忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第三章「魔術師として」

第36話 転校生

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 エンジンのかかる音が響き、ハンドル前のメーターに灯が点る。

「今日から学校って事になってるけど。忘れ物はない?」
「うん。大丈夫だよ。詩織姉」
 そう適当に返事を返しつつ、俺は車の窓から見える景色をボーっと眺める。

 学校に着いたら、皆、どんな風な顔をするだろう。
 目が覚めてから、1日は安静にとの事で、最後に学校に行ってから計4日は皆と会っていない。

 今思えば、まだ4日しか経っていない事実に、驚きだが……結局のところ、何度も死にかけるといった最悪なくらい濃い1日のせいでそう感じているだけなので。
 これ以上無い事をただただ願うばかりだ。
 
 それにしても……。
 ふと、隣の運転席に座り、ハンドルを握る詩織姉に視線を向ける。

 まさか、行き帰りの送迎を詩織姉がする事になるとは……。

 目を覚まして、次の日。
 つまり、昨日。何やらハリスさんと、うちの両親。そして、詩織姉達が集まって話し合いをしたらしく、その結果として、行き帰りの送迎を詩織姉がする事に決まったらしい。

 俺とルナは、病室のベッドでくつろいでいた為、どんな事が話し合われていたのかは詳しくは知らないのだが。

 まあ、でも。
 送迎って言ってるけど。
 実際は多分、俺の監視だ。

 白マスクの事は、俺は喋ってないけど、凛が証言してるだろうから、なんで俺が、凛の誘拐について知っていたのかを考えれば、大体は予測がつくと思うし。

 それにルナと出会った日の事も組織は詩織姉を通じて知っているはずだ。

 だとすれば、例え、ルナと初めて出会った日が偶然であろうとも、俺自身が狙われている可能性は考慮しないといけない。
 そう、組織は考えたのだろう。
 そこまでは理解できる。

 だけど、いや、だからこそ。
 疑問が1つ思い浮かんで来る。

 なんで……ハリスさんは俺を学校へ行かしたんだろうか?
 餌として利用する為だろうか?
 確かに、これはこれで、あり得そうではある。
 だけど、わざわざ魔力回路が破損状態の時に外出させるか?

「……分からないなぁ」
 隣にいる詩織姉に聞こえないくらい小さな声でボソリと呟く。

 なあ、お前はどう思うよ。“リル”。
 頭の上に指をやると、チロチロといった感じで舌で舐められている様な感触が伝わってくる。

「随分と貴方の頭の上が好きなようね」
「そう……みたいだね」
 隣から聞こえてくる苦笑いを含めた声に何とも言えない気持ちになる。

 仕方ないさ。
 ルナが自力で引き留めてないと知らず知らずのうちに頭の上に乗っかられてるんだから。

 元々、好かれていたみたいだけど。
 昨日、うっかり名前を付けてからは、引き剥がしても引き剥がしても知らぬ間に戻って来ては頭頂部に引っ付かれてるという奇妙な状態になってしまい。

