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War is over
良
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「親方。風呂が沸きました」
夕方、ダイが恒三の部屋に来て告げた。青木造園の初詣を終えた恒三は、部屋着に着替えて清武と将棋を指していた。
「おう、すまんな。一番風呂はお客人に入ってもらえーー姿が見えねえようだが」
「坊ちゃんの部屋で寝てると思います」
「何だ、客間を使ってもらえってあれほど言ってあんのに……恒星の奴」
「あの二人、本当に仲がいいですね」
清武が思わず般若のような形相を見せたが、恒三は自分の会心の一手が利いているのだと内心ほくそ笑んだ。耄碌した気はさらさら無いが、他の弟子はともかく最近は清武との将棋でことに苦戦する事が多くなった。
今日は久々に調子がいいようだ。
「いくら仲がいいからって大掃除まで手伝わすわ、年明け早々連れ回すわ……親しき中にも礼儀ってのがあんだよ。一応はあちらさんが目上なんだから」
「玄英さ……遠山社長は楽しそうでしたよ。海は死ぬほど寒かったですけど」
一方、ダイの夢は青葉造園で学んだ事を生かして故郷でガーデニング関連の事業をやり、日本庭園のテーマパークを作る事である。無二の才能を持つ成功者でありながら気さくな玄英と、師匠の孫で祖父譲りの漢気溢れる恒星はダイにとって憧れの二人だ。
殺人的な寒さを除けば二人に誘われて光栄だったし、同輩の友人とはまた違う楽しさがあった。故郷の旧正月にも二人は遊びに来てくれるという。この人もまたいいことずくめで上機嫌だ。
「湯が冷めちまわあ。起こして入ってもらえ」
「まっ……待てっ!ダイ!俺が行く」
心よく返事をして恒星の部屋に向かいかけたダイを、清武が慌てて止めた。
「?」
「なんでぇ清?そんなに焦って」
「あっ……いや、その」
「まさかお前さん、俺に負けんのが嫌でトンズラしようって寸法じゃ」
「ち、違います。ええっと……ちょうど坊ちゃんに……話が」
「何だよ、正月っから深刻な面して。仕事の小言なら松が明けてからでいいだろ」
「いえ、仕事の話では」
「ならアレかい。部屋からエッチな本でも出てきたか?それくらい放っといてやれよ、いい大人なんだから。ははは」
そんな可愛いもんじゃないんですーーなどとはやっぱり言えず、清武は黙って頭を下げると廊下に出て母屋の端に向かった。
日のあるうちからまさかとは思うがーー玄英は一見、麗しく申し分のない貴公子然としていて常識の全く通じないようなところがあるしーー
あれは一年と少し前だったか。清武にはまだ、不用意に部屋の襖を開けて二人の密かな性癖ごと目撃してしまい、ショックの余り恒星に殴りかかってしまった。あれは今でもかなりのトラウマだ。
この事は恒三はもちろん、誰にも知られないよう胸にしまい続けている。何なら墓の中まで持っていって永久封印するくらいの覚悟ではあるが、もちろん二人のことを庇っているわけでも、ましてや認めているわけでもない。
清武の知る限り恒星坊ちゃんは、恋愛対象が元々男性というわけでも、倒錯や嗜虐の嗜好があるわけでもなかったはずだ。
確かに昔から彼女より男友達を優先してよく振られていたし、啖呵切りで喧嘩っ早くもあった(そしてよく負けていた)
それらはがあくまで十代のヤンチャ時代の事で、麻疹のようなもんだ。
たまの個室掃除と引っ越し手伝いで、その辺の把握には自信がある。もちろん本人には申告していない。
きっと酒の勢いか何かで、経験豊富な年上の玄英につけ込まれて感化されてしまったに違いない……一見、長身の割に楚々とした庇護欲を掻き立てる見た目で、何も知らなければ自分も惑わされたかもしれない。だがどうして、アレはなかなかの知能犯だ。
決して波乱や修羅場を望んでいるわけではない。
できればどうかこのまま、他の誰にも気取られないうちに坊ちゃんの熱が冷めて正気に戻って欲しい。それが清武の本音なのだが、玄英は玄英で社長や職人連中の懐に入るのがやたら上手く、仕事上でも切っても切れない関係になりつつある。
