上 下
13 / 16
8月11日(日)

実家が昔から古いと、もうこれ以上古くなりようがないだろって思っちゃうよね

しおりを挟む
 四人の子供たちが巣立った今、両親は実家に二人暮らしだ。時代が時代なら長男の俺が結婚して家に戻り、面倒を見るのが当然だったのだろう。それゆえの長男信仰と破格の優遇措置だったとも言える。

 俺は仙台の大学を出てそこで就職した。就職氷河期はまだ続いていて、岩手でもそこそこの知名度と規模を誇る地元企業に正社員として入社したとあって、両親は喜んだ。
 町にUターン就職しようにも町役場くらいしか働き口がなく、公務員が司法試験並みの狭き門だった時代だ。二人ともまだ若くて何でもできた頃だったし、それでも御の字だと思ったに違いない。親戚中からも称賛されて、ひけらかす事はしなかったものの自慢の息子だったはずだーーその辺りまでは。
 自分で言うのも何だが。

 それから二十年以上経った。母親がずいぶん家族のーー特に最近は父親の健康に気をつけていて、幸運にもこの年まで大きな病気はしたことがない。二人とも社交的な人で近所(兼)親戚づき合いもマメだし、あちこちにそれぞれ友人がいて何だかんだしょっちゅう出かけている。下手すると俺より忙しいんじゃないかってくらいだ。たまに喧嘩はするが、愚痴っぽい事もあんまり言わない。
 例のパンデミック世界的感染拡大の間もどうにかこうにか無事だった。

 同年代の友人の親やその世代の親戚達が、入院したとか施設に入所したなどというったで手術を八十でも九十でも、いつまでも元気でいるもんだと思っていた。現実は、最後に会った時より五年分歳をとっているわけでーーそれは覚悟しているつもりだ。

「今から電話してみる」

「もう着くわよ」

 車は狭い市街地を数分で突っ切り、郊外の国道から分岐した山道をどんどん進んでいた。登り坂を進むほど窓の外の雨音が強くなる。

 俺の実家は山林や荒野を親族達で切り開き、そこに固まって住んでるような限界集落ギリギリの農村集落で、再開発も復興道路建設も無縁な安い土地がいくらでも余っているから、家も庭もムダにデカくて広い。そしてお盆定例の親戚回り(年末年始は年賀状程度)と冠婚葬祭に全ライフポイントを懸ける。

 岩手の伝統的な百姓家と言えば盛岡地方の南部曲がり家が有名だが、この辺りの農家は「直家すごや」が主だと言う。俺の実家はそこまで古くはないが、元は昭和の初め頃に建てられた昔ながらの平屋の百姓家だ。
 時代に合わせて改装と改築を繰り返したため、茅葺きだった屋根はトタン屋根、建具はアルミサッシーーとやや情緒に欠ける。昨今ブームの古民家だと言い張れなくもないが、審美的にはかなり微妙な家だ。
 長年囲炉裏とかまどの煙で燻された黒光りする大黒柱や梁にそれらしき情緒は残っているが、囲炉裏も土間の台所でえとこにあったも俺が生まれた時には既になかった。俺の母親が嫁に来る時に土間を潰し、外にしかなかった風呂や便所と一緒に水回り一式を改築したからだ。
 住んでいる側にとっては毎日の事なので、若干の情緒よりも住人の快適性と利便性が優先され続けるのは仕方ない事だと思う。
 若い頃の俺はこんな古臭い家、建て替えちゃえばいいのにと内心思っていた。

 父親が思い切ってこの家を替えなかったのは祖父母の結婚にあたり、祖母の本家筋の大工達が当時の良材と熟練の技術を惜しみなく注いで建てた家族の歴史そのもののような家だからだ。あの大震災にもビクともしなかった。
 
