76 / 151
私にだって言い分はある 2
しおりを挟む
「颯也やって」
テーブルの向こうの椅子で携帯ゲームに興じている颯也に声をかけてみたが、聞こえてないのか面倒なのか反応がない。
「 なぁして颯也さやらせんば。んがぁやれ」
父が不機嫌に怒鳴った。
「あのバケツからとなりのバケツに移すだけじゃない。颯也でもできる」
コンポスト行きのポリバケツのすぐ横に、ひと回り小さい可燃物行きの生ゴミバケツが置いてある。
「颯也さばやらせんな」
「なんでよ。私、颯也くらいの年には家事と雑用ならたいがいのことはやらされてた」
だいたい父自身、出がけの玄関で靴を履いてから忘れ物に気づいて私や晃夫に「あれ取ってこい」「これ捨てておけ」ーーなんてのはまだわかるが、茶の間でゴロリと寝転んでる時だって自分の方が距離的に近くても私達をマジックハンド代わりにしていた。今だって私に対してはそうだ。
初老と中年、いい年の大人二人が自分の名前を出して親子喧嘩になっていることに気づいた颯也は、驚いて顔をあげたまま固まっている。
「さっきのおにぎりを移せばいいの?」
調整力と包容力が擬人化されて歩いているような仏のみっこ伯母が事もなげに立ち上がり、バケツに向かった。
「ご飯食べてる人がいるのに、開け閉めしたら臭くない?」
蓋を開けようとした伯母を、父と母が慌てて制した。
「こっただごどで大声で喧嘩して……人目ぁ悪い」
伯母に代わって古いおにぎりを投げ込んだ手つきと生ゴミバケツの腐臭が、母の最大級の不機嫌を代弁していた。父はそれでも「静子が……」とぶつぶついいながらご飯をかき込んでいた。
戻って来た晃夫は微かな悪臭に眉をしかめたが、流れている微妙な空気には気づかなかった。
「みっこ伯母さん、お風呂が沸いたから入ってください」と勧めた。
「じゃあお言葉に甘えて」
と、みっこ伯母は台所から出ていった。
颯也はその隙に、沈むタイタニックの鼠よろしくそっと晃夫の部屋に退散した。
ご飯を食べ終え、母にお茶を入れてもらう頃には父はもうけろりとしていて、葬式当日までよろず屋の駐車場を借りているがお礼に一万も包めばいいだろうかとか、後は来ていた親戚の人達の話なんかを思いつくままにあれこれ話していた。
普段はそれらに「ほにねぇ」「あやまぁ」などと相槌を打つ母が、ずっと無言で父の使った食器を洗っていた。
「しかしまあ、家での葬式づうのはこえぇもんだなあ。しねえばよがった」
喪主の父がふと漏らした放言に、遺族としての表の役割と裏方仕事の一切を否応なしに切り盛りし続けていた母の中で何かが切れた。
「なに、今さら…… そっただ事言うんだら 、最初っからしねぇばよがったべす」
母は声を荒げてそう言うと外したエプロンをテーブルの上に叩きつけ、玄関からふいっと出て行ってしまった。
テーブルの向こうの椅子で携帯ゲームに興じている颯也に声をかけてみたが、聞こえてないのか面倒なのか反応がない。
「 なぁして颯也さやらせんば。んがぁやれ」
父が不機嫌に怒鳴った。
「あのバケツからとなりのバケツに移すだけじゃない。颯也でもできる」
コンポスト行きのポリバケツのすぐ横に、ひと回り小さい可燃物行きの生ゴミバケツが置いてある。
「颯也さばやらせんな」
「なんでよ。私、颯也くらいの年には家事と雑用ならたいがいのことはやらされてた」
だいたい父自身、出がけの玄関で靴を履いてから忘れ物に気づいて私や晃夫に「あれ取ってこい」「これ捨てておけ」ーーなんてのはまだわかるが、茶の間でゴロリと寝転んでる時だって自分の方が距離的に近くても私達をマジックハンド代わりにしていた。今だって私に対してはそうだ。
初老と中年、いい年の大人二人が自分の名前を出して親子喧嘩になっていることに気づいた颯也は、驚いて顔をあげたまま固まっている。
「さっきのおにぎりを移せばいいの?」
調整力と包容力が擬人化されて歩いているような仏のみっこ伯母が事もなげに立ち上がり、バケツに向かった。
「ご飯食べてる人がいるのに、開け閉めしたら臭くない?」
