ばあちゃんの豆しとぎ

通夜二日目 ５〜葬式行列の役割分担にモヤモヤ〜

　人あたりと人づきあいのいい父は、本来の仕事の他に労働組合に町内会、墓地の管理組合まであれやこれやと仕事を引き受けては家に持ち込み、この仏間でよく書き仕事をしていた。
　当時の仏間には子どもの本棚やおもちゃ箱も置いてあった。畳の上にまで広げられた書類をこれでもかと遠巻きにして、眠るケルベロスを起こさずに宝物を取りに行く冒険者のように抜き足差し足でそうっと父の後ろを通るのだが、たちどころに逆鱗に触れて「踏むな」と烈火のごとく怒鳴り飛ばされるのだった。

　そんなわけで座卓で書き物をしている父の背中には四十路近くなった今でもなんとなくトラウマがある。

「お母さんから掃除機をかけろって言われたんだけど」

　恐る恐る言うと、今日の父は機嫌がいいらしく普通に「後にしろ」と答えた。

　こっちだって掃除機をかけるのが趣味でどうしてもやらせてほしいってわけじゃない。念仏の始まる前に片づけなければいけない作業が山積みだし、弔問客か来始めると自分のペースでは動けないので片づけられる事はさっさと片づけてしまいたい。
　いらいらしながら回れ右をすると、

「遺骨は喪主の俺で遺影は母ちゃんで、位牌は晃夫さ持ってもらうすけ、お前はみっこ伯母おばさんどう達と一緒に花っコ持て」

　後ろから唐突に指示された。

「何なに、何の話？」

　家族や親戚から日本語で話しかけられているのに、全く意味が通じないーーという事にはもはや驚かないが、悪気なくマイペースな父にカチンとくる。
　父の手元をのぞき込むと、蓮の花の意匠の用紙が数枚おかれていて両親や親戚の名前、続柄が書かれている。どうやら葬式行列の役割分担表らしい。こんな物があるなんて初めて知ったーーささやかな苛立ちに好奇心が勝った。

　こちらの風習では葬儀の後、墓地まで「まんが日本昔話」や「ごんぎつね」のような葬式行列をして埋葬する。
　もっとも今は、墓地の入り口まではバスに乗ることが多いそうで、厳密に言うとほぼ「格好だけは行列の支度をして墓地まで埋葬に行く」という事になる。

「こんなものがあるんだ」　

　私はイライラしていたのも忘れて、分担表に見入った。

　遺骨と遺影、位牌に続いて供物、供花、卒塔婆などと書かれた欄に従伯父達や母方の伯父の名前が割り振られ、私の名前はおば達と一緒に、一番後ろの「御花」の欄に書かれていた。
　順番的に前の方でオンリーワン感のある「供花」と後ろの方で複数形の「御花」はどう違うのか……ということも気にはなるが、自分の割り当てられた立ち位置にもひっかかる。

　そりゃあ確かに実家で祖母と同居していたのは十代の時までの二十年足らずで、後の約二十年はお盆と独身時代の年末年始のせいぜい年に一週間から十日程度しか一緒には過ごしていない。
　祖母の衰えにも年とともに磨きのかかった面倒臭さにも向き合わずに距離をとり続けてきたし、姓だってもう「竹花」じゃない。あれこれ言えた義理じゃないのはわかるんだけど。