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雪の侯、二戸駅に降りる 3
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昭和の古びたコンクリートと木造家屋の町並みが雪山にくるまれてそのまま眠っているような町並みは、故郷とよく似ている。
ーー上見れば虫っこ、中見れば綿っこ、下見れば雪っこ……
口にして歌うと心なしかほんのり身体が暖かくなる。
不定休の共稼ぎだった母の夜勤の晩、祖母は私と弟を自分の部屋に泊めてくれた。農閑期に縫ったお手製の丹前に湯たんぽを入れてあんまり上手じゃない歌を歌ってくれたり、三つくらいのレパートリーがぐるぐる回っているような昔話を聞かせてくれたりした。
覚えているのは節がついているようないないようなこの歌と、祖母のひいおばあさんが南部藩の殿様を見たという話だ。
どこからかふんわりと出汁の匂いが香ってきて急にお腹が空いた。駅のどこかに立ち食い蕎麦屋でもあるのか、「駅前食堂」という看板は出ているものの営業してる気配の薄いロータリー向こうの店からか。
ーー嫌だ。お昼を食べたばかりのはずなのにーー
颯也は楽しみにしていた駅弁を平らげたが、気が張っていた私はサンドイッチとコーヒーだけだった。感傷も郷愁も食欲には勝てない。
ーーお祖母ちゃんの最後の昼餐は、お母さんの蕎麦だったそうだから、旅の途中でひもじくなることはないわよね。
時代のせいで苦労はしたが幸せな人生だったんだと思いたい。
母の鳥蕎麦は進物用の乾蕎麦なので麺自体はどうということはないのだが、三陸の昆布と煮干しでしっかり出汁をとり酒と醤油でととのえた甘みの少ない汁は旨い。
具のむね肉はそれとは別に、少し甘めに煮る。他の具はみじん切りのネギと刻み海苔だけ。
若いときは蕎麦屋で食べるような甘い鰹出汁の天ぷら蕎麦が好きだったが、時々母の鳥蕎麦のような素朴な味が恋しくなるーー年のせいだろうか。
「ひい祖母ちゃんて、死んじゃったの?」
券売り場の列に並びながら颯也が唐突に、ぽつりと呟いた。
「そうよ」
颯也と同じ年頃の頃、私も同居の曾祖母を亡くしているが最後の二年ほどは病院に入って寝たきりだったので、なかなか実感が湧かなかった。年に一度しか会わない祖母の死を颯也が理解できなくても仕方がないのかもしれない。
祖母は耳が遠いし、子ども達は祖母の南部訛りが理解できない。意志の疎通はなかなか難しそうだったが祖母の肩を叩いたりお小遣いをもらったりといったやりとりはあった。
祖母も年に一度曾孫が来るのを楽しみにしていた。少なくとも、子ども達なりに親しみと敬意を感じる存在ではあったに違いない。
昭和の古びたコンクリートと木造家屋の町並みが雪山にくるまれてそのまま眠っているような町並みは、故郷とよく似ている。
ーー上見れば虫っこ、中見れば綿っこ、下見れば雪っこ……
口にして歌うと心なしかほんのり身体が暖かくなる。
不定休の共稼ぎだった母の夜勤の晩、祖母は私と弟を自分の部屋に泊めてくれた。農閑期に縫ったお手製の丹前に湯たんぽを入れてあんまり上手じゃない歌を歌ってくれたり、三つくらいのレパートリーがぐるぐる回っているような昔話を聞かせてくれたりした。
覚えているのは節がついているようないないようなこの歌と、祖母のひいおばあさんが南部藩の殿様を見たという話だ。
どこからかふんわりと出汁の匂いが香ってきて急にお腹が空いた。駅のどこかに立ち食い蕎麦屋でもあるのか、「駅前食堂」という看板は出ているものの営業してる気配の薄いロータリー向こうの店からか。
ーー嫌だ。お昼を食べたばかりのはずなのにーー
颯也は楽しみにしていた駅弁を平らげたが、気が張っていた私はサンドイッチとコーヒーだけだった。感傷も郷愁も食欲には勝てない。
ーーお祖母ちゃんの最後の昼餐は、お母さんの蕎麦だったそうだから、旅の途中でひもじくなることはないわよね。
時代のせいで苦労はしたが幸せな人生だったんだと思いたい。
母の鳥蕎麦は進物用の乾蕎麦なので麺自体はどうということはないのだが、三陸の昆布と煮干しでしっかり出汁をとり酒と醤油でととのえた甘みの少ない汁は旨い。
具のむね肉はそれとは別に、少し甘めに煮る。他の具はみじん切りのネギと刻み海苔だけ。
若いときは蕎麦屋で食べるような甘い鰹出汁の天ぷら蕎麦が好きだったが、時々母の鳥蕎麦のような素朴な味が恋しくなるーー年のせいだろうか。
「ひい祖母ちゃんて、死んじゃったの?」
券売り場の列に並びながら颯也が唐突に、ぽつりと呟いた。
「そうよ」
颯也と同じ年頃の頃、私も同居の曾祖母を亡くしているが最後の二年ほどは病院に入って寝たきりだったので、なかなか実感が湧かなかった。年に一度しか会わない祖母の死を颯也が理解できなくても仕方がないのかもしれない。
祖母は耳が遠いし、子ども達は祖母の南部訛りが理解できない。意志の疎通はなかなか難しそうだったが祖母の肩を叩いたりお小遣いをもらったりといったやりとりはあった。
祖母も年に一度曾孫が来るのを楽しみにしていた。少なくとも、子ども達なりに親しみと敬意を感じる存在ではあったに違いない。
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