忘却の時魔術師

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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」

第26話 選択

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 side:???

「魔力的にはこっちだと思うんだけど……。あ、いたいた」
 目の前には少年1人と2人の少女。
 少年と銀髪の少女の方はボロボロな上、辛うじて息をしているといった感じであり、もう1人の黒髪の少女の方は目立った外傷などは無く、ただ魔術で眠らされているだけだった。

「とりあえず、3人は死んで無いみたいだね。玄野君の怪我はヤバそうだけど」

 さて、どうしたものかなぁ。

『あなたの固有魔術を使えばいいじゃない』
「そうもいかないんだよ。レーテ」
 頭の中で響く女性的な声にそう答える。

 確かに僕の固有魔術『魔術師マジシャンズの図書館・ライブラリ』には、この場を解決する力はある。

 ただ、問題点が1つ。
 僕がここにいる事を彼らに知られてはいけない。

『それなら、魔力の隠蔽かしら? でも、魔力の隠蔽くらい、あなたなら簡単にできるはずでしょ? それを問題視するって、あなた……。何をする気なの?』

「フフッ、何をするって。ただ約束した役割を果たすだけさ」

『役割?』

「そうだよ。目覚まし時計としてのね」
 彼女レーテに対して、そう答えながら、黒髪少年の頭を撫でる。

 全く、デカくなったものだよ。
 あの時の生意気坊主が……。

『ハリス?』
「ううん。何でもないよ。さて、役割を果たしますか! レーテは僕の魔力の隠蔽をお願い」
『分かったわ』
 彼女の声が聞こえてくると同時に、薄い膜のようなものがドーム状になって、僕の周りを囲い込む。

 さて、じゃあ。僕の方もやろうか。
 撫でていた手を少年の額へと移動させる。

「『記憶メモリーズ想起リコール』」
 触れていた手が光を放ち、すぐに消えていく。

 僕は約束は守った。
 だから、今度は君が約束を守る番。

「そうだろ? 玄野君」

 ・・・

 side:玄野零

 いつから、ここに居たのだろう?
 気がついた時には既に、何も無い世界の中でただ1人。地べたに尻をつけて座っていた。

 ここは何処のなのだろう?
 景色は灰色一色であり、床は底の見えないくらい深い水面の様にも見える。

 顔が映るだけで何も見えないな。
 指で触れても波紋が広がるだけ……。
 なんだ? この世界は……。

『うん? ここに来るのは初めてか?』
 突然、背後から幼い声が聞こえてくる。

 誰だ?
 後ろを振り向こうとするも、なぜか振り向けず。仕方なく水面越しに映る相手の姿を確認するが、そこに映るのは幼い子供の背中で、顔は見えない。

 水面に映る景色と背中に感じる熱から、どうやら、背中合わせの状態で会話をしている様に思える。

『まあ、初めてだよなぁ。俺、長い事ここに居るけど、お前と会ったのは初めてだし』
 自分よりも幼い子供はケタケタ笑いながら、そう告げてくる。

 長い事ここに居るって、そもそもここは何処なんだよ?

『知るかよ』

 知るかよって……。
 いや、それよりも。何か少しだけでもいいんだ。何か教えてくれ。

 少しでもここから出るヒントが欲しいんだ。

『そうか。……で? ここから出て。何をしたいんだ?』

 ──え?
 何したいって……あれ?
 何……したいんだっけ?
 頭の中では、早くここから出ないといけない。
 そう思っているのに、出ないといけない理由が何故か思い出せない。

『……おい。まさか、忘れてるのか? はあ、仕方ねぇなぁ。今のお前の状態を教えてやるよ』

 俺の……状態?

『ほら、見ろよ』
 水面に映る子供の指が水面を指す。

 下?
 ──え?

 水面となっている床を覗きこむと、そこには、ボロボロの状態の自分とルナの姿、そして、人質にされたまま救出出来ていなかった凛の姿がそこにあった。

『お前らはなぁ。あのバケモノと戦って、瀕死になって……っておい! 急にどうした? 何で泣いて……』

 泣く?
 あっ──。
 目元から冷たい雫が出ては、顔を伝って床に波紋を広げてゆく。

 凛が無事な事に安心しただけなのに……。

『あ、そうだった。ここじゃ感情が抑えられないんだったわ。すっかり忘れてた。ハハッ』

 ──なつか……。
 ボソリと何かを呟いた気がしたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。

 えっと、それで。
 どうやったら、ここから出れる?

『出たいのか?』

 そりゃあ、早く出なきゃ。
 今の映像?を見て、全て思い出したわけだし。

『出てどうすんだよ』

 そりゃあ……。
 2人を安全な所へと移動させないとダメだろうし。それに……。

 口には出せないモヤっとした何かが頭の中を埋め尽くしてくる。

 ……今、金髪の人はあのバケモノと戦ってるんだよな?

『そうだな』

 もうすぐ、隔離結界が敷かれて大変なはずなのに。あの人は1人で戦ってるわけだよな。

『そうなるな』

 あのバケモノに勝てると思うか?

『うーん? どうだろ? 精霊使いだから、負傷する事は無いだろうが、相手も相手だからな。正直、分が悪いか?』

 え、分が悪いってことは……。

『魔力か、もしくは体力が尽きたら負けるな』

 そんな……。

『なんだぁ? なんか、嫌そうだな』

 そりゃ、助けてもらったわけだし。

『ふーん。そう。なら、この状況をなんとかしたいか?』

 ──当たり前だ!

『へぇー』
 少し面白がるような声が後ろから聞こえた瞬間、水面に映っていた子供の身体が動き、後ろから抱きついてくる。

 水面には子供の顔は映るはずなのに、口から上には靄がかかって見えない。

『じゃあさ、お前の身体を俺にくれよ。そしたら、俺が奴を倒してやるからさ』
 そう告げる子供の口元には何処か意地の悪そうな笑みが張り付いていた。
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