僕《わたし》は誰でしょう

紫音

文字の大きさ
上 下
24 / 62
第二章

夏祭り会場にて

しおりを挟む
 
          ◯


 昼食をとるためにぼくらが向かったのは、夏祭りの会場だった。
 ぼくが祭りに興味を示していたから、井澤さんが気を利かせて車をそちらへ向かわせてくれたのだ。

「ありがとうございます。井澤さん」

「いや。もともとはこの夏祭りにキミを連れていきたかったから、俺はこの日を選んだんだよ」

 井澤さんはそう言って、車を会場の駐車場に停めた。
 氷張川の西岸、河川敷の土手を上ったところに、屋台がずらりと並んでいる。けれど祭りのメインは花火なので、この時間帯はまだ準備中の所が多かった。
 会場の入口付近でパンフレットの紙をもらうと、表面の上部には祭りの名前がでかでかと印字されていた。
 『氷張川納涼花火大会』。
 その名の通り、この氷張川の真上に花火が打ち上がるらしい。

「あっ! あそこの屋台はもうやってそうじゃない? 良いにおいがする!」

 沙耶が嬉しそうに言って、焼きそばの屋台に駆けていく。すぐ後ろにいた桃ちゃんも同じようについていくのかと思いきや、彼はいつになく神妙な面持ちでその場に突っ立ったままだった。

「桃ちゃんは買いに行かないの?」

 不思議に思ってぼくが聞くと、

「すず……」

 と、彼は反射的にこちらの名を呼んで、それから困ったように肩を竦めた。

「……いや。今のお前は、すずじゃないんだよな」

 その瞳は、あきらかに失望の色を滲ませていた。
 今のぼくは、比良坂すずじゃない。
 その事実を再認識した瞬間、先ほど車の中で聞いた井澤さんの話を思い出した。


 ——俺が用があるのは、比良坂すずのだけだ。

 ——右目?

 彼の発言の意味がよくわからず、ぼくは思わず聞き返していた。おそらくは後部座席にいる沙耶と桃ちゃんも同じような反応をしていたと思う。

 ——比良坂すずは今から十年前、七歳の頃に右目の角膜移植を受けている。公園で転倒した際に植木の枝で右目を負傷し、角膜を損傷して著しく視力が低下した。それを治療するために、臓器提供者ドナーから角膜の提供を受けて移植手術を行ったんだ。

 急に専門用語をいくつも述べられて、ぼくは戸惑っていた。
 角膜、ドナー、移植手術……。それらは病院以外ではあまり耳にしない、およそ日常会話ではそうそう使われない単語ばかりだった。

 ——角膜を移植……。そっか。確かにすずは子どもの頃、右目を怪我して入院してたよね。

 後部座席から、沙耶の証言が飛んでくる。
 井澤さんは続けた。

 ——怪我をしたのは六歳の頃で、そこからしばらく右目は使い物にならなかったはずだ。ドナーから角膜の提供があるのを待って、一年後に移植し、視力を取り戻した。

 ——それ、オレも覚えてる。すずは一年ぐらいの間、ずっと右目に眼帯をしてた。すずが失明しちまうんじゃないかって、オレ怖くて怖くて……。

 桃ちゃんも当時のことを思い出したように言う。
 比良坂すずは十年前に、角膜の移植手術を受けた。それはどうやら本当のことらしい。
 けれど、

 ——でも、それが今回の記憶のこととどう関係があるんですか?

 不思議に思って、ぼくは尋ねた。比良坂すずの右目と、今のぼくの記憶。その二つが一体どう結びつくのか皆目見当がつかない。

 ——記憶転移、という事象を知っているか?

 そんな井澤さんの質問に、ぼくはハッとあることを思い出す。
 記憶転移。その単語の響きには聞き覚えがあった。確か、数日前に桃ちゃんが口にした言葉だ。
 臓器移植によって、記憶が転移すること。誰かの心臓を別の誰かに移植した際、元の心臓の持ち主の記憶が引き継がれるという話。嘘か本当かもわからない、時折フィクションで題材にされる都市伝説的なもの。

 ——今のキミは、比良坂すずの記憶を失っている。そして代わりに、別の誰かの記憶を思い出しつつある……。俺の見立てが間違いでなければ、今のキミはおそらく、その右目の持ち主だった人物の記憶を引き継いでいるんだ。

 まるで現実的ではない事象について、医者の一人である井澤さんが語っている。

 ——俺は、その右目の持ち主だった人物を知っている。そして、その人物と再び対話するために、俺はずっとキミたちのことを追っていたんだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
 二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。 ※第7回キャラ文芸大賞・奨励賞作品です。

処理中です...