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8月11日(日)
しかも在来ローカル線も次々止まる夕方
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「や、缶詰とも限らないじゃん?ワンチャン、台風逸れて市内観光とかできるかもしれないし。乗り放題パス買って、いわて銀河鉄道でも乗ろうかな?」
いわて銀河鉄道というのは正式名称「IGRいわて銀河鉄道」という。東北新幹線開通により廃止になった在来幹線、つまり元JR東北本線(在来線)の岩手県側路線が第三セクター鉄道として営業している。
ちなみに、二戸駅にはいわて銀河鉄道の駅も併設されているが、北三陸とは直通していない。
「だから明日は、鉄道もバスも県内全線運休だって」
「じゃあ、市内観光は?昔の廃線跡なんてどっかにないの?」
「知るかよ。観光案内所にでも聞け」
切り替え早過ぎか。正常化バイアスの権化みたいな若造に、また少しイラっとする。
列車が北に進むにつれ窓の外は不穏に曇り、大粒の雨滴が気まぐれにばらばらと打ちつける。そろそろ夕方に近い時間だが、ずっと辺りが薄暗いのでもっと遅い時間のようにも思える。
ほんの二時間と少し前、東京を発ったばかりだがーー上野発盛岡着のスーパーやまびこが二時間半の時代を知る世代にとっては隔世の感だーーその時には昨日や一昨日と同じ、猛暑日の夏晴れの青空が広がっていた。
はるか西の甲子園球場に至っては晴天率百パーセントの炎天下、高校球児達が青春の熱闘中だ。ついでにテレビやラジオ、ネットニュースで連日大騒ぎだったパリオリンピックも、日本時間で明日早朝が閉幕式らしいがーー全てが別世界だ。
明日は東北・秋田・山形新幹線及び県内在来線の終日運休が既に発表されている。
念の為、移動中もスマホのバッテリーを気にしながら台風の進路図や交通情報を検索していたのだが、バスは盲点だった。最後の最後に命の綱の梯子段ならぬ直通バスを外されるとはーーいや、こんな予報の日に移動を決行した時点で文句は(以下略)
台風の到着が遅いことと新幹線の運行が順調な事にとりあえず安心しきっていた。
「バスって災害に強いイメージあったんだけどな。震災の時も代替輸送してたし」
「俺もそう思ってた。災害によっても違うんだろうな」
普段そこにいない人が移動して被害が拡大するのを防ぎたいとか、一・二台しかない車両が行きっぱなしで帰って来れなくなったら困るとか、色々な大人の事情もあるんだろうか。
盛岡停車まであと二分弱。指定席に乗っていた乗客達がデッキに列を作り始める。俺達は邪魔にならないよう荷物ごと反対側のドア前に移動した。
「まだそこまで天気酷くないし、盛岡から内陸側の在来線乗り継ぐのは?」
「ーーえ?」
「俺は北三陸から夜の三陸鉄道乗って、宮古の民宿に泊まる予定だったけど。マッさんが逆に、宮古から北三陸に北上すればいい」
その発想は無かった。
「俺、そんな乗り方した事ないぞ。きっと、便がメチャクチャ悪い」
「乗った事ないのにわかるの?」
森林面積率八割、県内面積日本一を誇る車社会県の赤字単線ディーゼル鈍行事情をナメてはいけない。まるで新世紀の光と陰ーー格段に進化した新幹線や自動車道の利便性と反比例するように、在来線の支線事情は悲惨だ。
地元住民、特にお年寄りや学生達の頼みの綱であるにも関わらず、一時間に一本なんてのはまだ親切な方で、一日数往復・乗り継ぎ数時間待ちなんてザラという浮世離れぶりだ。
いや、利便性の恩恵を受けまくってる俺が高説を垂れるようなことでもないんだが。
