上 下
182 / 322
第1部

その3

しおりを挟む
時は少し戻って午後10時過ぎ頃、蛍の部屋で千秋は愚痴っていた。

帰宅してすぐに蛍のところに来たのだったが、年度末の決算期だからちょっと待っててと言われて、ずっと蛍の部屋で呑んでいたのだった。

千秋第一の蛍も、流石に経営を疎かにするわけにはいかない。
しかし気にもかかるから、鬼の形相で事務ワークをこなして、思ったより早く仕事を片付けた。これにより恩恵を賜ったのは社員達であろう、残業をそれ程しないで済んだと喜んで帰宅していった。

今日一日あった出来事を何度も話す千秋を、はいはいと言いながら聞き役に徹する蛍だが、何度目かのねえケイどうしたらいいで口を開いた。

「なんか大きな目的を持ちなさいよ」

的外れみたいな言葉に千秋はムッとする。

「今日の出来事が散々だったのは、千秋がポンコツだったのが原因でしょ。だから大きな目的を持てと言ってんの」

「意味わかんないんだけど」

「アンタがポンコツになるのを見るのは、初めてじゃないの。アンタは何か大きな事を成し遂げた後は大体そんなかんじになるのよ、高校の時も大学の時もそうだったわ」

「そうだっけ」

「大学院を出た後、バックパッカーになって世界を廻ったのもそう。アンタは何かやってないとふらふらとポンコツ状態になんのよ」

うー、と唸りながら千秋は蛍を睨みつけるが、蛍は容赦しない、言葉を続ける。

「課題がどんどんくる学生時代なら気づきにくかったけど、社会に出て自分の生き方を自分で決めるようになると浮き彫りになったわ、千秋は目的が無いと危なっかしいって。実際、旅行中に危ない目にあったのが何度もあるじゃない。あたしは何度も肝を冷やしたわよ」

「ちゃんと無事に帰ってきたじゃない」

「左遷させられてね。どうせ向こうで何かトラブったんでしょう」

くっ、鋭いなと千秋は思った。

世界的大企業のトップ(しかも70代)と恋愛トラブルで殺されかけた、なんて蛍が知ったら卒倒するだろう。下手したらジェーンに挑むかもしれない、彼女の恐ろしさを知っている千秋は、そんなことにしたくないので、蛍には派閥争いに巻き込まれて左遷されたとだけ言ってある。

「返事が無いって事は当たりでしょ。どんなトラブルか知らないけど、ポンコツ状態じゃないアンタなら避けられたとあたしは思うよ」

負け犬のように、うーうー唸っている千秋を見ながら蛍は思う。

実際、千秋は能力が高い方だと思う。だから少し頑張れば大抵の事はやれるのだろう。しかしそれは両刃の剣であり、世の中をなめやすくもなる。
当人はそんな気は無いだろうが、ポンコツ状態になるのは、心のどこかにそんなところが在るのだろうと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

処理中です...