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祖母の葬儀 9〜祖母の旅路〜
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戦後の混乱と貧困の時代、旧態依然とした男社会の中で女手一つで家計を支え、子どもを育てるのは生半可なことではできなかっただろうし、祖母の気性が荒くなるのも仕方がないと思う。
だが身内限定で愚痴っぽく被害妄想気味なのはいただけない。
普段はお喋りでも口数が少ない訳でもない祖母だったが、何かのはずみでスイッチが入ると、嫁である母の愚痴を呪詛のように延々とーー途中で何度か止めたり切り上げようと声をかけても、結局祖母の気が済むまで一時間以上は聞かされる羽目になる。
当の母は機嫌を損ねてどこか目の届かない所に行ってしまうし、晃夫も父も「触らぬ神に何とやら」状態だし、私自身も積極的に祖母とコミュニケーションをとることは早い段階で諦めてしまっていた。
それでも離れているなりに祖母絡みの家族トラブルを何とかできないかと、今住んでいる市主催の初心者向けカウンセリング講座や傾聴サポーター養成教室に通ってみたことがある。勉強にはなったのだが、子ども達の送迎やフォローで時間のやりくりが難しくなり、両立はできなかった。
ーーでも私、お祖母ちゃんともっと話したかったんだよ。昔の苦労話とか、お祖父ちゃんの話とか詳しく聞きたかった。
ごめんねーーそう思いながら祖母の歳ぐらいまで生きてゆくのだろうか。
一時間近くもある長いお経を二人のお坊さんが交互に読み、外で立つ人も含めた参列者全員が最後までつき合っている。
宗派にもよるのかもしれないが、あちらで参列した式場での葬儀は礼を欠かない程度にある意味合理的で、だいたいこの間に司会に促されて遺族と参列者が順に焼香する。近い身内以外は焼香が終わり次第帰路に着く。
祖母は今頃、白い帷子に草鞋を履いて畑中君の用意してくれた七夕飾り……じゃなかった予備の履き物と小銭を背負い、お経の声と線香の煙を頼りに坂道をえっちらおっちらと登っている最中なのだろうか。
もう腰も曲がっておらず、背中も腕も足もどこも痛んでないといいんだけど。
最後に住職が払子を払い「大往生ーーーー」と唱えると副住職が祭壇横に置かれていた、小さな銅鑼に似たキラキラした鐘を三度鳴らす。読経の時の鐘の鈍い音とは違う、カーンという高い音が響いた。
ご住職が再びこちらを向きなおり、立ちあがって合掌すると祖母の戒名やお経の意味などを説明した。
「先程、読経の締めくくりにしましたのは『引導を渡す』と言い、故人様が現世の迷いを絶ち、あの世に旅立つ合図でございます。これより四十九日まで一連の仏事が続きます。これらは故人が仏弟子として御仏の元へ向かう修行の旅をつつがなく終えるためでございます」
だが身内限定で愚痴っぽく被害妄想気味なのはいただけない。
普段はお喋りでも口数が少ない訳でもない祖母だったが、何かのはずみでスイッチが入ると、嫁である母の愚痴を呪詛のように延々とーー途中で何度か止めたり切り上げようと声をかけても、結局祖母の気が済むまで一時間以上は聞かされる羽目になる。
当の母は機嫌を損ねてどこか目の届かない所に行ってしまうし、晃夫も父も「触らぬ神に何とやら」状態だし、私自身も積極的に祖母とコミュニケーションをとることは早い段階で諦めてしまっていた。
それでも離れているなりに祖母絡みの家族トラブルを何とかできないかと、今住んでいる市主催の初心者向けカウンセリング講座や傾聴サポーター養成教室に通ってみたことがある。勉強にはなったのだが、子ども達の送迎やフォローで時間のやりくりが難しくなり、両立はできなかった。
ーーでも私、お祖母ちゃんともっと話したかったんだよ。昔の苦労話とか、お祖父ちゃんの話とか詳しく聞きたかった。
ごめんねーーそう思いながら祖母の歳ぐらいまで生きてゆくのだろうか。
一時間近くもある長いお経を二人のお坊さんが交互に読み、外で立つ人も含めた参列者全員が最後までつき合っている。
宗派にもよるのかもしれないが、あちらで参列した式場での葬儀は礼を欠かない程度にある意味合理的で、だいたいこの間に司会に促されて遺族と参列者が順に焼香する。近い身内以外は焼香が終わり次第帰路に着く。
祖母は今頃、白い帷子に草鞋を履いて畑中君の用意してくれた七夕飾り……じゃなかった予備の履き物と小銭を背負い、お経の声と線香の煙を頼りに坂道をえっちらおっちらと登っている最中なのだろうか。
もう腰も曲がっておらず、背中も腕も足もどこも痛んでないといいんだけど。
最後に住職が払子を払い「大往生ーーーー」と唱えると副住職が祭壇横に置かれていた、小さな銅鑼に似たキラキラした鐘を三度鳴らす。読経の時の鐘の鈍い音とは違う、カーンという高い音が響いた。
ご住職が再びこちらを向きなおり、立ちあがって合掌すると祖母の戒名やお経の意味などを説明した。
「先程、読経の締めくくりにしましたのは『引導を渡す』と言い、故人様が現世の迷いを絶ち、あの世に旅立つ合図でございます。これより四十九日まで一連の仏事が続きます。これらは故人が仏弟子として御仏の元へ向かう修行の旅をつつがなく終えるためでございます」
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