「接続が良ければいいが、宮古にたどり着いて三陸鉄道の最終に間に合うかどうか……それに明日は三鉄も止まるんだぞ。首都圏の電車と違って、台風が通り過ぎた後にすぐ復旧できるかどうかもわからんし。お前こそ出直せよ」
「ま、何とかなるっしょ。足止め食らったらどっか野宿すればいいし」
「だから台風で死ぬ気かっての!」
コイツの言う事をまともに取りあってたら神経がもたない。
「お前がそこまでこだわる意味がわからん。俺は二戸から空戻りしたっていいんだ。別に親の危篤とかじゃないし……」
もしそうだったら、借金や無賃乗車してでも二戸からタクシーで駆けつけるところだろうがーーいや、犯罪はさすがにまずいか。
今回の帰省は数年ぶりではあるが、別に緊急という事でもない。
確かに咲姉や実家の年老いた両親、嫁いだ実姉達は俺の帰省を楽しみにしてくれている(たぶん)とは思うが、十三年前の震災の時に被害を免れた実家周辺も、今回は被災地になってしまう可能性が高い。
そんな時にわざわざ帰省して、近い未来にギリギリ現地を支えるかもしれない物資やインフラを消費してしまうのは避けたい。
大震災の日、俺は仙台にいた。
ライフラインが止まり、自宅の片付けもままならないまま職場の片付け作業をしたり、行方のわからない同僚を探しに行ったりーーあまりに現実離れした状況に必死過ぎた毎日。その頃の記憶は未だにおぼろげだ。
住居や仕事を失い、ライフラインが止まり、鉄道も止まり道路も寸断されるーー「渡る世間に鬼はなし」とか「情けは人の為ならず」的な古き善き性善説を信じたいのは確かだが、救援ボランティアに紛れて火事場ドロボウやら寸借詐欺やら再生数狙いの配信連中がスマホ片手にこぞって押し寄せるのが、昨今の被災地の現実だ。
いや、待てよ。だからこそそんな場所に、アナログ情弱世代代表みたいなウチの老親を、たった二人で放っておいていいものなのか?他の街に暮らす姉達だって、すぐに駆けつけられるかどうかわからないのに。
いわて銀河鉄道というのは正式名称「IGRいわて銀河鉄道」という。東北新幹線開通により廃止になった在来幹線、つまり元JR東北本線(在来線)の岩手県側路線が第三セクター鉄道として営業している。
ちなみに、二戸駅にはいわて銀河鉄道の駅も併設されているが、北三陸とは直通していない。
「だから明日は、鉄道もバスも県内全線運休だって」
「じゃあ、市内観光は?昔の廃線跡なんてどっかにないの?」
「知るかよ。観光案内所にでも聞け」
切り替え早過ぎか。正常化バイアスの権化みたいな若造に、また少しイラっとする。
列車が北に進むにつれ窓の外は不穏に曇り、大粒の雨滴が気まぐれにばらばらと打ちつける。そろそろ夕方に近い時間だが、ずっと辺りが薄暗いのでもっと遅い時間のようにも思える。
ほんの二時間と少し前、東京を発ったばかりだがーー上野発盛岡着のスーパーやまびこが二時間半の時代を知る世代にとっては隔世の感だーーその時には昨日や一昨日と同じ、猛暑日の夏晴れの青空が広がっていた。
はるか西の甲子園球場に至っては晴天率百パーセントの炎天下、高校球児達が青春の熱闘中だ。ついでにテレビやラジオ、ネットニュースで連日大騒ぎだったパリオリンピックも、日本時間で明日早朝が閉幕式らしいがーー全てが別世界だ。
明日は東北・秋田・山形新幹線及び県内在来線の終日運休が既に発表されている。
念の為、移動中もスマホのバッテリーを気にしながら台風の進路図や交通情報を検索していたのだが、バスは盲点だった。最後の最後に命の綱の梯子段ならぬ直通バスを外されるとはーーいや、こんな予報の日に移動を決行した時点で文句は(以下略)
台風の到着が遅いことと新幹線の運行が順調な事にとりあえず安心しきっていた。
「バスって災害に強いイメージあったんだけどな。震災の時も代替輸送してたし」
「俺もそう思ってた。災害によっても違うんだろうな」
普段そこにいない人が移動して被害が拡大するのを防ぎたいとか、一・二台しかない車両が行きっぱなしで帰って来れなくなったら困るとか、色々な大人の事情もあるんだろうか。
盛岡停車まであと二分弱。指定席に乗っていた乗客達がデッキに列を作り始める。俺達は邪魔にならないよう荷物ごと反対側のドア前に移動した。
「まだそこまで天気酷くないし、盛岡から内陸側の在来線乗り継ぐのは?」
「ーーえ?」
「俺は北三陸から夜の三陸鉄道乗って、宮古の民宿に泊まる予定だったけど。マッさんが逆に、宮古から北三陸に北上すればいい」
その発想は無かった。
「俺、そんな乗り方した事ないぞ。きっと、便がメチャクチャ悪い」
「乗った事ないのにわかるの?」
森林面積率八割、県内面積日本一を誇る車社会県の赤字単線ディーゼル鈍行事情をナメてはいけない。まるで新世紀の光と陰ーー格段に進化した新幹線や自動車道の利便性と反比例するように、在来線の支線事情は悲惨だ。
地元住民、特にお年寄りや学生達の頼みの綱であるにも関わらず、一時間に一本なんてのはまだ親切な方で、一日数往復・乗り継ぎ数時間待ちなんてザラという浮世離れぶりだ。
いや、利便性の恩恵を受けまくってる俺が高説を垂れるようなことでもないんだが。
「接続が良ければいいが、宮古にたどり着いて三陸鉄道の最終に間に合うかどうか……それに明日は三鉄も止まるんだぞ。首都圏の電車と違って、台風が通り過ぎた後にすぐ復旧できるかどうかもわからんし。お前こそ出直せよ」
「ま、何とかなるっしょ。足止め食らったらどっか野宿すればいいし」
「だから台風で死ぬ気かっての!」
コイツの言う事をまともに取りあってたら神経がもたない。
「お前がそこまでこだわる意味がわからん。俺は二戸から空戻りしたっていいんだ。別に親の危篤とかじゃないし……」
もしそうだったら、借金や無賃乗車してでも二戸からタクシーで駆けつけるところだろうがーーいや、犯罪はさすがにまずいか。
今回の帰省は数年ぶりではあるが、別に緊急という事でもない。
確かに咲姉や実家の年老いた両親、嫁いだ実姉達は俺の帰省を楽しみにしてくれている(たぶん)とは思うが、十三年前の震災の時に被害を免れた実家周辺も、今回は被災地になってしまう可能性が高い。
そんな時にわざわざ帰省して、近い未来にギリギリ現地を支えるかもしれない物資やインフラを消費してしまうのは避けたい。
大震災の日、俺は仙台にいた。
ライフラインが止まり、自宅の片付けもままならないまま職場の片付け作業をしたり、行方のわからない同僚を探しに行ったりーーあまりに現実離れした状況に必死過ぎた毎日。その頃の記憶は未だにおぼろげだ。
住居や仕事を失い、ライフラインが止まり、鉄道も止まり道路も寸断されるーー「渡る世間に鬼はなし」とか「情けは人の為ならず」的な古き善き性善説を信じたいのは確かだが、救援ボランティアに紛れて火事場ドロボウやら寸借詐欺やら再生数狙いの配信連中がスマホ片手にこぞって押し寄せるのが、昨今の被災地の現実だ。
いや、待てよ。だからこそそんな場所に、アナログ情弱世代代表みたいなウチの老親を、たった二人で放っておいていいものなのか?他の街に暮らす姉達だって、すぐに駆けつけられるかどうかわからないのに。
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