僕《わたし》は誰でしょう

紫音

文字の大きさ
上 下
54 / 62
第四章

一日目

しおりを挟む
 
          ◯


 翌日から、慌ただしい日々が始まった。
 朝七時に僕の家、もとい比良坂すずの家の前に集合して、凪の車に四人で乗り込む。

「って、俺はキミらの専属運転手か? 美波はともかく、他の二人まで当然のように俺をこき使ってくれてるわけだが」

「まあまあ、そんな固いこと言わずに。優しい井澤さんなら、あたしたちのお願いを聞いてくれるでしょ?」

 沙耶は凪の扱いが上手い。というより、凪が押しに弱いのだろうか。
 なんだか凪の新しい一面を発見したような気がして、思わず嬉しくなる。彼とは小学校の頃からずっと一緒に過ごしてきたけれど、こうして僕以外の誰かと親しくしている姿を見るのは新鮮だった。

「で、どこまで行けばいいんだ? 行き先は決まってるんだろ?」

「んー、どうしよっか。美波はどこか行きたいとこある?」

「っておい、まだ決まってないのかよ!」

 初日は、本当に何も決めていなかった。
 『夏の思い出を作ろう』なんて勢いで始めたものの、行き先については何も話し合っていない。もとより沙耶と桃ちゃんは僕の意思に委ねるつもりらしく、僕が行きたいと思った場所へ二人はついてきてくれる。そして車は凪が文句を言いつつも出してくれる。
 しかし当の僕がなかなかこれといった案を出せなかったので、結局「夏といえば海でしょ!」という沙耶の一声で、初日の行き先は海に決まった。車で一時間ほどの所に、そこそこ人気の海水浴場があるのだ。

「でも僕、海には入らないよ。女物の水着を着るのは嫌だし。だからって男物の水着を着れるわけじゃないし……」

「わーかってるって! 別に海に入らなくても、海辺で楽しめることはいっぱいあるんだから!」

 そうして向かった海水浴場では、沙耶の言った通り様々なアクティビティが用意されていた。クルージングにバーベキュー、釣りやビーチバレーなど。必要な道具の貸し出しは多くの海の家で行われており、僕らのように手ぶらで訪れた客でもすぐに楽しめるようになっている。
 真っ白な砂浜には、やはり多くの人が訪れていた。天気も申し分なく、青い海の向こうには立派な入道雲が立ち上っている。頭上ではウミネコやトンビが飛び交い、辺り一帯に鳴き声を響かせていた。

「なあ、なあ! スイカ割りしようぜ! ほら、でっかいスイカが売ってる!」

 昼食にバーベキューを楽しんだ後。桃ちゃんは店頭で売られていた大ぶりのスイカを指差し、興奮気味に言った。「もちろん井澤の奢りで!」という文言を付け加えるのも忘れない。
 ベタな遊びではあるけれど、思い返してみれば、僕はスイカ割りをしたことは過去に一度もなかった。実際にやってみると、これが意外と難しい。凪も、沙耶も、桃ちゃんも、惜しいところまではいくのだが、あと数センチという差で失敗してしまう。タオルで目隠しをされただけで、こうも方向感覚が混乱するものなのか。

「美波ー! もうちょい右!」
「おい美波! そっちじゃねえって! 戻れ!」
「そこだ、美波。思いっきり振り下ろせ!」

 三人の声に翻弄されながらも、ここだと思った場所で、手にした棒を力の限り振り下ろす。すると、確かな手応えとともに、足元で何かがぱっくりと割れる音がした。と同時に、三人の歓声が一斉に上がる。
 目隠しを外すと、形は歪ではあったものの、スイカはしっかりと割れていた。たまらず嬉しくなって、僕は湧き上がる達成感に思わずガッツポーズをした。


 その後も僕らは砂浜で原始的な遊びを続けた。砂を盛った山にトンネルを掘ってみたり、四人の名前を足元に書いてみたり、波打ち際のギリギリの所を歩くチキンレースをしてみたり、たまたま見つけた小さなカニをひたすら追いかけてみたり。
 そんな様子を、桃ちゃんは熱心にビデオカメラにおさめていた。そういえばショートムービーのコンテストがあるんだっけ、と僕は思い出す。

「桃ちゃんのそれ、コンテスト用に撮ってるの?」

 僕が聞くと、彼は「ああ」と言って視線をカメラから離した。

「夏の終わりに締め切りがあるからな。それまでに編集も終わらせなきゃいけねえ」

「大変だね。でもそれって確か、『比良坂すず』を被写体にするって言ってなかったっけ?」

 僕がまだ入院していた頃、彼は言っていた。

 ——オレの受賞第一作目の被写体は、すず、お前だ! これは絶対に譲れない条件だからな。この夏はずーっとお前にくっついてるぞ。

 彼は自分の想い人を被写体にした作品を作っていた。本来ならここに映るのは僕ではなく、比良坂すずであるはずだったのに。

「なんか、ごめんね。せっかく比良坂すずの映像を撮ってるはずなのに……中身が僕じゃ、たぶん違和感があるだろうし、思い通りのにはならないよね」

 彼の作品の邪魔をしてしまっている。それを改めて意識すると、途端に罪悪感が込み上げてくる。
 けれど、

「謝るなよ」

 桃ちゃんはそう言うと、今度は沖の方へと目をやった。空はいつのまにか、ほんのりと夕暮れの色を見せ始めている。水平線に向かって、白い太陽がゆっくりと落ちてくる。昼間より少しだけ涼しくなった潮風が、僕らの髪を撫でる。

「あんたは確かにすずじゃねえけど、だからって赤の他人ってわけじゃないだろ。オレたちはその……もう、友達になったわけだし。友達に謝られるの、オレは嫌なんだ」

 友達。
 まさか彼の口から、そんな言葉が零れるなんて。
 思わず呆気に取られたまま彼の顔を見つめていると、彼は居た堪れなくなったのか、急にそっぽを向いてぶっきらぼうに言い放った。

「す、すずの映像なら、これからいくらでも撮れるしな! それこそオレがいつか本物の映画監督になったら、すずが主演の作品をいくらでも世に送り出してやるよ。だから今だけは、あんたで我慢してやるって言ってんだ!」

 大事な想い人の体を乗っ取った僕のことを、友達として受け入れてくれた。
 そんな彼の懐の深さを思うと、彼に愛された比良坂すずは本当に幸せ者なんだろうなと思う。
 そして、こうして友達になれた僕も。

「ありがとう……桃ちゃん」

 十年の時を越えて、まさかこんな友達ができるなんて。
 僕の人生も捨てたもんじゃないなと、改めて思った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
 二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。 ※第7回キャラ文芸大賞・奨励賞作品です。

処理中です...