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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」
第22話 地獄の始まり
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「……やられてしまいましたか」
何処かの屋上らしき場所にて、白いマスクを身に付けた男はそう呟く。
「思いの外、早かったですねぇ」
白いマスクのせいで表情を読み取れはしないものの、男の声は何処か喜びを孕んでいた。
「当初の計画とは少々異なりますが……奴を放置しておくのは後々面倒事になりますからねぇ。……仕方ありません。アレを使いますか」
男が指をパチンと鳴らすと、沢山の大きさの異なる術印が上空に出現する。
「さて、本当の地獄を始めますか」
──このくらいで、死なないで下さいよ?
side:ルナ=ニムロド
剣に付いていた血を振り払い、目の前の死体へと向き直る。
死体は既に血が固まり、断面は赤黒く染まりつつある。
胴体にはまだ微かに魔力は残っているっぽいが、それも風前の灯だろう。
……釈然としない。
目の前にある死体を目にしながら、顔を歪ませる。
男は死に、零も私も死ななかった。
これが一番良い結末のはず。
なのに……。
なんで、こんなにモヤモヤするのだろう。
剣を地面に突き刺し、左胸に手を当てる。
ドクンドクンと脈動する心臓。
知っている音のはずなのに、モヤモヤのせいで偽物の様に感じてしまう。
……あの時。男を斬ったのは……私だった。
私じゃない私だった。
アレは……一体?
左胸に当てていた右手の震えを左手で上から押さえるが震えは一向に治らない。
自分の身体のはずなのに、自分じゃなくなる感覚。
「……零。私は──」
右手をぎゅっと握りしめたその時──。
辺り一帯を強い魔力が支配していく。
「──っ!」
……魔力⁉︎
肌にビリビリと来る膨大な魔力に、すぐさま地面から神器を引き抜き、構える。
何処? 何処にあるの? 術印。
辺り一帯を膨大な魔力が支配しているにも関わらず、周囲を探しても術印らしきものがあるようには見えない。
……流石におかしい。
こんなに魔力の反応があるのに、術印が1つ見当たらないなんて。
術印を探し、辺りを見渡していたその時。
先の戦闘でボロボロになっていた建物の壁と天井がグラグラと揺れ、死体を縛っていた鎖から軋む音が聞こえてくる。
鎖? ……っ!
まさか! 死体の……。
鎖にヒビが入り始め、ピシッという音を最後に破損したその瞬間、ダムが決壊するかの様に死体の内側から膨張していき、限界まで迎えた皮膚に生まれた亀裂から蒸気が漏れ出るように噴き出しては収縮していく。
「……嘘でしょ」
この感じ。いや、この魔力……。
肉体の変態が終わったのか、今度は先程まで首があった部分からも蒸気が噴出し、肉塊がグチョグチョと音を立てながら蠢き、再生し始める。
零と初めて会った日のあいつに似ている。
似ているけど……。
『ガアァァァァァ‼︎‼︎』
死体の口元までが再生しきったその瞬間、死体は産声でもあげるかの様に空に向かって大きな叫び声をあげる。
全身にビリビリと来る衝撃。
建物さえも耐えられなくなってきているのか、徐々に亀裂が入り始めていく。
「くっ!」
魔力量が……桁違いだ。
衝撃波で吹き飛ばされない様、剣を地面に突き刺し、両耳を塞いで姿勢を低く保つ。
『フム、ナンネン? ナンジュウネン? イツブリカノォ~? ゲンセニクルノハ』
口角を上げ、ニヤリと笑う口だけのバケモノ。
まだ、顔が再生しきって無いせいもあるのか、その笑顔には不気味さしかない。
『マァ、スクナクトモ。ソコソコハタッテオルノカノォ? ヌシハ、ドウオモウ? コムスメ』
半分までしかない顔がコチラを向く。
耳や目は無いはずなのに、こちらを認識している? 一体、どうやって……。
いや、今はそんなことよりも。
地面に刺していた剣を引き抜き、バケモノに向かって構える。
コイツは危険だ。
『クチヲヒラカズ、ケンヲダスカ……。フム。カタナラシニハチョウドヨサソウジャノォ。オイ、コムスメ。ワレガ、イチゲキダケウケテヤロウ』
普通の人間サイズまで戻った腕を突き出し、人差し指を何度か曲げて挑発してくる。
残存魔力量が少ない今は、出し惜しみしている方が危険だ。
「『神器解放』」
残っている魔力を全て神器に注ぎ込み、神器の力を最大限にまで引き出す。
この一撃で終わらせる。
「『勝利の剣』」
神器の力で白く染まった刀身をバケモノに向かって振り下ろす。
今出せる、最大の一撃。
そして、今までの中で最大の一撃。
白い光の一線がバケモノを捉え、勝利を確信した……はずだった。
『ホォ。イイ、イチゲキダ』
喜びを含んだ声が聞こえてくると同時に、振り下ろしていた剣の勢いがピタリと止まる。
「──っ!」
『フレタブブンガヤケルイチゲキ……。ホンモノノヨウジャノォ』
刀身を掴んで止めているバケモノの指から、焼け焦げた臭いが立ち昇っているにも関わらず、その口だけの顔は笑っていた。
指で刀身を掴んでいるのに……何で?