この一年余り、清武は人知れず鬱屈を抱え続けているのだった。
夕方、ダイが恒三の部屋に来て告げた。青木造園の初詣を終えた恒三は、部屋着に着替えて清武と将棋を指していた。
「おう、すまんな。一番風呂はお客人に入ってもらえーー姿が見えねえようだが」
「坊ちゃんの部屋で寝てると思います」
「何だ、客間を使ってもらえってあれほど言ってあんのに……恒星の奴」
「あの二人、本当に仲がいいですね」
清武が思わず般若のような形相を見せたが、恒三は自分の会心の一手が利いているのだと内心ほくそ笑んだ。耄碌した気はさらさら無いが、他の弟子はともかく最近は清武との将棋でことに苦戦する事が多くなった。
今日は久々に調子がいいようだ。
「いくら仲がいいからって大掃除まで手伝わすわ、年明け早々連れ回すわ……親しき中にも礼儀ってのがあんだよ。一応はあちらさんが目上なんだから」
「玄英さ……遠山社長は楽しそうでしたよ。海は死ぬほど寒かったですけど」
一方、ダイの夢は青葉造園で学んだ事を生かして故郷でガーデニング関連の事業をやり、日本庭園のテーマパークを作る事である。無二の才能を持つ成功者でありながら気さくな玄英と、師匠の孫で祖父譲りの漢気溢れる恒星はダイにとって憧れの二人だ。
殺人的な寒さを除けば二人に誘われて光栄だったし、同輩の友人とはまた違う楽しさがあった。故郷の旧正月にも二人は遊びに来てくれるという。この人もまたいいことずくめで上機嫌だ。
「湯が冷めちまわあ。起こして入ってもらえ」
「まっ……待てっ!ダイ!俺が行く」
心よく返事をして恒星の部屋に向かいかけたダイを、清武が慌てて止めた。
「?」
「なんでぇ清?そんなに焦って」
「あっ……いや、その」
「まさかお前さん、俺に負けんのが嫌でトンズラしようって寸法じゃ」
「ち、違います。ええっと……ちょうど坊ちゃんに……話が」
「何だよ、正月っから深刻な面して。仕事の小言なら松が明けてからでいいだろ」
「いえ、仕事の話では」
「ならアレかい。部屋からエッチな本でも出てきたか?それくらい放っといてやれよ、いい大人なんだから。ははは」
そんな可愛いもんじゃないんですーーなどとはやっぱり言えず、清武は黙って頭を下げると廊下に出て母屋の端に向かった。
日のあるうちからまさかとは思うがーー玄英は一見、麗しく申し分のない貴公子然としていて常識の全く通じないようなところがあるしーー
あれは一年と少し前だったか。清武にはまだ、不用意に部屋の襖を開けて二人の密かな性癖ごと目撃してしまい、ショックの余り恒星に殴りかかってしまった。あれは今でもかなりのトラウマだ。
この事は恒三はもちろん、誰にも知られないよう胸にしまい続けている。何なら墓の中まで持っていって永久封印するくらいの覚悟ではあるが、もちろん二人のことを庇っているわけでも、ましてや認めているわけでもない。
清武の知る限り恒星坊ちゃんは、恋愛対象が元々男性というわけでも、倒錯や嗜虐の嗜好があるわけでもなかったはずだ。
確かに昔から彼女より男友達を優先してよく振られていたし、啖呵切りで喧嘩っ早くもあった(そしてよく負けていた)
それらはがあくまで十代のヤンチャ時代の事で、麻疹のようなもんだ。
たまの個室掃除と引っ越し手伝いで、その辺の把握には自信がある。もちろん本人には申告していない。
きっと酒の勢いか何かで、経験豊富な年上の玄英につけ込まれて感化されてしまったに違いない……一見、長身の割に楚々とした庇護欲を掻き立てる見た目で、何も知らなければ自分も惑わされたかもしれない。だがどうして、アレはなかなかの知能犯だ。
決して波乱や修羅場を望んでいるわけではない。
できればどうかこのまま、他の誰にも気取られないうちに坊ちゃんの熱が冷めて正気に戻って欲しい。それが清武の本音なのだが、玄英は玄英で社長や職人連中の懐に入るのがやたら上手く、仕事上でも切っても切れない関係になりつつある。
この一年余り、清武は人知れず鬱屈を抱え続けているのだった。
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