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第一話 ある老人の死
ミドウからの挑戦 その4
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その時、クロがやってくる。
「おはよう、遅れてすまない。途中から聴こえてたが、だいたい俺と同じ考えになったようだな」
自分の席に着く途中、マキの後ろを通る。その時耳元でささやく。
「ミツもけっこう頼りになるだろ」
「は、班長、聞いてたんですかっ」
思わず立ち上がり真っ赤になって叫ぶマキに、メンバーが目を白黒させる。
「班長、何を言ったんです」
「言うとセクハラになるかもしれないからナイショだ。それより遅れた理由だが、病院に寄ってきた」
「どこか悪いんですか」
「いたって健康だ。宮裏先生に会ってきたんだよ、奥さんの様子見を兼ねてな」
「どうでしたか」
自分の席に着きながら、マキたちメンバーを見回してクロは話す。
「田中弘美さんは身体的には健康なので、退院することになった」
その言葉にタマ以外のメンバーが驚く。
「皆んななんでそんなに驚いているんだ? 健康ならいいじゃないか」
「タマは会ってないからな。奥さんの精神状態はとても独りで生活できるもんじゃないんだ」
「大げさだなカドマ。人間なんて追い込まれたら何とかなるもんだよ、こう言っちゃなんだが自立を邪魔するヤツがいなくなったんだ、気にし過ぎだよ」
ずっと茫然自失状態の弘美を見てないうえの無神経な物言いに、マキは言い返す。
「見もしないで決めつけないでください、弘美さんの状態はそんな生易しいものじゃないんです」
「見ていようが見ていまいがだ、オレたちの守備範囲外だろうが。そこまでいちいち気にしてたら身がもたねぇだろうが」
「だからといって、無神経過ぎます」
「神経が細かいんだから気にすんだよ、文句あるんなら刑事なんて辞めちまえ」
ふた言めには、辞めちまえというタマに、マキはカチンとくる。
「前々から言おうと思ってましたが、なんでいちいち辞めさせようとするんです。女が刑事をやってるのがそんなに気に入らないんですか」
「ああ気に入らないね。刑事なんて仕事は男がやるもんだ、足手まといでしょうがねぇ」
「なんですってぇ」
タマとマキの言い争いに、ミツが身の置き場所がないとオロオロするが、カドマが割って入る。
「ふたりともいい加減にしないか。タマ、足手まといは言い過ぎだ。マキくんも落ち着きなさい、班長の話しの途中だぞ」
クロの名前を出されてハッとする。眉間にしわをよせて黙っているその姿に、ふたりは大人しくなる。
「……続けていいか」
「「は、はい」」
「俺も同じ疑問を持ったので宮裏先生に大丈夫かと訊ねたんだ、そしたら心配ないと言う。退院して入居する、つまり病院から老人ホームに移るんだそうだ」
それを聞いてマキたちはホッとした。
「良かったぁ」
「そうだな。というわけでだ、この件はあらためて決着がついたということだ。俺はこのことを課長に口頭で報告してくる。皆んなは通常業務をやるように」
「「「「はい」」」」
「班長、遅いなぁ」
沈黙に耐えられなくなったカドマが、ポツリとつぶやく。
同室の離れた席にいる課長に報告をしたあと、席に戻ろうとしたクロは呼び止められ、一緒に部屋を出ていってから二時間になろうとしていた。
その間、マキとタマのあいだには不穏な空気が漂ったままで、ミツはとうの昔にトイレにかけ込んでいた。
「ちょっと休憩しよう。マキくん、すまないが留守番を頼む。タマ、行くぞ」
「ああ」
顔を下にしたまま返事をすると、のそっと立ち上がり、先に部屋を出ていく。
「ちょっと頭を冷やしてくるから、マキくんも頼むよ」
「わかりました。すいません、気を使わてしまって」
マキは席を立つとカドマに頭を下げた。
──三十分くらいしてカドマたちが戻ってくると、タマが缶コーヒーをマキの前に置く。
「やる」
それだけ言って席に戻る。
マキはカドマに目を向けると、それで勘弁してやってと、拝むポーズをしていた。
──この先もつき合っていく仕事仲間だし、ここは大人の対応をしなくちゃ──
そう思い、マキは缶コーヒーを手に取り、いただきますと、タマの頭頂部に言って、休憩しにいく。
途中、トイレの前でぐったりしているミツに会う。
「ああ、マキくん、どうなった」
ミツの質問に、仏頂面で缶コーヒーを差し出し、これで手打ちになりましたと伝えると、さっさと休憩スペースに向かうが、ミツがついてくる。
「ミッツ先輩、早く戻らないと班長に叱られますよ」
「ああうん、もうちょっとだけ。それにしてもマキくん、すごいなぁ、玉ノ井さんに言い返すだなんて」
「実家の居酒屋にも、タチの悪いお客さんとかいましたからね。怯んだら負けです、受け流したりいなしたりしながらも、ゆずれないところは引きません」
そう言って、缶コーヒーのフタを力を込めて開け、一気に飲み干す。無糖のブラックだった。
