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第4章

鬼ごっこ

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 その日のすべての授業を終えると、俺たちは体育館裏へと集合した。

 集まったのは全部で五人。
 俺と月花と雲水と星蘭さん。
 そして、日和。

「日和も、来てくれたんだな」

 どうやら雲水から話を聞いたらしい。
 部活を抜け出す形で駆けつけてくれた彼女は、いつでも部活に戻れるよう、白いティーシャツに赤いジャージ姿だった。

「わ、私だって、今の関係をずっと続けるわけにはいかないからね」

 言いながら、彼女は決して俺の顔を見ようとはしない。

 無理もない。
 つい一昨日、俺と口喧嘩をしたばかりなのだ。
 気まずいのは俺も同じである。

「ごめんなさいね。わたしのせいで、みんなに迷惑をかけてしまって」

 申し訳なさそうに星蘭さんが言った。

「そんな。星蘭さんが謝ることじゃないですよ。それに、白雪姫症候群を治す方法さえわかれば、それで解決するんですから」

 俺が言うと、隣で聞いていた月花もこくこくと頷く。

「で、いつになったら始めるの? さっさとやろうよ」

 耳元のピアスを弄びながら、面倒くさそうに雲水が言った。

「雲水も、来てくれてありがとな」
「別に来たくて来たわけじゃないけどね。ただ、ガキの霊がここで一体何をやらかすかわからないし……そのせいで、うちの神社の評判が悪くなったら困るからね」

 あくまでも家のため、と本人は主張する。
 けれど、本当のところはわからない。

 俺からすれば、何だかんだで姉である星蘭さんのことが心配なのでは、と思う。

 そもそも家の評判を気にするのなら、まずは雲水自身が素行の悪さを改めるべきだし。

「にゃは。それじゃあ、そろそろ始めよっかあ!」
「!」

 その一声で、その場に緊張が走った。

 皆の視線が一斉に星蘭さんへと集まる。

 彼女の口調が、変わった。
 それはつまり、彼女の人格が入れ替わったことを意味している。

「ルールは昨日言った通りだよん。鬼ごっこをして、誰か一人でもあたしにキスができたら、白雪姫症候群の治し方を教えてあげる!」

 そう言って、彼女は楽しそうに笑った。
 無邪気な笑みを浮かべる口元からは、可愛らしい八重歯が覗いている。

 彼女の言う通り、ルール自体は簡単だが、キスをする、というのが厄介だった。

 日和や月花がキスをするのならともかく、星蘭さんを捕まえたのが俺や雲水だった場合はちょっと微妙な空気になる。

 特に、俺だった場合。

 まあ、今日だけは仕方がないので見逃してもらえるだろうけれど――……って、これじゃあまるで俺がセクハラするみたいだ。

「それじゃあいくよ! 秒読みよーいっ」

 いきなり秒読みが始まって、俺たちは慌ててスタートダッシュの態勢に入る。

 星蘭さんは自分の足に余程の自信があるのか、俺たちとの距離を広げようとはしない。

 目算で三メートルほど。
 これならタイミングさえ上手くいけば一瞬で捕まえられるかもしれない。

「三! 二! 一! よーい……どん!」

 始まりの合図とともに、俺たちは一斉に駆け出した。

 一歩目を大きく踏み出すのと同時に、俺は力いっぱい腕を伸ばした。
 上手くいけば、その一瞬で星蘭さんを捕まえることができるかもしれない――なんていう浅はかな希望は、ものの一秒もしないうちに見事に打ち砕かれた。

 制服姿の星蘭さんは、そのチェック柄のスカートが翻るのにも構わず、驚異的な速さでスタートダッシュを決めた。

 彼女の長いポニーテールが、俺の手をするりとかわして遠ざかっていく。

「なっ……速い!?」
「にゃはははは! ここまでおーいでー!」

 心底楽しそうな笑い声とともに、彼女の背中は遠くなっていく。
 長い手足を駆使して走る彼女の姿は、さながら鍛え抜かれたアスリートのようだった。

 正直、なめてた。
 相手は女の子だし、さすがに足の速さで負けることはないだろうと。

「くっそお……。もっと普段から運動しておくんだった……!」

 今さら悔んでも仕方がないが、女の子に負けたという現実の前で心が挫けそうになる。

 と、そんな俺の隣を、どんどん加速して追い抜いていく一人の少女がいた。

「! お前……」

 日和だった。
 彼女は陸上部で磨き上げたであろう完璧なフォームを駆使して、着実に星蘭さんとの距離を縮めていく。

「すっげえ……。いけ、日和!」

 この調子なら、彼女は必ず星蘭さんに追いつくだろう。

 よし、勝てる。

 なんだ。
 意外と簡単だったじゃないか。

 ちなみに誤解されないよう言っておくが、俺はこれでも全速力で走っている。

 そして俺の後ろを走る雲水は多分、というか明らかに手を抜いている。

 そしてさらに後方では、いつのまにか月花が転んでいた。

「タッチ、です。星蘭先輩!」

 日和はそう言って手を伸ばした。

 しかし。

「んっふっふー。スキありっ!」
「えっ!?」

 突如、星蘭さんはこちらを振り返ったかと思うと、細長い両腕を伸ばし、あろうことか日和の胸を鷲掴みにした。

「やっ、ひえッ!?」

 突然のことに、日和は両手を宙に伸ばしたまま、変な声を出して固まった。

「ふうん。意外と胸、あるんだねえ。月花ちゃんよりはかなり大きいねー」

 ふにふに、とそのやわらかい感触を確かめる星蘭さん。

「うんうん。バスト八十五のCカップってところかな。そんじゃ、おっ先ー!」

 そんな爆弾発言を投下して、星蘭さんは何事もなかったかのように再び走り出した。

 その場に残された日和は、まるで魂が抜けたように、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

「おい、日和。しっかりしろ!」

 やっとのことで追いついた俺は、彼女の両肩をがくがくと揺さぶった。

「はへ……旭く……」

 余程ショックを受けているのか、日和の魂は未だどこかへいったまま帰ってこない。

 そこへ後ろからやってきた雲水が、まるで追い打ちをかけるように言った。

「あーあ、残念だったねえ日和ちゃん。姉さんの中にいるあの人格は、男も女も混ざってるんだよ。今触ったのは多分、男の欲が出たんだろうね」
「! ふぁあ……っ」

 日和はさらにショックを受け、その真ん丸な瞳に大粒の涙を浮かべた。

「おい雲水。余計なこと言うなよ!」
「だって本当のことだし。それより、月花ちゃんのことは放っておいていいの?」
「へ」

 その言葉で、俺はやっと月花のことを思い出すした。

 さりげなく、日和よりも胸が小さいと指摘されていた彼女。

 俺は恐る恐る後ろを振り返った。

 するとそこには、地面に顔を突っ伏したまま、声を押し殺してすすり泣く月花の姿があった。
 
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