赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

１０

年が明けて、それから。

　年が明けた。

　ガルテン松山で俺の企画開発課が関わっていた「Ｄ-クロエ」シリーズの事業はＤ's Ｔｈｅｏｒｙに譲渡され、経営陣の交代と組織再編が行われることになった。取締役として新たに玄英が加わり、水島課長のＤ社への出向が決まった。

　一方、ユーラの方は暴行の疑いで現行犯逮捕されたものの、監禁と発砲に関しては玄英も清さんも事件にしたがらなかったことや奴が日米混成でオーバースペック気味なやり手弁護団を雇ったこと……などなどあってあっさり釈放され、さっさとアメリカに帰国してしまった。
　
　イメージダウンを恐れた船会社に玄英が全面協力を約束させたお陰で、俺達も不法侵入とか物損とかヌマノボー先生のなりすましとか（清さんの日本刀とか……）諸々不問になったので複雑なのだが。
　あの晩の騒ぎについても買収失敗とユーラの奇行、替玉疑惑などに関心が注がれていて、会場の花の話題が本物のヌマノボー氏の耳に入る心配はまず無さそうだ。

　いつか「天網恢々てんもうかいかい疎にして洩らさず」となって欲しいものだと願っている。

　と思ったら、奴がアメリカに戻った途端、経営していた企業の不正が次々と発覚し、結局あちらで逮捕された。
　どうせまた金に飽かせてすぐ出てくるんだろうと思ってたらはたしてその通りになったが、噂じゃ「ユーロの小国が一個買える金額」だという保釈金及び保釈金のために世界中の不動産やら車やらジェット機やらをちょこちょこ売り払っているようだ。
　経営していた会社もＳＮＳ関連を除いて売却、逆に会社からも訴えられたりしてまさに「訴訟王」の名に恥じない（「恥じない」でいいのか……？）新しい話題を連日ゴシップサイトやテレビショーに提供している。

　二つ名も「ＳＮＳ王」より「訴訟王」「売却王」と呼ばれる事が多くなり「借金王」との四冠を戴く日も近いとか、お決まりの自伝が出てハリウッド映画化されるとか色んな噂が虚実ない混ぜた。

　一つだけ確実な最近のニュースは、そこまでして勝ち取った保釈なのに法廷で暴言を吐いて、すぐに取り消されたらしい。

　一ヶ月足らずでのこの急激な凋落っぷりーー一体何があった？

「あーー」

　いや。思い当たる節がないでもない。


　エンプレス・ソフィア号での逮捕騒ぎの後。集まっていたセレブ達は野次馬なんかする事なくあっという間に去り（君子危うきに近寄らず的な、危機管理ってヤツ？）最後に残ったのは俺達と乗務員の人達だけだった。

　俺は画面が無惨に割れたユーラのスマホを見つけた。

「そう言えばこれ、どうしよう？やっぱり本人に届けるべき？」

「というより、警察の証拠品として提出すべきでしょうね」

　俺が古賀さんに相談していると、

「それ、僕に預けてくれないかな」

　玄英にそう言われた。

「いいけど、どうしてーー？」

　玄英は少し言いづらそうに「監禁中に撮られた画像を消したい」と答えた。

　俺達はそれで何にも言えなくなって、特に何の疑問も持たずに渡したんだが。

「これでもう安心だ。彼にとっても罪滅ぼしになる」

　そう言って笑った玄英の顔が心なしか暗黒面寄りだったような気もする……今思い出すと、だけど……



「玄英」「何？」

　二人揃ってパソコンのネットニュースを観ていた時、俺は聞いてみた。

「ユーラのスマホ、どうしたの？返した？」

「さあー、どうだったかな？忘れちゃった」

　すっとぼけた顔が、何とも悪そうな表情。

「でもあの時、下手に警察に渡さなかったことだけは本人も感謝してるはずだよ。まあこの先、これまでの所業のツケを少しずつ払う事になるんだろうけどね。あくまで僕の予感だけど。ふふふ……」

　この人を絶対、敵にだけは回すまい……