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それぞれのゆく年くる年

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 昔ーーと言っても俺が物心ついてからの記憶だが、おそらく祖父の恒三がまだ若く先代が健在だった昭和の頃からずっと続いてきた習慣ならわしのはずだーー青葉造園の大晦日は親方と住み込みの職人とが除夜の鐘を聞きながら飲み明かす。
 年を越して翌朝早く、二日酔いの「ふ」の字も出さない涼しい顔で通いの職人らと合流し、揃いの法被で氏神様に詣でる。千鳥足なんて失礼な事は決してしない。第一野暮だ。

 それも今は昔。プレもしくは前期後期の違いはあれど、職人のほとんどは仲良く高齢者の域となった。

 こうした内輪や同業者との集まりの時に、必ず男二人がかりで引っ張り出される樹齢百年越えの欅の一枚板のテーブルが、客間の真ん中には据え置かれーー今はこういう物を作れる材も職人も絶滅危惧種だというーーその上には大型の重箱に数人前ずつ入れられた箱蕎麦と昭和ヴィンテージ酒器、清さんの作ってくれた副菜が並ぶ。

 テーブルを囲むのはこの家に住む俺と祖父ちゃん、清さん、ほぼ毎年律儀に顔を出してくれる達さんと敏さん。そこに今年は新しくダイと玄英が加わって久しぶりに賑やかだ。

 俺にとっては毎年少々のノスタルジーと一緒に繰り返されてきたお馴染みの光景だが、玄英はそれらがフォトジェニックだと言う。ダイも一緒になってスマホを手にしているーー故郷の家族にでも送るのだろうか。

 つられてふと、この「いつもの光景」を残しておきたくなって俺もスマホを取り出した。

「おい、お若い方々。せっかくの蕎麦が伸びちまうぜ」

「何が悲しくて飯前にパシャパシャ……インスタント映えだか何だか知らねえが……」

「まあまあ親方。坊ちゃんも今どきの若者だって事ですよ」

 達さん敏さんは相変わらず、いい味を出して陽気に座を賑やかしてくれる。二人がつき合いがいいのは嬉しいが、俺はふと疑問が浮かんだ。

「敏さん、奥さんも連れてくればよかったのに。達さんはお孫さんが遊びに来てるんじゃないの?」

「お気遣いなく。ウチの奥さん、ご友人方と『夢と魔法ランド』ツアーですと」

 そういや、それ系ランドも来園者の高齢化が進んでるとか何とか聞いた事が……いや、何でもない。

「ウチの孫ぁ受験生でね、予備校の年越し合宿だかなんだかで……」

「へえ。達んちの孫、こないだ生まれたばっかりだと思ってたのに。もうそんなデカくなったかい?」

 祖父ちゃん、それ毎年言ってるよな?

「はは、お陰様で。どうせ年明けたら連中、ちゃっかり集金に来ますよ。ところでお年玉ってなぁ、何歳いくつまでやりゃあいいんですかね?」

 毎年同じような事が、大小の手間暇と共に暦通り飽きもせず繰り返されることに、昔は何の疑問も抱かなかった。
 何でもない退屈な日常の繰り返しの中で、人は少しずつ歳をとり世の中も変わってゆく。

 果たして日付が変わったあたりから三人とも急に様子が怪しくなり、代わりばんこにこっくりこっくりと船を漕ぎ出した。「後ぁ若いもん同士でゆっくり」と祖父ちゃんが立ち上がったのを合図に、達さんと敏さんも床に就いてしまった。

「一旦片付けますかい」

 清さんの掛け声で、主の無くなった酒器や空の皿を台所に下げたり洗って片付けたりを、分担して作業し出す。
 軽く濯いだ出前の器を勝手口の外に出していると、寺の除夜の鐘とどこかで花火を上げる音が聞こえたーーついに新年だ。

 今よりずっと賑やかで誰も彼もが元気一杯だった昔とは違うが、前年と同じ節目を今年も無事に迎えられたーーそれだけの事が初めて、こんなにも愛おしく感じられる。
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