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第三章
第三章9 〈セバス〉
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突然頭の中に【警戒】の警報音が鳴り響く。
タロも同じタイミングで気付いた様子だ。
今回も俺のスキルとタロの鼻にギリギリまで引っかかる事なく近づいて来た。
ギルとリリルにはあらかじめ離れた場所に避難してもらっている。
そして今回は間髪入れずに攻撃してきた。
黒装束に身を包んだ暗殺者・カナは、本来このように闇に紛れて攻撃するスタイルこそが真骨頂なのだろう。
【夜目】が無ければ、黒装束に身を包んだ暗殺者・カナの姿がほぼ見えなかったはずだ。
離れていても素早い動きでタロ得意の雷魔法を避けながら、最短距離で詰めてくる。
なかなか距離を取りながら戦うのが、しんどい相手だ。
俺が不思議に思う事は、この暗闇の中激しく光る雷魔法を避けるのはまだしも、俺がタロの魔法にタイミングを合わせて織り交ぜている風魔法まで避けるのは、どういう理屈なのだろうか。
───!?
そしてこの投げナイフだ。
俺とタロの魔法を避けながら、隙を突いて恐ろしいほど正確にナイフを投げてくる。
さすが暗殺を生業としている一族の出だけあって暗器はお手の物だ。
相手の短刀のレベルがどれほどか分からない以上、剣で戦うのは危険と踏んでの魔法攻撃なのだが……。
まさか近接攻撃以外の手段を持っているとは思わなかった。
昼間にワザと短刀を印象づけていたのかもしれない。
「ユウタ! 闇魔法だぞ! この暗闇なら威力も上がるだろ」
「オーケー! やってみる!」
【黒幕】が勧める数々の闇魔法の中から、相手の動きを封じる事に特化した魔法を選び出す。
「五感断絶黒霧!」
俺の右手から黒い靄のような物が、モワモワと溢れて暗殺者・カナを追う。
カナは逃げながら短刀で靄を斬ろうとするが、その手には何の感触も伝わる事がなく、短刀は空を切るだけであった。
「くっ……!?」
そしていつしか黒い靄はカナの持つ短刀に絡み付き、徐々に手を侵食していく。
ヤバイと感じたカナが短刀を手放したが、時すでに遅くカナの右手から肩を伝い、頭に黒い靄が生き物のように巻き付いていった。
そしてその瞬間、カナはその場にボーッと立ち尽くしていた。
「うひー。初めてみた魔法だけど中々エゲツない魔法だぞ」
タロは五感を遮断されて立ち尽くすカナを見てそう感じたようだ。
「俺にだって使うまでどんな魔法かわからんしな」
そう言いながら、カナが手放した短刀を拾い上げる。
手入れの行き届いたその短刀の刃は、震えが来るほど美しく、柄の部分には何度も何度も握り締めて出来たであろう、カナの手型がクッキリと付いていた。
「タロ、どうする?」
「魔法が効いている内に離れるべきだぞ。このレベルの相手だと、拘束魔法も長くは持たんでしょ」
「ならいっそ、このまま屋敷に乗り込むか」
「賛成だぞ。この女が短刀を取り返しに来るまでが勝負だぞ」
「よし」
ギルに魔法が解けるまで、暗殺者・カナの護衛を任せる。
流石に五感を奪われたまま、こんな夜中にこの場所に一人立たせておくわけにもいかないからだ。
魔法が解けた時、ギルが危ないかもしれないが、戦闘中も俺にしか攻撃してこなかったところを見ると、依頼されたターゲット以外攻撃しないのだろう。
万が一がないわけではないから、魔法が解けそうになったら隠れろとギルには伝えておく。
今からレイモンド伯爵の屋敷に乗り込む事になったが、さすがにこの時間は領都の門は閉まっている。
なのでタロにフルサイズに戻ってもらい、タロの跳躍力で領都の壁を越えて中に入る。
そしてそのままレイモンド伯爵の屋敷まで走ってもらい、屋敷を囲う壁もひとっ飛びしてもらう。
「さて……着いたわけだが、セバスか? 伯爵か? どっちを攻める?」
「そりゃ元凶のセバスでしょ」
「だな」
「セバスの部屋はコッチよ。案内するわ」
リリルに先導され気配を殺して屋敷の中を進む。
「ここよ」
「準備はいいか? リリルは中に入ったら危なくないようにしてろよ」