蓋を開けようとした伯母を、父と母が慌てて制した。
「こっただごどで大声で喧嘩して……人目ぁ悪い」
伯母に代わって古いおにぎりを投げ込んだ手つきと生ゴミバケツの腐臭が、母の最大級の不機嫌を代弁していた。父はそれでも「静子が……」とぶつぶついいながらご飯をかき込んでいた。
戻って来た晃夫は微かな悪臭に眉をしかめたが、流れている微妙な空気には気づかなかった。
「みっこ伯母さん、お風呂が沸いたから入ってください」と勧めた。
「じゃあお言葉に甘えて」
と、みっこ伯母は台所から出ていった。
颯也はその隙に、沈むタイタニックの鼠よろしくそっと晃夫の部屋に退散した。
ご飯を食べ終え、母にお茶を入れてもらう頃には父はもうけろりとしていて、葬式当日までよろず屋の駐車場を借りているがお礼に一万も包めばいいだろうかとか、後は来ていた親戚の人達の話なんかを思いつくままにあれこれ話していた。
普段はそれらに「ほにねぇ」「あやまぁ」などと相槌を打つ母が、ずっと無言で父の使った食器を洗っていた。
「しかしまあ、家での葬式づうのはこえぇもんだなあ。しねえばよがった」
喪主の父がふと漏らした放言に、遺族としての表の役割と裏方仕事の一切を否応なしに切り盛りし続けていた母の中で何かが切れた。
「なに、今さら…… そっただ事言うんだら 、最初っからしねぇばよがったべす」
母は声を荒げてそう言うと外したエプロンをテーブルの上に叩きつけ、玄関からふいっと出て行ってしまった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
お料理好きな福留くん
八木愛里
ライト文芸
会計事務所勤務のアラサー女子の私は、日頃の不摂生がピークに達して倒れてしまう。
そんなときに助けてくれたのは会社の後輩の福留くんだった。
ご飯はコンビニで済ませてしまう私に、福留くんは料理を教えてくれるという。
好意に甘えて料理を伝授してもらうことになった。
料理好きな後輩、福留くんと私の料理奮闘記。(仄かに恋愛)
1話2500〜3500文字程度。
「*」マークの話の最下部には参考にレシピを付けています。
表紙は楠 結衣さまからいただきました!
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
恋の味ってどんなの?
麻木香豆
ライト文芸
百田藍里は転校先で幼馴染の清太郎と再会したのだがタイミングが悪かった。
なぜなら母親が連れてきた恋人で料理上手で面倒見良い、時雨に恋をしたからだ。
そっけないけど彼女を見守る清太郎と優しくて面倒見の良いけど母の恋人である時雨の間で揺れ動く藍里。
時雨や、清太郎もそれぞれ何か悩みがあるようで?
しかし彼女は両親の面前DVにより心の傷を負っていた。
そんな彼女はどちらに頼ればいいのか揺れ動く。
クラシオン
黒蝶
ライト文芸
「ねえ、知ってる?どこかにある、幸福を招くカフェの話...」
町で流行っているそんな噂を苦笑しながら受け流す男がいた。
「...残念ながら、君たちでは俺の店には来られないよ」
決して誰でも入れるわけではない場所に、今宵やってくるお客様はどんな方なのか。
「ようこそ、『クラシオン』へ」
これは、傷ついた心を優しく包みこむカフェと、謎だらけのマスターの話。
和泉と六郎の甘々な日々 ~実は和泉さんが一方的に六郎さんに甘えてるだけと言う説も有るけど和泉さんはそんな説にはそっぽを向いている~
くろねこ教授
ライト文芸
ふにゃーんと六郎さんに甘える和泉さん。ただそれだけの物語。
OL和泉さん。
会社では鬼の柿崎主任と怖れられる彼女。
だが、家では年上男性の六郎さんに甘やかされ放題。
ふにゃーんが口癖の和泉さんだ。
夜食屋ふくろう
森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。
(※この作品はエブリスタにも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる