125 / 144
10
「ここで会ったが百年目」な事例研究
しおりを挟む
《ボスはまだ地方に?》
《うん。せっかくだから大学や研究施設をいくつか回る。共同研究の話も進めたいし、いい機会だからフィールドワークの現場も見せてもらう》
玄英は日本同様、高齢化と地方の過疎化が進む韓国で、放棄されたテーマパーク内に陸地型ビオトープを造る研究を新たに始めようとしていた。
《ボスの仕事に対する姿勢は尊敬するけど、自分で仕事を増やしてこれ以上忙しくなってどうするの?恒星ともずっと会えてないんでしょ?》
《恒星は仕事に打ち込む自分が魅力的だと言ってくれている。それにこの山さえ越えてしまえば、じきにクリスマス休暇だ》
玄英は半分、自分に言い聞かせるようにそう答えた。
《それもそうねーーね、いっそ彼をうちの社に引き抜いたらいいのに。あたしの後が空くし》
《公私混同はしない主義》
玄英はちょっと不機嫌に眉根を寄せた。
《だって例の新人もとうとう、社長の出張中に辞めてしまったそうじゃない。古賀さんが嘆いてた》
《……》
《人手が足りないのは確かでしょ。このままじゃあたしだって古巣が気がかりで、離れるに離れられない》
《その事なら責任持って、別にちゃんと考えるよ》
《そう。じゃ、私もう行くね。恒星に伝言なんてある?》
《ありがとう。でも必要ないよ。毎晩リモートで話してる》
アンジェラが笑いながらゲートの向こうに消えた瞬間、同じ便に乗り込んですぐにでも恒星のところに飛んで帰りたい衝動をどうにか抑えた。
ーークリスマス休暇になったら、
玄英は必死でそう考えた。
ーー愛する家族に自慢の恋人を紹介する。イベントの後は南の島で二人のコテージを借りて、予定も立てずにのんびり過ごすんだ。
海で泳いだり森を散策したり、市場をひやかしてくだらない買い物をし、美味しい物を食べーーそして昼夜の別なくひたすら愛し合う。
近い未来の幸せな予測に胸を躍らせながらスーツケースを引いて、地元駅との連絡通路に向かおうとしたその時。
《奇遇だな、玄英》
と、よく聞き慣れた声に呼び止められるーー玄英にはその時、余計な面倒事が増えたくらいにしか感じられなかった。
彼にしては比較的常識的なセンスの、ラフなジャケットは愛好するイタリアブランド製でご自慢の一点物なのだろう。サングラスを取らないまでも、玄英は彼の事がわかっている。
《ユーラ。何の用だ?》
《君をまた、パーティに招待したいと思って》
《お断りする。君とはあれっきりだと言ったはずだ。君は水に流したつもりかもしれないが、僕は僕の恋人を侮辱された事を全く許してないし、これからも許す気はない》
《恋人?》
ユーラはせせら笑うように片眉をあげた。
《なんだ、その恋人から何にも聞いてないのかい?》
《何を?》
《僕の方こそ、水に流すつもりなんかさらさらなくてね。日本の法に基づいてコウセイ・アオバを傷害容疑で告訴した。損害賠償も請求すること予定だ》
《何だって!》
相手のペースにハマらないよう、用心して出方をうかがっていた玄英だが、すっかり冷静さを失ってしまう。
《いつ、どこで恒星がそんな事をしたって言うんだ!言いがかりだ!》
《僕が『21世紀最大の訴訟王』と呼ばれているの、忘れてしまったかな?》
《気に入らないなら僕を訴えたらいいのに!どう考えてもおかしいだろ!》
《それが僕、あの日本人がどうにも嫌いでね。気に入らない奴はルールの範囲内で徹底的に叩きのめす、それが僕のやり方だ。知ってるだろ?》
《正気じゃない!何がルールだ。そんなメチャクチャ、通るわけ……》
《さあどうかな。最近パッとしない日本のメディアを呼んでやって、被害者として会見を開いたっていいんだ。バズりようによっては真実も世論もネットが作り上げてくれて、何なら断罪までしてくれる》
《卑劣だぞ!恥を知れ》
玄英は踵を返し、スーツケースを引いてチケットカウンターに向かって駆け出そうとした。
ーーそんな馬鹿げた騒ぎに恒星を巻き込んでたまるか!
《うん。せっかくだから大学や研究施設をいくつか回る。共同研究の話も進めたいし、いい機会だからフィールドワークの現場も見せてもらう》
玄英は日本同様、高齢化と地方の過疎化が進む韓国で、放棄されたテーマパーク内に陸地型ビオトープを造る研究を新たに始めようとしていた。
《ボスの仕事に対する姿勢は尊敬するけど、自分で仕事を増やしてこれ以上忙しくなってどうするの?恒星ともずっと会えてないんでしょ?》
《恒星は仕事に打ち込む自分が魅力的だと言ってくれている。それにこの山さえ越えてしまえば、じきにクリスマス休暇だ》
玄英は半分、自分に言い聞かせるようにそう答えた。
《それもそうねーーね、いっそ彼をうちの社に引き抜いたらいいのに。あたしの後が空くし》
《公私混同はしない主義》
玄英はちょっと不機嫌に眉根を寄せた。
《だって例の新人もとうとう、社長の出張中に辞めてしまったそうじゃない。古賀さんが嘆いてた》
《……》
《人手が足りないのは確かでしょ。このままじゃあたしだって古巣が気がかりで、離れるに離れられない》
《その事なら責任持って、別にちゃんと考えるよ》
《そう。じゃ、私もう行くね。恒星に伝言なんてある?》
《ありがとう。でも必要ないよ。毎晩リモートで話してる》
アンジェラが笑いながらゲートの向こうに消えた瞬間、同じ便に乗り込んですぐにでも恒星のところに飛んで帰りたい衝動をどうにか抑えた。
ーークリスマス休暇になったら、
玄英は必死でそう考えた。
ーー愛する家族に自慢の恋人を紹介する。イベントの後は南の島で二人のコテージを借りて、予定も立てずにのんびり過ごすんだ。
海で泳いだり森を散策したり、市場をひやかしてくだらない買い物をし、美味しい物を食べーーそして昼夜の別なくひたすら愛し合う。
近い未来の幸せな予測に胸を躍らせながらスーツケースを引いて、地元駅との連絡通路に向かおうとしたその時。
《奇遇だな、玄英》
と、よく聞き慣れた声に呼び止められるーー玄英にはその時、余計な面倒事が増えたくらいにしか感じられなかった。
彼にしては比較的常識的なセンスの、ラフなジャケットは愛好するイタリアブランド製でご自慢の一点物なのだろう。サングラスを取らないまでも、玄英は彼の事がわかっている。
《ユーラ。何の用だ?》
《君をまた、パーティに招待したいと思って》
《お断りする。君とはあれっきりだと言ったはずだ。君は水に流したつもりかもしれないが、僕は僕の恋人を侮辱された事を全く許してないし、これからも許す気はない》
《恋人?》
ユーラはせせら笑うように片眉をあげた。
《なんだ、その恋人から何にも聞いてないのかい?》
《何を?》
《僕の方こそ、水に流すつもりなんかさらさらなくてね。日本の法に基づいてコウセイ・アオバを傷害容疑で告訴した。損害賠償も請求すること予定だ》
《何だって!》
相手のペースにハマらないよう、用心して出方をうかがっていた玄英だが、すっかり冷静さを失ってしまう。
《いつ、どこで恒星がそんな事をしたって言うんだ!言いがかりだ!》
《僕が『21世紀最大の訴訟王』と呼ばれているの、忘れてしまったかな?》
《気に入らないなら僕を訴えたらいいのに!どう考えてもおかしいだろ!》
《それが僕、あの日本人がどうにも嫌いでね。気に入らない奴はルールの範囲内で徹底的に叩きのめす、それが僕のやり方だ。知ってるだろ?》
《正気じゃない!何がルールだ。そんなメチャクチャ、通るわけ……》
《さあどうかな。最近パッとしない日本のメディアを呼んでやって、被害者として会見を開いたっていいんだ。バズりようによっては真実も世論もネットが作り上げてくれて、何なら断罪までしてくれる》
《卑劣だぞ!恥を知れ》
玄英は踵を返し、スーツケースを引いてチケットカウンターに向かって駆け出そうとした。
ーーそんな馬鹿げた騒ぎに恒星を巻き込んでたまるか!
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
幽世狭間割烹料理店〜夜のしじまに来る妖しいお客様〜
よみ
BL
ここは、歴史ある建造物や風情のある街並みが色濃く残るとある古都の割烹料理店。
情緒ある街中に、ひっそりと佇むその店には、人と人ならざるものの両方が訪れる。
そんな摩訶不思議な店の主人の谷道光(やどう ひかる)と、この世とあの世を行き交う者達との不思議な交流を描くBLファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる