忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第三章「魔術師として」

間話 とある者の想い

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 side:マルティン=アンドレイ

「はぁ~。全く……」
「アハハ。お疲れ様だね」
 玄野君が泊まっている病室の扉から出て来たお疲れ気味の彼女に苦笑いを浮かべながら、缶コーヒを手渡す。

「ありがと」
「どういたしまして」
 手渡した缶コーヒーを開けて飲む彼女を横目に自分の分も開けて、ゆっくりと飲んでゆく。

「はぁー。全くあの2人は……。何で、下らない嘘なんて吐くのかしら」
「さぁてね。子供だからじゃないのかい? まあ、まだ可愛いもんじゃないか」
「貴方は何もやってないから言えるのよ!」
 プンスカと怒る彼女を横目に、2人とも何をしでかしたんだろ?と思いながら、彼女の隣を歩く。

「フフッ、それにしても。君はホント……」
 ──お姉さんと言うよりかは、あの2人のオカンだね。

 そう言おうとして、僕は口を閉じた。
 流石に逆鱗には触れたくない。
 機嫌の悪い猫の尻尾は掴んでみたいが、引っ掻かれたくはない。そんな気持ちだ。

「──何?」
「いいや、何でもないよ?」
 ニコニコとしながら、そう返答する僕に若干疑いの目を向けて来る彼女。

「貴方、今さっき、変な事を考えていたでしょ?」
「ハハッ、ナンノコトヤラ」
 流石は僕の婚約者様々だ。
 完全にバレバレである。

「棒読みになってるわよ」
「ごめんなさい」
「はぁー。全く」
 そんなこんなの会話をしながら、無駄に長い廊下をオペレーションルーム目的地まであと少しといった距離まで歩いて来た時、突然、隣を歩く彼女が足を止めた。

「監視は?」
「多分、居ないと思うよ」
「そう」
 素っ気ない返事を返して来ると同時に、飲み終わったコーヒー缶……ともう一つの物を渡して来る。

 ……感触からしてUSBメモリーだ。
「……これは?」
「10年前のデータよ。貴方のお兄さんが亡くなって、あの子が生き残った。あの災厄……。調べてるんでしょ」
 そう問いかけて来る彼女の眼には、何一つ迷いなど無く、迷いばかりの僕の心の中を見透かしている様に思えた。

「……そうだね」
 全く、ダメだなぁ。
 敵わないや。僕の婚約者様には。

「さて、用事も終わったし。ルナの書類は明日に回すことにもなったし。今日はもう仕事終わりにしますか。如何する? これから、飲みに行く?」
「ハハッ、そうだね。久しぶりに飲みに行こうか」
 仕事が終わり、少しだけ楽になったのか、彼女は軽い足取りで、僕の前を歩き始めた。

 10年前の事件。
 多くの魔術師達にとって、記憶に残るほどの災厄。
 あの日、起きた事は箝口令が敷かれ、誰1人としてあの件については話さなくなり、調べる事さえも、禁じられていた。

 特に、あの日の出来事については、僕の父親にして“導師”でもある『禁書庫の番人』。
“シェルファード=アンドレイ”が固く禁じており、一度約束を破った魔術師が殺された事だってあった。

 冷酷な父の事だ。
 例え、それが家族や己の配偶者だったとしても、見つけ次第殺すだろう。

 正直、詩織さんには危険を犯してほしくはないのだが……。

「……ありがとう」
 前を歩く彼女の背中に、僕は小さな声で感謝の言葉を口にするのであった。
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