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 王都で彼が訓練を受ける間、アリーチェは少しでも近くに居れるように、下女として城で働く事にした。
 そうすれば、訓練に勤しみ自由な時間など一才ない彼に偶にでも会いに行ける。
 勇者に何かあってはいけないと、なかなか会う機会は少ないが、ルッツと約束をして人目を忍んで落ち合っていた。

「わざわざ隠れる必要もないだろ」

 彼は度々そう口にしていた。

「他の誰でもない。アリーチェだ」

 悪いことをしているわけではないのにと、とても不服そうだった。
 その言葉はアリーチェの胸を強く鷲掴み、舞い上がりそうになる。
 けれど、アリーチェはそれにフルフルと首を横に振った。

「ルッツは立っているだけで目立つからダメ。折角会えるのに騒がしいのは嫌い」

 アリーチェが嫌がることはしないルッツ。
 アリーチェがそういえば無理には言わないが、それでも現状が気に入らないとその顔が言っていた。

 あの日から確実にアリーチェとルッツの仲は変わった。
 はっきりと言葉にしたこともないけれど、今までと違う何かがあった。
 ただ話すだけ、小さい頃と手を繋いでみるだけ。
 それだけなのに、何かが違って、毎回アリーチェの心をくすぐってくる。

 彼はよく会う度に、お菓子をアリーチェの為に持ってきてくれた。
 それらは、王女に誘われたお茶の席で出てきたものや、他の貴族からの差し入れなどで、彼は「アーチェは甘いものが好きだろ? 」と嬉しそうにそれらを差し出す。
 けれど、それらは見たことない程洗礼された菓子ばかりで、アリーチェには手を出すことさえ引けてしまう。
 毎回いらないと断っている内に彼もアリーチェのその心内を察してか、次第に持ってこなくなった。

 彼とアリーチェの密会は終わることなく、誰にも知られる事なくひっそりと続いた。

 そして、しばらくして彼が旅立つことが決まった。
 すると、彼はやけに真剣な顔をしてアリーチェに会いにきた。

「いつ帰れるか分からないんだ。もしかしたら、帰れないかもしれない」

 思い詰めたように彼は言った。
 王都に来て、ずっと訓練に励んでいた彼は、村を出たよりもずっと強くなった。
 アリーチェにはすでに彼が眩しく感じていた。
 彼が勇者として旅立ては、触れることも叶わない存在になるのだろう。
 アリーチェはそう確信していた。

「それでも待ってくれるか? 」

 勇者はアリーチェに確認する。
 アリーチェはその言葉を意味を理解すると、目を丸め彼の瞳を見つめ返した。
 はじめて言葉にされて、アリーチェは自分の存在が彼の中にあるのだ感じた。
 だから、アリーチェは頷いた。
 もうついて行くことはできないのは分かっていた。

「待ってる」

 彼がそう望んでくれるのなら。
 アリーチェはいつまでも彼を待つつもりでいた。
 すると、彼はポケットから指輪を取り出し、アリーチェに渡す。

「帰ったら、結婚しよう」

 彼はそう約束して旅立った。

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