僕《わたし》は誰でしょう

紫音

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第二章

真実を知る記憶

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 最後の確認、とばかりに彼が聞く。
 この嫌な予感は、もしかすると当たっているのかもしれない。
 けれど、たとえそうだとしても。

「うん。知りたい。ぼくは、それを知るためにここまで来たんだから」

 ぼくのためにも、比良坂すずのためにも、真実を知らなければならないと思う。
 凪はこちらの返答を聞くなり、ふう、と息を吐く。それから車を道の端に寄せてエンジンを切った。ドアを開けて外に出た彼に続いて、ぼくらも車から降りる。途端、照りつける太陽の光と、全方位から響くアブラゼミの声に包まれた。

「キミが『愛崎』という苗字だったことは間違いない。そして同時に、キミは『みなみ』でもある。この意味がわかるか?」

 凪はこちらと目を合わせず、かつて家があった空き地の方を見つめながら言う。
 『愛崎』と、『みなみ』。どちらもぼくを指す名前。つまりぼくのフルネームは、

「愛崎みなみ……」

 愛崎みなみ。それが、生前のぼくの名前ということだ。

「ん? どゆこと? 『みなみ』って……それ、女の子の名前じゃない?」

 沙耶が不可解そうに言った。
 彼女の言う通り、『みなみ』という名前は一般的には女性に多く付けられるものだ。男性に付けられることもゼロではないだろうが、おそらくは少数派だろう。

「……まさか」

 あることに思い当たり、ぼくは息を呑む。
 嫌な予感というのは、やはり当たっていたのかもしれない。
 ぼくは、生前の自分はきっと男なのだろうと思っていた。そう信じて疑わなかったし、そうであってほしいと思っていた。けれど、違ったのかもしれない。

「キミの下の名前は、みなみ。美しい波と書いて美波みなみだ。……もうわかっているとは思うが、キミの性自認は男。そして、十年前のキミも今のキミと同じように、体は女だった」

 凪からそう聞かされた瞬間、あれだけうるさかったセミの声が、一斉に止んだ。
 音が、聞こえない。
 肌を撫でる風の感触も、頭上から照りつける太陽の熱さも、何も感じない。

「……今、すずの中にいるのは女ってことか?」

 それまで黙っていた桃ちゃんが、久方ぶりに口を開いた。
 ぼくは、女。愛崎美波は女。その事実を突きつけられた瞬間、激しい拒否感が胸に溢れた。

「……ちがう。僕は女なんかじゃない!」

 ほとんど無意識のうちに、そう叫んでいた。
 桃ちゃんは驚いた顔でこちらを見て、そして、憐れみのような目を向けてくる。
 彼から向けられたその視線に、僕の胸中はさらに掻き乱された。体は女なのに、心は男。そのちぐはぐな感覚は、当事者以外の人間と共有することは叶わない。
 誰も僕の気持ちなんてわかってくれない。わかるはずがないのだ。

 ——キミは全てを思い出したら後悔するかもしれない。それでも真実を知りたいのか?

 思い出したら後悔する。凪が言っていたのは、そういうことだったのか。

「ねえ、井澤さん」

 と、今度は沙耶が彼の名を呼んだ。彼女にしては珍しく、感情が伴っていないような冷たい声だった。

「あなたはこんなことを伝えるために、すずに会いにきたの? 十年前に死んだ自分が、心と体とで性別が違ったって。そんな残酷な過去の事実を、わざわざ掘り返しにきたの?」

「いや。俺が美波と話したかったのはそんなことじゃない。俺はただ……確かめたいことがあったんだ。美波と会って、本人の口から真実を聞きたかった」

「真実?」

 彼はゆっくりと足を踏み出して、空き地へと近づいていく。そうして目の前までやって来ると、そこで膝を折ってしゃがみ込み、生え放題になっている雑草に手を伸ばす。

「愛崎美波は十年前、中学三年生の時に死んだ。……事故死だった。自殺でも他殺でもない、不幸な事故だったと言われている。けれど、俺にはどうしてもそうだとは思えない」

 雑草の中から、小さなヒメジョオンの花を摘む。花びらの一つ一つは白くて細く、真ん中の丸い部分は黄色い。

「あれはただの事故じゃない。自殺か、他殺か……そのどちらかだとしか思えない」

 親指と人差し指で花を挟み、ぐっと力を入れて潰すと、黄色い部分はまるで『あっかんべー』をするように手前に飛び出てくる。

「自殺か、他殺……? なんか、物騒な話になってきたね?」

 沙耶は笑いかけようとしたが、うまくいかなかったらしい。引き攣った笑みが不自然に顔に張り付いている。
 凪は再びその場に立ち上がると、こちらを振り返った。

「俺は十年前の真実が知りたい。そのためには、キミの記憶が必要なんだ。美波」

 左目に泣きボクロを添えた妖艶な双眸が、まっすぐに僕を射抜いていた。

 空はいつのまにか、ほんのりと夕暮れの色を滲ませている。
 肌を撫でる風は、昼間のそれよりわずかに温度が下がっている。
 町の上空を、カラスの群れが横切っていく。その鳴き声にまぎれて、辺りにはどこからか、ヒグラシの声が響き始めていた。
 
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