あやかし警察おとり捜査課

紫音

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第三章

過去の真相を求めて

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          ◯


 昼休憩の時間になり、一旦警視庁舎へと戻ると、栗丘は他の二人から逃げるようにして食堂へと向かった。
 いつものカツカレーを頼んで席に着き、やっと解放された安堵感から盛大に溜息を吐く。

 気まずさで胃が痛い。
 それでも腹は空くようで、調理場から漂うスパイシーな香りを嗅ぎつけた胃が「ぐぅ」と弱々しく鳴く。

 料理の出来上がりを待つ間、私用のスマホでSNSを確認する。
 相変わらず、マツリカからの返事はない。

「あいつはどこまで知ってんのかなぁ」

 無意識のうちに、そんな声が漏れる。

 御影はマツリカの後見人だと言っていた。
 養子縁組はしていないとのことだったが、おそらく同居ぐらいはしているだろう。
 ということは、彼女は御影にとって誰よりも距離が近い人物ということになる。

 彼女に聞けば、御影の考えていることや過去の事件について、何か詳しいことがわかるかもしれない。
 しかし、いかんせん彼女からのレスポンスが遅い……というか、無い。
 過去のトーク画面を開くと、そこには「おい」「返事しろよ」「寝てるのか?」と栗丘が一方的に送ったストーカーまがいの短文ばかりが並んでいる。
 完全に既読スルーだ。

 どうにかして彼女をこちらに振り向かせたい。
 もちろん変な意味じゃなく。

(あいつが興味を持ちそうな話題、か)

 思い当たるのは、やはり『門』についてだった。

 そもそも、彼女はなぜ門の向こう側へ行きたいなどと言っていたのか。
 その疑問も、良い機会なのでメッセージにして送ってみる。

 送信ボタンを押したところで、ちょうど料理が出来上がったようで番号を呼ばれた。
 今はとりあえず腹ごしらえだ、といそいそとカツカレーを迎えに行き、再びテーブルに戻って来たところでスマホが震えた。

 見ると、マツリカからの着信だった。

(早っ)

 予想以上の反応の早さに若干引きつつも、栗丘は恐る恐る応答ボタンを押す。

「もしもし?」

「なに。あんたも門の向こう側に興味あるの?」

 食いつきがすごい。

「あ、ああ。まあ、そんなところ」

 前回のようにまんまと彼女に嵌められて危険に晒されるのは御免だが、ある程度は話を合わせておかなければ欲しい情報は聞き出せない。

「門の向こうの世界について、俺もちょっと知りたくなってさ。できれば色々と話を聞きたいんだけど」

「ふーん。まあ、あんたがどうしてもって言うなら特別に教えてあげてもいいけど」

「本当か!?」

 助かる! と声を弾ませる栗丘の耳元で、マツリカはどこか上機嫌な声色で言う。

「ただし、交換条件ね」

 その言葉に、栗丘はぎくりとする。
 また何か良からぬことを企んでいるのかと警戒していると、

「晩ごはん。どこか美味しいところに連れてってよ。それで私を満足させられたら話してあげる❤︎」

 思いのほか可愛らしい条件に、栗丘は心の底からホッとした。



          ◯



 翌週の初め、十二月に入ってすぐ。
 仕事を終えて祖母の見舞いも済ませた栗丘は、白い息を吐きながら慌てて約束の場所へと向かった。

「ごめん、待たせた!」

「おっそーい。一分遅刻! 罰として今日はお土産も買ってもらうから!」

 駅前で仁王立ちして待っていたマツリカは、いつものパンク系ファッションの上から大きめのパーカーを羽織っていた。
 被ったフードの部分には猫耳が付いており、それがやけに似合っている。

(ほんと、見た目だけは可愛いんだよな……こいつ)

 今年の気温は例年よりも低いらしく、今にも雪が降りそうだった。
 とにかく早く店に入ろう、と二人は足早にそこへ向かう。

 栗丘が案内したのは、いかにも女性ウケが良さそうなダイニングカフェだった。
 野菜をふんだんに使った健康志向のメニューが並び、夜にはコース料理が選べるようになっている。

「んー。四〇点ってとこかな」

「そんなにダメか?」

 思いのほか低い評価に栗丘はショックを受ける。
 今時の女の子の好みはわからないが、わからないなりに色々調べて吟味したつもりだったのに。

 しかしマツリカも空腹ではあるらしく、大人しく席に着いてメニュー表を眺める。
 それぞれ別のコース料理を一つずつ注文すると、二人は改めて本題に入った。

「あたしは、あたし自身の正体が知りたいの」

 マツリカが言った。

 以前SNSで栗丘が質問した、『なぜ門の向こう側に行きたいのか』に対する答えだった。

「正体? なんだそれ。超わがままな女だっていうのはわかってるけど」

「そうじゃなくて、あたしが本当に『人間』かどうか確かめたいってこと!」

「はあ?」

 マツリカが人間かどうか。
 いやどう見ても人間だろ、と怪訝な顔をした栗丘は、

「あ、もしかしてあれか? 遅れてきた厨二病ってやつ?」

 ぷっと笑いを堪えながらそう茶化すと、

「帰る」

「あー! うそうそ、冗談だって!」

 即座に席を立って帰ろうとするマツリカを、栗丘は必死に引き留める。
 彼女は再び腰を落ち着けると、わずかに視線を下げ、いつになく小さな声で言った。

「見た目で判断するなら、あたしは確かに人間なんだけど……。生まれ方がね、ちょっと特殊なの。あたしが生まれた時、あたしの両親は憑代よりしろだったから」

「憑代?」

「あたしを産む時、両親はあやかしに憑かれてたってこと。正常じゃない人間が、あたしを産んだの。それって、産んだのは人間だったのか、あやかしだったのか、どっちかわからないでしょ?」
 
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