剣が……動かせない。
『オモシロイノォ。ワレノテンテキトモイエヨウブキト、コンナニモハヤク、ブツカロウトハ。ノォ? コムスメ。……スグニシンデクレルナヨ?』
「──ガハッ」
それはもう、一瞬だった。
神器の刀身を掴んでいた方とは違う方の手が目の前まで伸びてきたと思った瞬間、避けようも無いほどの衝撃波が全身を襲いかかり、気づいた時には瓦礫の山に半身が埋もれていた。
「……っ」
……身体が痛い。
意識が朦朧とする。
ダメ。今、意識を失ったら……零が……危な……い。
視界が暗転しかけるのを最後の力を振り絞って耐える中、奴のものと思われる足音が近づいて来ているのが聞き取れる。
『ツマラン。コノテイドデヤラレヨウトハ、オヌシ、ジンギノヌシカ?』
バケモノの口調は怒っているのだろう。
奴から放たれる魔力に怒気が含まれているのが感じ取れる。
魔力も、体力ももう残って無い。
打つ手がもう無い。でも、せめて。
微かに残っていた力を振り絞り、剣先をバケモノへと向ける。
「はぁ。はぁ。はぁ」
『ドウヤラ、ゲンカイノヨウジャノォ。ソノイキニメンジテ、セメテクルシマズニコロシテヤロウ』
そう言って、振り翳されるバケモノの腕。
……零。約束を守れなくて……ごめん。
全てを諦めて目を瞑ろうとしたその時。
「『借物の破魔の盾』」
私を守るかの様に銀色の盾が出現し、プロテクト状の壁が生成されていく。
『ナニモノダ?』
「お前こそ……誰だよ」
声のする方に視線を向けると、そこには自分と同じ様に満身創痍と言えるような格好をした少年。零の姿がそこにあった。
何処かの屋上らしき場所にて、白いマスクを身に付けた男はそう呟く。
「思いの外、早かったですねぇ」
白いマスクのせいで表情を読み取れはしないものの、男の声は何処か喜びを孕んでいた。
「当初の計画とは少々異なりますが……奴を放置しておくのは後々面倒事になりますからねぇ。……仕方ありません。アレを使いますか」
男が指をパチンと鳴らすと、沢山の大きさの異なる術印が上空に出現する。
「さて、本当の地獄を始めますか」
──このくらいで、死なないで下さいよ?
side:ルナ=ニムロド
剣に付いていた血を振り払い、目の前の死体へと向き直る。
死体は既に血が固まり、断面は赤黒く染まりつつある。
胴体にはまだ微かに魔力は残っているっぽいが、それも風前の灯だろう。
……釈然としない。
目の前にある死体を目にしながら、顔を歪ませる。
男は死に、零も私も死ななかった。
これが一番良い結末のはず。
なのに……。
なんで、こんなにモヤモヤするのだろう。
剣を地面に突き刺し、左胸に手を当てる。
ドクンドクンと脈動する心臓。
知っている音のはずなのに、モヤモヤのせいで偽物の様に感じてしまう。
……あの時。男を斬ったのは……私だった。
私じゃない私だった。
アレは……一体?
左胸に当てていた右手の震えを左手で上から押さえるが震えは一向に治らない。
自分の身体のはずなのに、自分じゃなくなる感覚。
「……零。私は──」
右手をぎゅっと握りしめたその時──。
辺り一帯を強い魔力が支配していく。
「──っ!」
……魔力⁉︎
肌にビリビリと来る膨大な魔力に、すぐさま地面から神器を引き抜き、構える。
何処? 何処にあるの? 術印。
辺り一帯を膨大な魔力が支配しているにも関わらず、周囲を探しても術印らしきものがあるようには見えない。
……流石におかしい。
こんなに魔力の反応があるのに、術印が1つ見当たらないなんて。
術印を探し、辺りを見渡していたその時。
先の戦闘でボロボロになっていた建物の壁と天井がグラグラと揺れ、死体を縛っていた鎖から軋む音が聞こえてくる。
鎖? ……っ!
