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3章 暗闇と月

幕間 エレン④

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──なんだよ、これ・・・

 けれど、そこにはセレーナ一人を取り残し、ソルに大人達が群がる様子。
 誰もセレーナに声をかけない。
 駆けていく2人の後ろ姿を見つけ追いかけてエレンは、全てを見ていた。
 セレーナは確かに彼女の手を払いのけたが、ソルは遠慮もなしにセレーナを一方的に引っ張りっていた。
 なぜあれは問題にならない。
 そしてセレーナばかりを攻めるような視線にエレンは耐えきれず一歩踏み出すと、誰かがそれを止めた。

「おやめなさい」

 家令がエレンを抱きかかえ自由を奪う。
 そうしているうちに、セレーナの目の前にはあの老人が立っていて──

 エレンは目の前の光景が信じられず呆けていたが、すぐに我に返り家令に「はなせっ」と言ってどうにか抜け出そうと体をジタバタとさせる。
 けれど、8歳の子どもが大人の力に勝てるわけもなく、悲しい抵抗に終わる。

「なんでっ」

 エレンは非難の目を家令に向けた。
 なんでそんな平然としていられるのか。
 あんなのおかしいではないかとエレンは責めたかった。
 けれど、家令はしっかりとエレンの体をホールドしながら首を振った。

「今出ても逆効果です」

 そんなのどうでもいいとエレンは言った。
 セレーナが一人なんだとエレンは家令に訴えた。
 一人でセレーナがいるのに、なんで言ってはダメんなだと。

「あなたに何ができると? お嬢様と一緒に殴られに行くのですか? それからは? あなたは追い出されれば終わりですが、お嬢様は? お嬢様はどうなるのです」

 彼の手に力が籠離、震えていた。
 それに気づいたエレンは固まった。

 セレーナが書庫以外でエレンと話そうとしない理由。
 エレンに内緒にするように言った理由。

「お嬢様を守るためには表立ってなりません・・・。特にインペリウム伯の前ではダメです。彼に圧力をかけれれば、きっとっ」

 家令は悔しそうにそう口にした。
 そんなこと知らない、と叫びたかったエレン。
 けれど、エレンは追い出されたらセレーナと二度と会えない。
 その現実が、エレンの口を閉ざした。
 けれど、どうしてもセレーナの背中に駆け寄りたくて、エレンの目からとめどなく涙が流れた。

 しばらくしておとなしくなったエレンは、全ての事が終わった後になってやっと家令に解放された。

「いいですか。お嬢様を守るためには、目立ってはなりません。決して、彼らに知られてはなりません。力がない君にはそうするしかない」

 家令はそうエレンに言い聞かせた。
 その声は彼自身にも言い聞かせているようだった。

「・・・あのクッキーはお嬢様が今日の為に料理長に用意してもらったようです」

 セレーナは誕生日が楽しみだったのだろうか。

 家令が立ち去った後、エレンはセレーナに近づく。
 懸命にクッキーを拾うその姿を見て、エレンは声をかけずにはいられなかった。

 けれど、セレーナはエレンから見た。
 あのセレーナの怯えた表情がエレンから消えない。
 エレンは悔しくて、ただ悔しくて、セレーナが残したクッキーを拾った。
 それを口に運べば、優しい甘さが口に広がる。
 セレーナがこれをどうするつもりだったのかエレンには分からない。
 分からなかったが、何一つ取り残したくなくてエレンはそれを全て拾い集めた。




 そして、エレンはきっとあそこだろうと、セレーナに会うために書庫に向かった。

「うっ・・・」

 書庫の中からエレンが聞いたことのない声が聞こえた。
 僅かに聞こえるそれは、耐える様にひっそりと泣くセレーナのものだった。
 エレンはその姿を初めて聞くそれに、どうしようもない気持ちになる。
 暗闇にいるといろんな人が泣く。
 だが、セレーナの泣き方は見たことがないものだった。

 切なく、エレンの胸を締め付ける。
 か細いセレーナの肩が震えているのだろうか。
 きっと涙は溢れ続けるのに、それを押し殺すような声。
 まるで悲しむ事が悪いことの様にセレーナは泣いていた。

 エレンは絶望し泣き叫ぶ人間を知っている。
 だが、それを受け入れ耐える泣き方なんて知らない。
 エレンはそんなセレーナに手を伸ばしたくなる。
 だが、それはあまり意味をなさない。

──僕は・・・

 ここにいることだけでも奇跡なのだ。
 時々、セレーナがエレン笑顔を見せてくれる。
 それはその書庫の中だけだ。
 ここを出れば2人は他人だ。
 そうでないと周りがセレーナに対して煩い。

──セレーナを静かにいさせてあげて・・・

 エレンはセレーナの平穏を守りたい。
 あの笑顔を、少しでも増やせればとエレンは思う。
 そして、2人でなんでもない普通の日々を送りたい。
 普通の人間になれればどれだけいいのだろう。

──いつか・・・

セレーナが思いっきり泣ける日が来る事を願う。
エレンは持っていた花の冠を握りしめ、決意した。
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