 凛からは羨ましがられ、ルナからは何も言われはしなかったが、偶に睨まれるようになってしまうという……最悪としか言いようがない結果となってしまった。

 ほんと、どうすればいいのか。
「はぁ~」
「溜息を吐いてるところ悪いけど、もうそろそろ着くわよ」
「はーい」
 適当な返事を返しながら、再度窓に視線を移す。

 外の景色は徐々に夏が近づいて来ているのか、木々は青々としており、歩行者の服装も少しだけ夏服に近づいて来ている。

 もう直ぐ、夏か。
 魔術師に夏休みがあるのかは分からないけど、もしあるのなら……。皆で遊びに行くのも良いかもしれない。

 ・・・

 ……と、そう思っていた時期が僕にもありました。

 教室に辿り着き、机の中に溜まったプリントの整理をしていると、出てくるのは懇切丁寧に中間テストの範囲と書かれたプリントの数々。

「はぁ~~」
 溜息を吐きながら、机にうつ伏していると、頭の上が何やら騒がしい。

 リルの奴が騒がしくなることと言えば……。
 顔をゆっくり上げると、視界を何者かに塞がれる。

「だぁーーれだ?」
 耳元から聞き覚えのある声が聞こえ、背中からむにゅりと柔らかい感触が伝わってくる。

「イタズラはやめてくれよ。結菜」
 手を振り解いて後ろを振り向くと、頬を膨らませている幼馴染結菜の姿がそこにあった。

「相変わらず冷たいねぇ~。もう少し付き合ってくれたって良いじゃん」
「と言われてもなぁ。これがあるせいで、俺の気分は沈んでるんだよ」
 不貞腐れる結菜に対し、俺は例のプリントを手渡す。

「何々、どうしたのって、中間テスト?」
「そう。ちょっと……色々とあって、学校を休んでたから、忘れてた」
「つまり、勉強出来てないと」
 確信を突いてくる結菜に、うっ。と声を漏らしながら、目を逸らす。

「ほほう。という事は、テスト勉強を手伝って欲しいという事ですな。玄野君」
「……そう。なりますね。はい」
「じゃあ、勉強会しよう! 日程は今日でも良い?」
 手をパチンと叩いて、色々と決めていく幼馴染様に少しだけ尊敬の念を抱きつつ、今日の予定について考える。

 今日は俺には何も予定は無いけど。
 詩織姉は如何なんだろ?
 送迎してくれているし。場所が俺の家なら大丈夫だろうけど。他なら分からないしなぁ。

 とりあえず、詩織姉に後で相談してみるか。
「ごめん。日程については少し──」
 ──考えさせて。
 そう言おうとしたその時だった。

 クラスの中、いや、廊下すらもが急に騒がしくなり始めた。

「なんだ? 突然」
「うん? あぁ、今日ね。うちの学年に転校生が来るらしくて。その転校生が凄く美人らしいんだよね」
「へぇ~~」
 転校生か。珍しいなぁ。
 いや、待てよ。珍しいのか?
 なんか、このタイミングでの転校生は違う気がする。

 まさか……。

「どうしたの? 急に考え込んで。……もしかして、興味あったりする?」
「……いや」
 止そう。まだ、決まった訳じゃ無い。

 何か陰謀めいた事を感じたせいもあって、汗で濡れてきた手を制服のズボンで拭いていると、結菜と話していただけで大分時間は過ぎていたらしく、チャイムが聞こえてくる。

「あ、もう時間だ。じゃあね」
「あ、うん。テスト勉強の日程は後で送るわ」
「りょ~かい」

 自分のクラスに戻っていく結菜の背を見送りながら、一時限目の準備をしていると、扉の開く音が響き、担任が教室内に入って来る。

「今日は忙しいから、少し急ぎ目に行くぞぉ。はい。号令」
「起立、気をつけ。礼!」
「よぉ~し、終わったなぁ。じゃあ、もう知ってる奴いると思うだろうからぁ、さっさと進めるぞぉ。入れぇ~」
 担任の眠そうな目が扉の方へと向き、つられる様にして、クラスの皆の視線が自然と扉へと集中していく。

「はい」
 透き通る綺麗な声が扉の奥から聞こえ、徐々に開かれていく扉の隙間から綺麗な金髪が覗いていた。

 ──嘘だろ?
 隙間より覗く金髪を見た瞬間、呼吸が一瞬だけ止まった気がした。

「皆さん初めまして。清峯せいほう女学院から転校して来ました。アイリス=イグナートと申します。読書が趣味でして、特にラノベが好きです。皆さんと仲良くなれたらな。と思っているので、どうぞよろしくお願いします」

 金髪の人、アイリスが丁寧に自己紹介を終え、皆が熱の籠った質問を投げかける中、俺は脳裏にあの人ハリスさんのしたり顔が浮かび上がり、背中の毛がゾゾっと逆立つのであった。
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