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2章 太陽になれない月
2−8
しおりを挟むただ、ソルの歓迎の気持ちは数時間では収まらなかったよう。
1日彼を連れ回し、夕食を共にした後、今度はエレンと一緒に寝ると言い始めた。
それにはウーノも難色を示す。
「僕だって一人で寝てるのに、おかしいよ」
セレーナもその通りだと思った。
家令も流石によくないと思っているようで、「公爵の許可が降りなければ」となんとか言いくるめようとしていた。
けれど、ソルがそれで納得するわけがない。
公爵は、この前時間を作った皺寄せがきているのか、また忙しくて帰ってきていない。
──お母様だったら・・・
最終兵器を投入すべきかと思ったが、ソルの身に危険があるわけではないし、公爵夫人は許可するかもしれない。
それに公爵の許可なく彼女に近づくのはよくない、そんな気がした。
「ソル、一人で勝手に決めてはダメ」
そう注意するも、ソルが聞くわけがない。
ソルはセレーナが意地悪を言い出したと警戒し始めた。
けれど、これはよくないと思った。
彼は1日ソルに振り回されてるというのに、文句の一つも言わない。
それは、ソルとそれなりに楽しんでいるのかもしれないが、セレーナ達は彼を無理矢理でも振り回せる立場にある。
彼は使用人で、セレーナ達は公爵家、雇っている側。
本来なら食事だって、他の使用人達と一緒にとるべきだった。
「ソルがしたくても、相手は嫌かもしれない」
「やっぱりセレーナは意地悪だ。エレンだって一緒がいいに決まってるよ」
「ソル」
「ね、エレン、一緒に寝るよね? 」
そう尋ねられて、エレンはびくりとする。
そして目を彷徨わせた後、小さく頷いた。
「ほらね」
ソルは勝ち誇った顔で振り向口が、セレーナはそれは半分強制じゃないかと呆れてしまった。
けれど、それを主張したところでエレンが板挟みになって困るのが目に見えていた。
ソルが引き下がるわけがない。
セレーナは、今回はエレンの意思を確認することを諦めた。
これについては、どうにかしてソルには理解してもらわないといけない。
ソルがエレンを気に入ってしまっている以上、これからも起こり得ることだ。
セレーナは後で喧嘩になりそうだなと思いながら、家令の方を振り返る。
家令もかなり困った顔をしていた。
「それなら、私も一緒に寝ます」
セレーナはそれでもいいかと家令に尋ねる。
「セレーナ姉様! 」
ウーノが裏切りだと言わんばかりの声を上げた。
彼まで不貞腐れてしまえばセレーナの手に負えない。
「ウーノも一緒によ。4人なら、問題ありませんよね? 」
セレーナが確かめると、家令はそれならと引き下がる。
「では、私の部屋で4人が寝れるように準備をお願いします」
ウーノは、エレンを部屋に招き入れるのは拒むはず。
ソルの部屋は、張り切って色々と自分の持ち物を出してきて、寝るどころではなくなる。
エレンの部屋は論外。使用人部屋のエリアの出入りは禁じられている。
そうなると、残るのはセレーナの部屋だけ。
多少荒らされるのも覚悟の上でセレーナは家令に頼んだ。
彼はセレーナの考えを汲んでか、頷くと近くの使用人達に指示を出していた。
「やった! ありがとう、セレーナ! 」
ソルがセレーナに抱きついて来た。
さっきの不機嫌は完全に飛んでいいった様子。
セレーナは明日からはどうにかしてソルを止めないとなと、少し疲れた顔をしていた。
*
「ねぇ、あの子、ソルお嬢様が助けたんですって」
それぞれの支度をしてからセレーナの部屋に集合することが決まり、部屋に戻ろうとしたセレーナ。
誰もここを通らないと思っていたのか、使用人達が話し込んでいた。
「孤児で倒れてた所を見つけて、公爵にあの子を助けてくれって泣いて頼んだそうよ」
「まぁ、ソルお嬢様って本当に心が綺麗なのね」
「でしょ? 私たちにも気さくに声をかけてくれるし」
