忘却の時魔術師

語り手ラプラス

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第一部 第二章「最悪の夜獣・前編」

第14話 救い

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 side:玄野凛

 水滴が落ちる音が一切光の入ってこない暗い部屋の中に響き渡る。

 ……あれから、何時間経ったんだろう?
 ここには時計も窓もないから、時間が全く分からない。

「はぁ~~」
 ……それにしても、ここ。寒い。
 私は枷のつけられた手を引っ張って、手の平に息を吹きかける。

 ルナに教えて貰った方法でこの枷を千切れれば、この部屋の構造とかが分かって良いんだけど……。

 腕に魔力を集中させようとするが、腕に魔力が集まろうとしたその瞬間に操作していた魔力が霧散していく。

「ダメかぁ~」
 まあ、流石に対策されてるよね。
 さて、どうし──。

「……たのか。ジョーカー」
 突然、部屋の向こうの方からカツカツという靴音と共に男の人らしき声が聞こえてくる。

 男の声?
 声的には私を攫った方じゃない。
 なら……。

「えぇ、今。帰りました。……さん。人質の様子は?」
「まだ、寝てるだろうよ。なんせ、お前さんが気絶させて持ち帰った後、強力な睡眠薬を打ち込んだんだからな。あの組織の最強と名高い魔術師。“不死鳥”ですら1時間は眠らせれるとされている代物だ。2時間ちょっとで起きられたら逆にやべぇよ」

 強力な睡眠薬⁉︎
 それって、大丈夫なの?

 枷をされていても支障のない範囲で睡眠薬の後遺症がないかを確認していると、部屋の奥から足音がこちらに近づいて来ているのが聞こえてくる。

「──っ!」
 やばい。誰か来た。
 即座に地面に横たわり、寝ているフリをして、感覚を全て聴覚に集中させる。

「そういえば、お前さん。目的はクリアしたのか?」
「目的?」
「バカッ。例の作戦だよ。例の……」

 例の作戦?
 少しずつ近づいてきている足音に乱れそうになる呼吸を軽く整える。

「えぇ、大丈夫です。ですが……」
「うん? 何だ?」
「少しだけ野暮用が出来ましてね。私はこれから、とある場所に行かないといけなくなりました。なので、あなたに頼みがあります」
「おう、何だ」
「目的は遂行したので、人質を殺しなさい」
 殺意の含まれた白マスクと思われる男の言葉に、鼓動が一段と早くなっていく。

 い、今。人質を殺せって……。
 私……殺されるの?

「おいおい。せっかちだなぁ。何か理由でもあるのか? ジョーカー」
「えぇ。実は少しばかりミスをしてしまいまして。彼女に追跡用の魔術がかけられている事を見落としていましてね。組織の連中がここの存在に気づいてしまったんですよ」

 追跡用の魔術?
 それが付けられてたって事は……誰かが助けに来るって事?
 ……もし、そうなら。誰でもいい。誰でもいいから、誰か……助けて。
 死にたく……ない。

「ハハハ! そりゃ。相当なやらかしだなぁ。ボスが聞いたら頭が跳ぶぜ?」
「でしょうね。なので、あなたに頼み込んでいるのです」
「なるほどな。分かった。俺がやろう。だが、1つ。すぐに殺さなくても良いよな?」
「……アレを使う気ですか?」
「あぁ、4本もボスに貰ったからな。早く試したいんだよ俺も。あの禁止薬物。『』の効果をな」

 禁止薬物?
 エンジェル?

 覚醒剤とかをチョコとか、スペードとか言うのと同じ感じなのかな?
 それとも、実は覚醒剤?