まさか! 死体の……。
鎖にヒビが入り始め、ピシッという音を最後に破損したその瞬間、ダムが決壊するかの様に死体の内側から膨張していき、限界まで迎えた皮膚に生まれた亀裂から蒸気が漏れ出るように噴き出しては収縮していく。
「……嘘でしょ」
この感じ。いや、この魔力……。
肉体の変態が終わったのか、今度は先程まで首があった部分からも蒸気が噴出し、肉塊がグチョグチョと音を立てながら蠢き、再生し始める。
零と初めて会った日のあいつに似ている。
似ているけど……。
『ガアァァァァァ‼︎‼︎』
死体の口元までが再生しきったその瞬間、死体は産声でもあげるかの様に空に向かって大きな叫び声をあげる。
全身にビリビリと来る衝撃。
建物さえも耐えられなくなってきているのか、徐々に亀裂が入り始めていく。
「くっ!」
魔力量が……桁違いだ。
衝撃波で吹き飛ばされない様、剣を地面に突き刺し、両耳を塞いで姿勢を低く保つ。
『フム、ナンネン? ナンジュウネン? イツブリカノォ~? ゲンセニクルノハ』
口角を上げ、ニヤリと笑う口だけのバケモノ。
まだ、顔が再生しきって無いせいもあるのか、その笑顔には不気味さしかない。
『マァ、スクナクトモ。ソコソコハタッテオルノカノォ? ヌシハ、ドウオモウ? コムスメ』
半分までしかない顔がコチラを向く。
耳や目は無いはずなのに、こちらを認識している? 一体、どうやって……。
いや、今はそんなことよりも。
地面に刺していた剣を引き抜き、バケモノに向かって構える。
コイツは危険だ。
『クチヲヒラカズ、ケンヲダスカ……。フム。カタナラシニハチョウドヨサソウジャノォ。オイ、コムスメ。ワレガ、イチゲキダケウケテヤロウ』
普通の人間サイズまで戻った腕を突き出し、人差し指を何度か曲げて挑発してくる。
残存魔力量が少ない今は、出し惜しみしている方が危険だ。
「『神器解放』」
残っている魔力を全て神器に注ぎ込み、神器の力を最大限にまで引き出す。
この一撃で終わらせる。
「『勝利の剣』」
神器の力で白く染まった刀身をバケモノに向かって振り下ろす。
今出せる、最大の一撃。
そして、今までの中で最大の一撃。
白い光の一線がバケモノを捉え、勝利を確信した……はずだった。
『ホォ。イイ、イチゲキダ』
喜びを含んだ声が聞こえてくると同時に、振り下ろしていた剣の勢いがピタリと止まる。
「──っ!」
『フレタブブンガヤケルイチゲキ……。ホンモノノヨウジャノォ』
刀身を掴んで止めているバケモノの指から、焼け焦げた臭いが立ち昇っているにも関わらず、その口だけの顔は笑っていた。
指で刀身を掴んでいるのに……何で?
剣が……動かせない。
『オモシロイノォ。ワレノテンテキトモイエヨウブキト、コンナニモハヤク、ブツカロウトハ。ノォ? コムスメ。……スグニシンデクレルナヨ?』
「──ガハッ」
それはもう、一瞬だった。
神器の刀身を掴んでいた方とは違う方の手が目の前まで伸びてきたと思った瞬間、避けようも無いほどの衝撃波が全身を襲いかかり、気づいた時には瓦礫の山に半身が埋もれていた。
「……っ」
……身体が痛い。
意識が朦朧とする。
ダメ。今、意識を失ったら……零が……危な……い。
視界が暗転しかけるのを最後の力を振り絞って耐える中、奴のものと思われる足音が近づいて来ているのが聞き取れる。
『ツマラン。コノテイドデヤラレヨウトハ、オヌシ、ジンギノヌシカ?』
バケモノの口調は怒っているのだろう。
奴から放たれる魔力に怒気が含まれているのが感じ取れる。
魔力も、体力ももう残って無い。
打つ手がもう無い。でも、せめて。
微かに残っていた力を振り絞り、剣先をバケモノへと向ける。
「はぁ。はぁ。はぁ」
『ドウヤラ、ゲンカイノヨウジャノォ。ソノイキニメンジテ、セメテクルシマズニコロシテヤロウ』
そう言って、振り翳されるバケモノの腕。
……零。約束を守れなくて……ごめん。
全てを諦めて目を瞑ろうとしたその時。
「『借物の破魔の盾』」
私を守るかの様に銀色の盾が出現し、プロテクト状の壁が生成されていく。
『ナニモノダ?』
「お前こそ……誰だよ」
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