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領都フルネンディク

28 ドラゴンのパウサ

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「ふぉぉぉぉぉぉ~」
 冷泉は近場だよね? 山一つ向こうって言ったよね?
「なんでこんなに高いの~!」
「お前が頂上の塩湖を見たいって言ったんだろ?」
「言った! 言ったよ! でも! 心の準備ってモノを!」
 行きたいって言った事を今、現在、この刹那! 凄く後悔してますとも!
「とりあえず、寝てろ」
 ファフニールの声が頭に響いた瞬間、世界が暗転しました。





*****





「アンネ、着いたよ、アンネ」
「う、んー、ノート兄様?」
「ほら、立って周りを見てごらん」
 ノート兄様にお姫様抱っこされている事に気が付きます。覗き込んだノート兄様の長い睫毛に囲まれたエメラルドグリーンの瞳が光を反射してキラリと光ります。
「すみません、ノート兄様、ありがとうございます」
「お姫様を目覚めさせるのは王子様の役目だからね」
 にっこりと笑ったノート兄様の笑顔は、天使のようでした。殿下とは偉い違いですね。

 何かとノート兄様と比べて殿下をディスるのも性格悪くなりそうだから辞めましょう。 ここに居続ければ殿下は私と違う世界の人になれるから、考える必要もなくなるのだから。

 ゆっくりと下に下ろしてもらうと、自分が裸足だと気が付きました。
 冷たい水が足に触れ水に溶けきれなかった真っ白な塩が砂のように積った水中で、ふんわりと広がりキラキラと光を反射します。
「ゆっくりと振り返ってごらん」
 ノート兄様に肩を支えられてゆっくり振り向くと、そこは見渡す限りの塩平線が水平に区切る高地特有の濃い空が湖水に反射して、まるで空に浮かんでいるような神々しい世界でした。
 まさに天空の鏡。
 時折ドラゴンが飛来して来てキラキラ光る鱗を撒きながら、水深があるであろう青色が一層濃い場所に下りると、しばらくしてから風と細波が押し寄せ鏡のような湖面を揺らします。その間は鏡が消え塩の白と空の青の世界が広がりますが、それもまた幻想的な光景で、鏡を乱したドラゴンもその幻想的な光景に魅入ったように時々長い首を振るくらいで微動だにしません。
 空と雲と太陽とドラゴン。時を忘れて見入ってしまいます。


「ここは、俺達がパウサ休憩所と呼んでいる。ドラゴンにとって大切な場所だ」
 声の方に顔を向けると、人型になったファフニールが立っていました。
「きれいね」
 安易で陳腐な言葉。でもそれ以上の言葉が見つからない。
「おまえは……どうしたい?」
「?」
「ここを……ドラゴンの憩いの場を……」
 言い淀んで、唇を噛む漆黒の美少年。
「おまえはここを人間に開放するか? 商売の道具にするか?」
「…………」
「おまえの返答次第では……俺は……おまえを……」
 肩にあったノート兄様の手が離れ、ファフニールの前に押し出されました。
「ノート兄様?」
「大丈夫だよ」勇気付けるように微笑んで背中をぽんと叩くノート兄様。
「あのね、ファフニール……ここってドラゴンと契約した人間は必ず来るの?」
「……そうらしいな」
「ノート兄様とトゥーナも?」
「そうだな」
 ノート兄様を振り返ると、首を左右に振られてしまいました。
「私は……他の人に……ドラゴンの契約者以外には、解放して欲しくない……ましてや商売道具には……できない……」
 深く息を吐いたファフニールは小さくつぶやきます。
「……そうか……俺は初めての契約者を……」
「?」
「いや、何でもない。そうか、良かった。これからもよろしくな、マリアンネ」
 そう言うと屈託のない笑顔を見せるファフニール。どうやら私の答えは合格だったようですね?
「こちらこそよろしくお願いします、ファフニール」

 ファフニールとの心の距離が縮まったようです。

 その後、ノート兄様からドラゴンの意思と違う回答をした場合は、契約ドラゴンに殺され、そのドラゴンも立会者(ここではトゥーナ)に殺されてしまう、という掟があるという事を聞かされました。
「秘密にしててごめんね。でも正直言うとそんなに心配していなかったよ?」
 と優しく抱きしめてくれるノート兄様。

 ヒドイ。酷いよ。でも仕方ないのでしょうね……。


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