タロとリリルがうなずく。
そして俺はドアをノックして入る事にした。
コンコン──。
「入れ」
中からセバスの偉そうな声が聞こえる。
「失礼します」
そう言いながら部屋の中に入った俺達に、セバスは一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐに平静を装おう。
「ほう……わざわざ訪ねて来てくれたのかね?」
「ええ」
「だが少々非常識な時間だとは思わないかね?」
「あの書状の内容よりはマシでしょ。それに誰かが雇った暗殺者が襲ってきて大変なんだよ」
「くはは……余程恨まれておるようだの」
「いやいや、手強かったけどもう大丈夫です」
「!? あの女を倒しただと!? 人間の暗殺者などやはり役には立たんな」
「おいおい、自分が雇ったって言ってるのと同じじゃん。気付いてる?」
「ハッ。隠しても仕方ないのでな。しかし伝説の暗殺一家の生き残りと言うからどれほどかと思えば……所詮人間よ」
さっきからコイツ……。
「そろそろ正体をあらわせだぞ。さっきから魔族のニオイがプンプンしてるぞ」
「やっぱり魔族なのか?」
「エンドレスサマーでは気づかなかったけどな。間違いないぞ」
タロには出来るだけ魔族とは関わらない方がいいって言われてたのにな。
「本来ワシは自分で戦うタイプではないのだがのう……」
「なぁ? お前はいつからセバスになりかわってるんだ?」
俺の質問にセバスは喉を鳴らして笑う。
「何を言っておる。最初からだ……最初からセバスという人間に化けておったのよ」
「この前エンドレスサマーに来たのもお前か?」
「そうよ。なに、ワシは戦闘があまり得意ではないのでな……その分頭を使って戦うのよ」
「それでか……書状を偽造したり面倒なことだな」
「偽造? 偽造などしておらんよ。ワシの暗示に掛かった伯爵が、ワシの言う通りに書いたまでよ」
伯爵はセバスの暗示に洗脳されているのか……て事は……。
「じゃあ伯爵が飲んでる薬は何なのよ?」
「ほう、この間ネズミはお嬢さんか。アレはワシの暗示を定着させるための薬よ。伯爵は中々精神力が強くての……たまに我を取り戻して、自分がおかしい事に気付いておった。その事を相談されたワシがあの薬を処方してやったまでよ」
伯爵は暗示さえ解ければ大丈夫って事だな。
「これで最後だ。何故エンドレスサマーを狙った?」
「なに……ワシはゲリョルド様の命令に従ったまで。見事ダンジョンマスターを倒した暁には、ワシにダンジョンをくれると言うのでな」
「ゲリョルドとは誰だ!?」
「ええい、うるさい! そんな事までワシが話すと思うのか!? 馬鹿なお前たちが話に夢中になっておる間に、ワシは既に魔物を召喚したぞ!」
そう言って現れた召喚の魔法陣から、ゴブリンがワラワラと這い出て来た。
「あんなに時間かけて、わざわざゴブリン呼び出したぞ」
「ゴブリンなら私でもやれるわ」
「へ?」
這い出てきたゴブリン達が、タロとリリルに一瞬で片付けられる。
そして驚き固まるセバスに、俺がエクスカリバルを突きつけた。
「ま、待て……話せばわかる」
「ならゲリョルドとは誰だ?」
一瞬抵抗するような素振りはみせるが、突きつけた剣の切っ先を押し付けると、たまらずセバスは喋りだす。
「じょ、上位魔族のゲリョルド様だ」
「何処にいる?」
「そこまでは知らん。う、嘘じゃない!」
「他に情報は?」
「……我ら魔族は、世界各地で侵略計画を進めておる。今回の一件もその一環の筈だ」
そう言い終えた瞬間、セバスの体から青とも緑とも言えない炎が上がって、一瞬でセバスを燃やし尽くし灰に変えてしまった。
「なんで急に……」
「多分何かしらの契約魔法だぞ。おそらく契約を破ったんだと思う」
「タロの言う通り、魔族なんか関わるもんじゃないな」
(親分、暗殺者の魔法が解けそうです)
(分かった。離れててくれ)
ギルからの【思念通信】を受けて、俺たちは後味の悪さを感じながらセバスの部屋を後にして、伯爵の部屋へ向かった。
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