 歳をとってみると、やっぱり生まれ育った実家には思い出もあるし、昭和式魔改造風の外観ではあっても金太郎飴の分譲住宅には及びもつかない味があるーーと、今ならわかる。

「ただいまあ」

 玄関のガラス戸を開け、アホみたいにだだっ広い玄関ホール(元・土間の一部)に大人三人で踏み入れたが応答はない。突き当たりのダイニングキッチンにも明かりはついているし、咲姉の自動車のエンジン音だって聞こえたはずなのだが。

「おい、カアちゃん。昌弘だ」

 キッチンと縁側を繋ぐ上りかまちの横には、ガラス障子を隔てて客間がある。その奥にはダイニングの隣に茶の間があり、テレビの音と一緒に父親の声が聞こえた。

 ……自分で出迎えてくれても良さそうなものだけど、まあいいや。親父苦手だし。

「おい!カアちゃんでば!昌弘ぁ来たでば」

 短気な父が怒鳴り、母が「そんな怒鳴らなくても」とぷりぷりしながらやっとダイニングのドアを開けて顔を出した。

あやあやあらあら、洗い物してで気づかなかったやぁ。咲ちゃん、ありがとうね」

 母は相好を崩しながらエプロンで手を拭き、ド内輪モードを取り繕うように咲姉に照れ笑いを向けた。

「おばさん、すっかり耳が遠くなっちゃったのよね」

 咲姉は俺に耳打ちすると母の方に歩み寄り、

「おばさん、補聴器あんだべあるんでしょ。つけたらいいべ」

 と、はっきり、ゆっくりとした声で告げた。

ほにねぇ本当ねたいぎ面倒で、ついねーー昌弘お帰り」

「うん」

 母はまるで、昨年のお盆もそうしていたかのようにーーいや、毎朝学校に見送られて夕方帰って来ていた時代のようにさりげない、ルーティンのついでのような調子で俺を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタの村に招かれて勇気をもらうお話

Akitoです。
ライト文芸
「どうすれば友達ができるでしょうか……?」  12月23日の放課後、日直として学級日誌を書いていた山梨あかりはサンタへの切なる願いを無意識に日誌へ書きとめてしまう。  直後、チャイムの音が鳴り、我に返ったあかりは急いで日誌を書き直し日直の役目を終える。  日誌を提出して自宅へと帰ったあかりは、ベッドの上にプレゼントの箱が置かれていることに気がついて……。 ◇◇◇  友達のいない寂しい学生生活を送る女子高生の山梨あかりが、クリスマスの日にサンタクロースの村に招待され、勇気を受け取る物語です。  クリスマスの暇つぶしにでもどうぞ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

間違いなくVtuber四天王は俺の高校にいる!

空松蓮司
ライト文芸
次代のVtuber四天王として期待される4人のVtuberが居た。 月の巫女“月鐘(つきがね)かるな” 海軍騎士“天空(あまぞら)ハクア” 宇宙店長“七絆(なずな)ヒセキ” 密林の歌姫“蛇遠(じゃおん)れつ” それぞれがデビューから1年でチャンネル登録者数100万人を突破している売れっ子である。 主人公の兎神(うがみ)も彼女たちの大ファンであり、特に月鐘かるなは兎神の最推しだ。 彼女たちにはある噂があった。 それは『全員が同じ高校に在籍しているのでは?』という噂だ。 根も葉もない噂だと兎神は笑い飛ばすが、徐々にその噂が真実であると知ることになる。

雪町フォトグラフ

涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。 メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。 ※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。

宇宙に恋する夏休み

桜井 うどん
ライト文芸
大人の生活に疲れたみさきは、街の片隅でポストカードを売る奇妙な女の子、日向に出会う。 最初は日向の無邪気さに心のざわめき、居心地の悪さを覚えていたみさきだが、日向のストレートな好意に、いつしか心を開いていく。 二人を繋ぐのは夏の空。 ライト文芸賞に応募しています。

チェイス★ザ★フェイス!

松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。 ※この作品は完全なフィクションです。 ※他サイトにも掲載しております。 ※第1部、完結いたしました。

処理中です...