ばあちゃんの豆しとぎ

母のファミリーヒストリー 1

　母とみっこ伯母は台所にいて、まったりお茶を飲んでいた。ダイニングテーブルには朝食のおかずが父と私の分残されている。

「あや、ずいぶん遅がったごど。お父さんは？」

　私がさっきの出来事を話すと

「あやまぁあらまあ。なぁして、まぁどうして」

　と、二人で不思議がったり気味悪がったり。

「ホームレスだのってねぇ。こっただこんな何でもある時代に」
　
「本人は北海道に旅行してる途中だって言ってたから、ホームレスかどうかはまだ……」

　遅い朝食を摂りながら、「旅行が終わっても帰る場所がない」というのはあり得るかもしれないな、とは思った。

　「リーマンショック」も「年越し派遣村」もこの数年先の出来事だが、この時既に予兆めいた肌感覚はあった。就職氷河期に次いで定年間際の五十代中心に社会問題化していた「リストラ」が現役世代の方にまでじわじわと降りてきていた。

　私が子どもの頃から二十代にかけて、解雇や失業者といった言葉は身近ではなく、ほとんどフィクションの中の出来事のように思っていた。
　実際、日本は欧米と比べてかなり失業率の低い国だと当時は言われていたしーーましてや住む場所もない人などというのは想像がつかない。

　これといった大きな産業もなく相対的平均的にみんな貧しかった過疎の町の子ども時代、市日で傷痍軍人らしき人が歌っていたり、知的障がいのおじさんがぼろぼろの服でリヤカーを引き廃品集めをしていたり、あるいは河川敷に小屋を建てて畑を作りヤギを飼っているおじさんーーなどは見たことがあるが「ホームレス」と思しき人だけは見たことも噂を聞いた事もなかった。

　身内の誰かの知り合いか知り合いの身内だらけの狭い町らしく、地元の人間である限り誰かが見かねて世話を焼いてきたのだろうーー「人目ぁ悪い」という消極的な動機も含めて。

「グローバル」だ、「国際競争」だとお題目を唱えながら、より安い労働力を求める企業がこぞって生産拠点を海外に移す産業空洞化もとどまるところを知らない。

　雇い止めや工場閉鎖の憂き目に遭い、寮を追い出されて家と仕事を同時に無くす。住み込みで働ける場所が減り、住所不定ではアパートの入居も再就職もままならないーーそんな悪循環であっさりと、しかも見えづらい所で車中泊ホームレスやネットカフェ難民が量産されつつあった。

「北海道ねぇ……そういえば本町のお祖父さんも函館とここらを行ったり来たりだったものねえ。勝彦兄さんと勝子姉さんは父子家庭でずいぶん苦労したそうだし」

　みっこ伯母がぼそりと言った。

　本町の祖父は母の父親で、勝彦伯父と勝子伯母は母の長兄と長姉だがーー何、その話？