「さすが太陽の神の子よね」
彼女達は好き勝手話していた。
──私なのに
セレーナは違うと言い出したかった。
彼を見つけたのは自分だと言いたかった。
けれど、それはとてもいけない事のような気がして、セレーナは立ち止まる。
「それにしても、セレーナお嬢様は大人びてるわね」
彼女達の話が変わる。
セレーナはいきなり出た自分の何にどきりとした。
「そうね。甘えたところなんて見た事ないわ」
「ソルお嬢様とは全然違うわよね」
侍女達が小声で言い始めた。
「孤児を見ても表情が一つも変わらないのよ? 」
「あ、それにセレーナお嬢様はあの子が屋敷に入るのを嫌がったって聞いたわ」
「あぁ、だからずっとソルお嬢様がついて回っていたのね」
「まだ小さいのにこんなに性格って違ってくるものなのね」
セレーナは暗闇に自分が溶け込んでしまうように感じた。
──私だって・・・
そう思うも、それを言う勇気はセレーナには無かった。
セレーナは彼女達に見つからないように、引き返した。
*
「それで、黒魔女は白魔女にーーー」
ソルはエレンに絵本を読み聞かせると言って聞かない。
エレンはどう感じているのか分からないが、黙ってそれに従っている。
「もう寝よう」
セレーナは時計を見て言った。
ウーノは既にイビキをかいて夢の中。
まだ興奮しているのか寝付けないソルに付き合っていたが、セレーナも限界だった。
「今いいところなのに」
「明日もピレウス伯爵夫人の授業があるから、寝たほうがいいよ」
明日から使用人の教育も始まるのだから彼も休ませた方がいいとセレーナは思った。
「でも、エレンはもっと聞きたいと思うよ」
──彼はそんな事一言も言っていないけど
そう思いながら、エレンをチラリと見る。
特に何か感情がある様には見えない。
ここまでくると、彼もセレーナの様に表情が乏しい部類なのかもなと思い始めた。
「ソル、我儘言うなら自分の部屋に戻って」
「セレーナの意地悪」
意地悪ではない、寝たいだけ。
けれど、先ほど聞いてしまった話を聞いて、自分は本当は意地悪なのかもしれないと思った。
気づいていないだけで、本当は嫌なやつなのかもしれない。
そう思うとセレーナは耐えきれなくて、勢いよく布団を被った。
「あっ・・・」
いきなりエレンが声を上げた。
屋敷に来て初めてのことだった。
何事かとセレーナが振り返れば、エレンと目が合う。
「せれ・・・」
何かを言いかけたエレンっだったが、すぐに下を向いてしまった。
「セレーナが怒るから」
ソルが言った。
私が怒ったと思って遠慮したのかとセレーナも理解する。
セレーナはそんな事を気にする必要ないのにとエレンに言葉を投げかける。
「眠いなら寝ればいいし、絵本を読みたいなら寝なくていいよ。好きにすればいいから」
「なんか嫌な言い方」
ソルがムッとして言った。
セレーナも言い方は悪かったかと思いつつも、愛想がいいのもなんだか違和感があった。
チラリとウーノが起きてない事を確認し、セレーナは再びソル達から背を向けた。
もうソルと言い合う気力もない。
ソルはそれを見届けると、読み聞かせを続行した。
読み終わらないと寝ないなとセレーナは確信する。
──もういいや。叱られるのは・・・私か・・・
「お姉さんなのに、なんで注意しなかったの?」と公爵夫人が言う姿が目に浮かぶ。
ソルには「もうダメよ」と笑って許してしまうのだろう。
ほとんど彼女とは顔を合わせないのに、セレーナは彼女を思い出し苦い気持ちになる。
エレンは寝るように動いた気配はない。
きっと彼もソルを気に入っているのだろうとセレーナは思った。
やっぱりソルは太陽。
自分は月にもなれない、小さな存在に感じられた。
セレーナは目を閉じると、明日はもう少し平穏であるようにと願った。
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