──これが男の味だっていいたいの? 上等じゃない、やってやるわよ──
「おはよう、遅れてすまない。途中から聴こえてたが、だいたい俺と同じ考えになったようだな」
自分の席に着く途中、マキの後ろを通る。その時耳元でささやく。
「ミツもけっこう頼りになるだろ」
「は、班長、聞いてたんですかっ」
思わず立ち上がり真っ赤になって叫ぶマキに、メンバーが目を白黒させる。
「班長、何を言ったんです」
「言うとセクハラになるかもしれないからナイショだ。それより遅れた理由だが、病院に寄ってきた」
「どこか悪いんですか」
「いたって健康だ。宮裏先生に会ってきたんだよ、奥さんの様子見を兼ねてな」
「どうでしたか」
自分の席に着きながら、マキたちメンバーを見回してクロは話す。
「田中弘美さんは身体的には健康なので、退院することになった」
その言葉にタマ以外のメンバーが驚く。
「皆んななんでそんなに驚いているんだ? 健康ならいいじゃないか」
「タマは会ってないからな。奥さんの精神状態はとても独りで生活できるもんじゃないんだ」
「大げさだなカドマ。人間なんて追い込まれたら何とかなるもんだよ、こう言っちゃなんだが自立を邪魔するヤツがいなくなったんだ、気にし過ぎだよ」
ずっと茫然自失状態の弘美を見てないうえの無神経な物言いに、マキは言い返す。
「見もしないで決めつけないでください、弘美さんの状態はそんな生易しいものじゃないんです」
「見ていようが見ていまいがだ、オレたちの守備範囲外だろうが。そこまでいちいち気にしてたら身がもたねぇだろうが」
「だからといって、無神経過ぎます」
「神経が細かいんだから気にすんだよ、文句あるんなら刑事なんて辞めちまえ」
ふた言めには、辞めちまえというタマに、マキはカチンとくる。
「前々から言おうと思ってましたが、なんでいちいち辞めさせようとするんです。女が刑事をやってるのがそんなに気に入らないんですか」
「ああ気に入らないね。刑事なんて仕事は男がやるもんだ、足手まといでしょうがねぇ」
「なんですってぇ」
タマとマキの言い争いに、ミツが身の置き場所がないとオロオロするが、カドマが割って入る。
「ふたりともいい加減にしないか。タマ、足手まといは言い過ぎだ。マキくんも落ち着きなさい、班長の話しの途中だぞ」
クロの名前を出されてハッとする。眉間にしわをよせて黙っているその姿に、ふたりは大人しくなる。
「……続けていいか」
「「は、はい」」
「俺も同じ疑問を持ったので宮裏先生に大丈夫かと訊ねたんだ、そしたら心配ないと言う。退院して入居する、つまり病院から老人ホームに移るんだそうだ」
それを聞いてマキたちはホッとした。
「良かったぁ」
「そうだな。というわけでだ、この件はあらためて決着がついたということだ。俺はこのことを課長に口頭で報告してくる。皆んなは通常業務をやるように」
「「「「はい」」」」
「班長、遅いなぁ」
沈黙に耐えられなくなったカドマが、ポツリとつぶやく。
同室の離れた席にいる課長に報告をしたあと、席に戻ろうとしたクロは呼び止められ、一緒に部屋を出ていってから二時間になろうとしていた。
その間、マキとタマのあいだには不穏な空気が漂ったままで、ミツはとうの昔にトイレにかけ込んでいた。
「ちょっと休憩しよう。マキくん、すまないが留守番を頼む。タマ、行くぞ」
「ああ」
顔を下にしたまま返事をすると、のそっと立ち上がり、先に部屋を出ていく。
「ちょっと頭を冷やしてくるから、マキくんも頼むよ」
「わかりました。すいません、気を使わてしまって」
マキは席を立つとカドマに頭を下げた。
──三十分くらいしてカドマたちが戻ってくると、タマが缶コーヒーをマキの前に置く。
「やる」
それだけ言って席に戻る。
マキはカドマに目を向けると、それで勘弁してやってと、拝むポーズをしていた。
──この先もつき合っていく仕事仲間だし、ここは大人の対応をしなくちゃ──
そう思い、マキは缶コーヒーを手に取り、いただきますと、タマの頭頂部に言って、休憩しにいく。
途中、トイレの前でぐったりしているミツに会う。
「ああ、マキくん、どうなった」
ミツの質問に、仏頂面で缶コーヒーを差し出し、これで手打ちになりましたと伝えると、さっさと休憩スペースに向かうが、ミツがついてくる。
「ミッツ先輩、早く戻らないと班長に叱られますよ」
「ああうん、もうちょっとだけ。それにしてもマキくん、すごいなぁ、玉ノ井さんに言い返すだなんて」
「実家の居酒屋にも、タチの悪いお客さんとかいましたからね。怯んだら負けです、受け流したりいなしたりしながらも、ゆずれないところは引きません」
そう言って、缶コーヒーのフタを力を込めて開け、一気に飲み干す。無糖のブラックだった。
──これが男の味だっていいたいの? 上等じゃない、やってやるわよ──
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