさか入学拒否とかされたりしないよね……?」

「えー、大丈夫っしょ! ただのクラス分けだもん。学費は払ってるんだから心配ないって!」

 平気平気! という彼女の明るい声を聞いて、少しだけ救われた気分になる。

「舞恋の方はどうだったの? 面接、上手く喋れた?」

「うんうん! それがさー、面接官のお姉さんが日本にめちゃくちゃ興味ある人でさ。日本のこと色々聞かれて盛り上がったんだよ。もっといっぱい喋りたかったわー」

 もはや友達と飲み会でもしてきたかのように満足した様子の舞恋。
 どうやら面接官ガチャは彼女の方がSSRを引いたようだ。

「あとさ、あの人にも会ったよ。例の彼!」

「えっ……」

 カヒン? と小声で聞き返すと、舞恋はぐっと親指を立てる。

「待合室が一緒でさー。あっちもすぐに気づいてくれたよ」

「そ、そうなんだ」

 やはり彼と同じ教室に案内されたらしい。
 僅差で別室に連れて行かれた私はちょっと悔しくなる。

「たださー、やっぱりあの人モテるんだろうね。彼の周りだけ女の子がいっぱい集まってたよ。韓国系とか台湾系の人とか」

 言われて、ハッと思い知らされる。

 そうだ。
 あんなにカッコいい人を、誰もが放っておくわけがない。

「私もそこに割り入って会話に参加したんだけどさ、もう周りの視線が怖いの何のって。あれは火花が散ってたよ。まじで。物理的に」

 想像しただけで恐ろしい。
 舞恋はともかく、私みたいな軟弱者がその場に近寄ろうものなら秒で噛み殺されそうだ。

「そ、そっか。やっぱり人気なんだね、彼」

「うんうん。あんな人気者を落とそうってんなら、それなりの覚悟が必要だよ。みさきち、わかってる?」

「わかってる……って、何それ? 私は別に——」

 興味なんてないですよ、と必死で取り繕おうとする私の眼前に、舞恋は一枚のメモを差し出した。

「……何これ?」

 ノートの切れ端のようなそれには、走り書きで何かが書かれている。

 英単語が二つ。
 片方は『@』から始まっているので、何かのアカウント名だろうか?

「Misakiに渡してくれってさ。彼から」

「……カヒンから、私に?」

 恐る恐る、それを受け取る。

 SNSか何かのアカウントだろうか。
 ということは、これはカヒンの連絡先?

「この私をパシリに使うくらいなんだから、よっぽどみさきちと話したかったんだろうねー。言っとくけど、このお代は高くつくよ?」

「そんな……。私は多分、舞恋のついででしょ」

 社交的で誰とでも仲良くなれる舞恋に比べて、私は英語も苦手だし人見知りだし。
 どうせ会話するのなら、私ではなく舞恋との方がよっぽど楽しいはずだ。

「ま、みさきちがあの人のこと要らないって言うなら、私がもらっちゃうけどねー」

「ええっ……!?」

 私がオロオロしていると、それを見た舞恋は「にひっ」とイタズラっぽく笑って、そのままきびすを返したかと思うと、後ろ手にひらひらと手を振る。

「みさきちの好きなようにすればいいと思うよ。彼が何考えてんのかはわかんないけど、みさきちが話したいって思うなら連絡取ってみればいいじゃん。そんじゃ、私はバスで帰るからお先に!」

 言いながら、彼女はバス停の方へと去っていった。

 ひとり取り残された私は、一抹の不安とわずかな期待を込めた眼差しで、手元のメモを見つめる。

 アカウント名の上に書いてある単語は、SNSアプリの名前だろうか。
 聞いたことのない名前だが、もしかすると海外ではメジャーなものなのかもしれない。

 とりあえず、スマホでアプリを検索してみる。

 すると、

「えっ……。これって、もしかして」

 検索結果を見て、愕然とする。

 そのアプリは確かにSNSなのだが、使用できる機能は通話オンリーだったのだ。

(連絡って、電話しろってこと……!?)

 文字でのやり取りならまだともかく、いきなり電話越しでの会話だなんて私にはハードルが高すぎる。

「む……むり無理ムリ。私には無理、ぜったい」

 ただでさえ人見知りな私にとって、電話は天敵なのだ。
 相手の顔も見えず、声だけでやり取りするなんて。
 しかもそれを英語でやれだなんて、不可能としか思えない。

 けれど。

 ——この私をパシリに使うくらいなんだから、よっぽどみさきちと話したかったんだろうねー。

 話したいと思ってくれたのだろうか。

 カヒンが、こんな私と?

 ——彼が何考えてんのかはわかんないけど、みさきちが話したいって思うなら連絡取ってみればいいじゃん。

 私の気持ち。

 私は、どうしたいのだろう?

 たとえ彼と話をしても、ただ恥を晒すだけかもしれない。
 それどころか、最悪の場合は嫌われてしまう可能性もある。

 誰だって、会話が下手な人間の相手をするのは、きっと疲れるだろうから。

 彼に嫌な思いをさせるくらいなら、やっぱり最初から関わらない方がいいのかもしれない。

 ——誰かに気を遣ってばかりじゃ、自分のことを見失っちゃうよ。

 昨日の舞恋の言葉が脳裏を過ぎる。

 ——もっと正直にさ、思ったことは口に出して伝えた方がいいよ。言わなきゃ伝わらないことって色々あるんだからさ。

 私の正直な思い。

 伝えてもいいのだろうか?

 彼と話したいという、ただそれだけの勝手な気持ちで、私は彼に電話をかけてもいいのだろうか。

 悩みながらも、手元のスマホを操作して、件のSNSアプリをダウンロードする。
 新規アカウントを作って、彼のメモを頼りに、彼のアカウントを探す。

「……あった」

 『Kahin』。

 求めていた名前を見つけて、私は一度深呼吸した。

 そうして、意を決して。

 清水の舞台から飛び降りる思いで、一息に通話ボタンを押した。
 
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