佐野千秋 エクセリオン社のジャンヌダルクと呼ばれた女

第１部

仮面の女

周りがざわめきはじめた。
場違いな課長とのやり取りに気づいた人達が、遠巻きに千秋達を囲みはじめる。

とにかく課長を帰らせなければ。しかしなぜか頑なにバイヤーに会わせろといい続ける課長は帰りそうにない。

いつもの千秋なら冷静に状況把握してから行動するのだが、時間制限と予定外の出来事のため、なかなか冷静になれなかった。騒ぎというのは、ある一定の人数が集まると爆発的に始まる。千秋にはわからなかったが、その人数になるまであと少しというところになっていた。その時

「Hi!  CHIAKI」

千秋に話しかける者がいた。声の方をみるとひとりの女性が立っていた。

ボディラインが綺麗に出ているバーガンディのロングチャイナもそうだが、派手なマスカレードに目を奪われる。

「I will use it for me first」

千秋は何を言っているのか分からなかったが、課長はもっと分からないのが見てとれた。

「Sure, but a little help please」

「OK」

千秋は課長を向くと

「課長、こちらがそのバイヤーです。彼女は日本語は話せないので英語での会話となります」

「え、英語だって」 

マスカレードの女は、にっこり笑うと課長に英語で話しかける、課長は多くの日本人と同じように愛想笑いをして無言で直立不動になる。

いくら話しかけても答えない課長にだんだん女は苛立ちはじめた。

「課長、ちゃんと答えてください」

「あ、ああ」

それでも答えられない課長に、ゼスチャーで諦めたというポーズをすると、千秋に話しかけはじめた。

流暢な英語で会話をする2人を、ぽかんと見ている課長を尻目に、どんどん話が盛り上がる2人。
やがて握手をして2人は別れた。

「佐野君、どうなったのだね」

「はい、お聴きの通り無事契約は成立しました」

「そ、そうなのかね」

「すいませんが課長、直ぐに一色君に連絡してあげたいので、控室に行きますね。要件は終わりましたので、後はお好きにしてください。それでは失礼します」

まくし立てるように話すと、課長に一礼して千秋は会場をあとにする。

課長は追いかけようとしたが、女性用の控室に入られたので、どうすることもできず誰も知り合いのいないパーティー会場に独り残されてしまった。