忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第三章「魔術師として」

第31話 プロローグ

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 ……ここは。
 目を開けると、見覚えのある世界がそこに広がっている。

 底の見えない水面。
 そして、その水面から反射する俺の顔に……。
 殺風景で何も無い。ただ無限に広がるだけの世界。

 ……間違いない。あの世界だ。
 じゃあ、俺は……何でここに?
 確か、あのバケモノと戦って、それで……。

『よお、今回は寝惚けてなさそうだな』
 背後から聞こえてくる聴き覚えのある子供の声に、あぁ、またか。といった気分になる。

 寝惚けて無いよ。
 ただ……あの後、どうなった?
 俺が……倒れた後。

『ま、そこは気になるよな。だけど、その話をする前に一つ……』
 何だろう?と首を傾げながら話を聞いていると、突然背中に鈍い痛みが走る。

 痛っっ‼︎⁉︎ 
 え? 何? 何すんの?

『馬っ鹿野郎が! 何で、お前は固有魔術を重ねがけするんだ。死ぬ気か? アホ』
 そう言いながら、アイツはポカポカと……いや、違うな。そんなに可愛く無い。割と洒落にならない強さでボカボカと背中を殴ってくる。

 アホって言われてもなぁ。
 だって、それしか勝てる見込みなかったし……。

『だからって、覚えてすぐの固有魔術を重ねがけするバカが何処にいるんだよ。俺が介入しなかったら、お前、死んでたんだぞ? このバカ』

 アホとか、バカとか。
 じゃあ、お前はあの状況でどうすんだよ。
 逃げるのか?
 逃げるな的な事を俺に言っておいて?

『──っ! 何だと? このヤロー。そもそも、俺はお前みたいに空っぽじゃねぇから、アイツにだって素手で勝てるしー』

 素手って……。
 流石に無理があるだろ。
 アイツの再生速度意外に速いし。

『……それに、素手じゃなくとも、俺がお前に“加速”には、お前が使った方法以外にも使い道はあるんだよ』

 使い道?
 何それ。

『気になるか?』

 当たり前だろ。

『そうか。ま、そんなに聞きたいなら、教えてやらんこともないが、今は教えてやれねぇな』

 何でだよ。
 今の流れ的に言うパターンだろ。

『いや、だって。教えたらお前、絶対使おうとするだろ』
 ジト目でもされているのか、懐疑的な視線が背中に突き刺さる。

 い、いや。だってさ。
 今回、初めて使ったんだからさ。
 いつでも使える様に、試せることなら幾らでも試しとかないと。

 ……今回みたいな事だって起きるわけだし。
 そう小さく呟く俺の不安を表しているかの様に、床の水面二、三度波紋を広げ、反射する俺の顔を歪める。

『気にしてるのか? 自分が足手纏いになった事』

 そりゃあ……ね? 気にはするよ。
 最後らへんは何とかなったけど、その何とかなる為に使った力は所詮は借物の集まりで、俺自身の力じゃないし……。

 それに、今回の件で強く思い知ったんだ。
 もっと、強くならないと……。もっと、魔術を使える様にならないと……って。

 戦闘中に感じた魔術が使えない魔術師見習いと魔術が使える魔術師達の差。
 魔力による身体強化だけじゃ埋められない。
 絶対的なあの差が今でも脳裏に焼き付いて、離れずにいる。

 ……あの差を埋める為にも、俺は。
 水面に映る歪んだ表情の自分から顔を背けながら、掌を握りしめる。

『へぇ』

 うん? おかしかったか?

『いや、ただ。固有魔術が使えた事で調子に乗って、馬鹿の一つ覚えみたいにならないかを危惧してただけさ』

 するかよ。

『そうか。……安心した』
 背後にずっといる為、アイツがどんな表情で言ったのかは分からないけど。
 その声は何処か安堵している様に思えた。

『さて……と。この話は一旦終わりだ。時間もねぇから、手短にお前の聞きたかった話とこれからの話を話すぞ』

 あぁ、頼む。

『まず、お前が魔力回路切れで倒れたのは覚えているよな?』

 あー。うん。
 なんか、気絶する前、機械音声がそんな事を言っていた気がする。

 アレって魔力回路切れだったのか。
 それにしても、何で切れたんだ?

『まさか、気づいてないのか?』
 背後からアイツの呆れた様な声が聞こえてくる。

『お前が固有魔術を重ねがけした上に、更に神器の分霊を使おうとするから、魔力回路に負担がかかり過ぎたんだよ』

 へぇ、そんなのってあるんだな。
 限界まで使ったこと無かったから、分からなかった。

『はぁ、呑気過ぎて嫌になるわ。下手したら、お前。死んでたんだぞ? すぐに俺が焼き切れた魔力回路を魔力で保護したから、何とかなったけど……割と危険なんだからな?』

 なんか、すまん。

『──チッ、もう少し文句を言ってやりたいが、時間が殆どねぇしな。次の話に移る』

 次の話……確か、これからについての話だったよな。

『そうだ。……これから、お前は組織の一員として動く事になる。だが、組織も一丸じゃねぇ。お前みたいな、ポッと出の魔術師どころか、魔術の一つも使えない。魔術師見習いじゃ、確実に狙われる。だから、そん時は親よりも狐目の男を頼れ。そしたら──』
 背後の声が何か続けて言いかけたその時。

 ──ピシッ!
 何も無い空間に亀裂が生じ始める。

『クソっ、このタイミングで時間切れか。じゃあな』

 えっ、ちょっ!
 世界に入った亀裂が徐々に広がりを見せていく中、背後を振り向き、手を伸ばすが、向こう側にいるアイツには届かない。

 ──頑張って生き延びろよ。零

 ・・・

「──はっ!」
 深海から浅瀬へと押し出され、浮き上がる様な妙な感覚を覚えながら目が覚める。

 ……ここは。
 目の前は何故か真っ暗で。
 息が出来ない。
 溺れているというよりかは、何かに口や鼻を塞がれている様な感覚。

モガっちょっ⁉︎ モゴモゴ何コレ?」
『フニャァー。フー』
 何処からか猫?らしき鳴き声が聴こえてくる。

ふぐっえっ⁉︎ ふごっ⁉︎」
 え? ちょっ、猫が顔の上に乗ってんの?
 引き剥がさないと……。

 手を動かそうとするも、何故か腕が上がらない。

 え、何で?
 クソッ、何度やっても動かせん。
 固定でもされてるのか?

 いや、今はそんなことよりも。
 息が……ヤバい。

 誰か……助け……て。
 息が出来ず、視界の色が変色していきかけたその時──。

「あー! いた! ニャーちゃ……。あー! ダメ! ニャーちゃん。お兄ちゃんの顔の上に乗ったら。死んじゃうよ。お兄ちゃん」
 扉の開閉音らしき音と共に、バタバタと慌ただしく騒ぐ聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 この声は……。

「はい。退きましょうね。ニャーちゃん」
『フニャ? フニャァー‼︎」
 猫の叫び声が徐々に遠のいていき、紅色の瞳の少女と羽の付いた猫らしき生き物がボヤけた視界に映り込んでいく。

「はぁー。はぁ。はぁ。助かった。ありがとう。……凛」
「え、意識……戻って……」
「あ、うん」
 驚きのあまり、動きを止めたに対して、俺は苦笑いを浮かべるのだった。
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