 うーん。どちらにしても、やばい……よね?
 ……早くここから脱出しなきゃ。

 男2人の会話が終わり、部屋から足音が遠かっていくのを確認すると同時に、腕に嵌められた枷を引っ張ったり、捻ったりしてどうにか外せないものかと試行錯誤を始めるが、金属製の枷は何をやっても全くと言っていいほど、外せそうに無かった。

 ……ダメ。流石に外せそうに無い。
 でも、何とかして外さないと。時間が──。
 ガシャガシャと枷に付いた鎖を引っ張っていたその時だった。

「もう目が覚めたのか。案外早ぇなぁ」
 枷を引っ張っるが為に扉があるであろう方向に背を向けていたのが仇となったのか、背後から乱暴そうな男の声が今いる部屋の中に響き渡る。

「──っ!」
 しまった。

「大体、2時間半か? まあ、このくらいで目を覚ますつぅ事は、嬢ちゃんの魔力量。そこそこはあるって事だな。カッカッカッ! そりゃ、これからする薬物の投与は目が離せねぇな」

 暗い部屋の中に突然、光る球体が出現すると同時に、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた白衣姿の男がボゥっと徐々に明るくなりつつある部屋の中に浮かび上がる。

「──ひっ」
 あの手に持っている注射針って、もしかして。
 ……逃げなきゃ!

 既に見つかったのを良いことに、何度も何度も力強く枷に付いた鎖を引っ張っる。

 痛みなんて今はどうでもいい。
 早く逃げなきゃ。……殺される。

 勢いよく何度も衝撃を与え続けたおかげか、鎖が付けられていた壁の部分にヒビが入っていく。

 ──あと少し。
 そう考え、全身に力を入れて鎖を引っ張ったその時だった。

 壁の崩れる音とともに、金属の無機質な音が静かな室内に響き渡る。

「──えっ」
 足の違和感に気づいた時には既に遅かった。

 しまっ……。
 壁から力が消え失せていくのと同時に、何かによって固定されてしまった脚はバランス能力を失ってしまい、行き場を無くした力は私の身体を倒す方向へとかかっていく。

「カッカッカッ。一応、魔力封じの枷は付いているが、暴れられちゃぁ困るしな。枷を付けさせてもらうぜ」
「──っ!」
 ヒリヒリと痛む膝を抑えながら、足元に視線を向けると、コンクリートの床が変形し、片足に絡み付いている。

 ……逃げられない。
「さあ、観念しな。嬢ちゃん。今から、コイツを打ち込んで楽にしてやるよ!」
 男の手に握られた注射器が徐々に迫ってくる。

 嫌だ。嫌だ。
 刻一刻と迫る最悪な未来から逃れようと、身を捩って必死に抵抗を試みるが、足の拘束が動きを阻害して、うまく動けない。

 ダメ。このままじゃ。
 嫌、まだ死にたく……ない。
 誰か……助けて。
 いずれ来るであろう最悪な結末に備えて、目を深く閉じる。

 助けてっ!
「……お兄ちゃん!」
「ごめん。遅くなった」
「──えっ?」
 待ち望んでいたその声にドキッと心臓が高鳴る。

 ──嘘っ。
 目の前に映るその後ろ姿に自然と涙が出てくる。

 どうして?

「え、あ。その。呼ばれた気がしたから、返事をしたんだが、気のせいか?」
「ううん。気のせいじゃないよ」
 ……待ってた。

「そっか。なら……目下の悩みはお前だけだな」
 お兄ちゃんは私に向かって優しく微笑むと、今度は睨みつける様にして、壁の方へと視線を移す。

 ……どうしたんだろ?
 兄の視線の先を目で追うと、そこには白衣の男が壁にもたれ掛かっていた。

「チッ、いきなり現れて、殴り飛ばしてくるなんざ。お前さん。礼儀がなってないんじゃねぇの?」
「注射器片手にニタニタしてる奴に言われたくねぇよ」
「カッカッカッ。まあ、いい。お前さんも実験材料にすればいいだけだからな」
 白衣の男はニヤリと笑いながら、口元に垂れていた血を片手で拭い取る。

「させねぇよ。誰も実験材料になんかさせねぇ。お前を倒して。皆で帰る!」
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