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プロローグ
4 賽は投げられた 前
しおりを挟む約束の時間にノート兄様と父様の執務室に向かうと待っていたのはお父様だけでなく、コーヒーとピーカンナッツの生産地域の管理担当者と領地の財務担当者がいました。前回の領地視察で顔合わせは済んでいるので簡単な挨拶をするだけにして、早速、プレゼン開始です。
ノート兄様とメイドと協力して、カプチーノとソーサーに添えてビスコッティを配ります。
まず、お金にかかわる方をノート兄様に説明して貰い、私は実務の方を説明します。
あまり見る事ないちょっと緊張した面持ちのノート兄様がかわいいです。
「さて、お忙しいところ、お集り頂きましてありがとうございます。まず、薬として流通しているコーヒーを加圧抽出して、泡立てたミルクと合わせた飲み物でカプチーノと呼びます。そしてソーサーに添えられたお菓子はヒッコリーの木の実を粉にして焼いたお菓子でビスコッティです。まずカプチーノをお召し上がりください」
皆さん自分の領地の特産品であるコーヒーには苦い薬というイメージがありますから、恐る恐るカップに口を付けます。
「葉っぱの絵が書いてあるぞ」
「香りは良いな」
「おっ、ミルクがまろやかで苦くない」
「俺は好きだな」
好感触の様ですね、続けてビスコッティを勧めます。
「そんなに甘くないな」
「これ、本当にヒッコリーの実なのか? クルミみたいだな」
「表面がカリッとしていて中は柔らかい。 美味いな」
「カプチーノ? だっけ? これに合うな」
「もう一本おくれ」
(お父様、お気に召しましたか)
良い感じに場が和んで来たので本題に入りましょう。ノート兄様に合図を送ります。ノート兄様は小さく頷くと、軽く二回手を叩いて視線を集めます。
「では、先日渡した資料の説明を始めます。僕達は、薬としてしか需要のないコーヒーと木材としてしか需要のないヒッコリーを我がフェルセンダール領の名産品に押し上げたいと考えています。まず表紙にカップの絵が描いてある資料をご覧ください」
カサカサと資料を開く音がする。皆が無意識にノート兄様の指示に従う。私ではこうは行かない。ノート兄様にお願いして正解だったようです。
「皆さん、ご存知の通りコーヒーは偏頭痛の苦い薬として流通していて好んで買う人がいません。ヒッコリー材も硬く加工しにくい為、床材やナイフの柄など無垢材として使用され、あまり集成材の芯にするという事がない木材です。つまり両方ともある程度は売れたとしてもこれから増える事はないということです。実際、資料の通りここ十年程の売り上げは、ほぼ横ばいで推移しています」
「それはそうだが……」と誰かが小さくつぶやく。
「皆さんは思うでしょう。現状維持することも大変だし、大事だと。しかし、コーヒーよりも苦くない薬が発見されたら? 他領のスギやヒノキの集成材の作成・加工技術が革新されたら? 今までと同じではだめですよね?」
「…………」
「そこで、この二種類の木に付加価値が付けられないかと。そこで、こうして加工して食品として売り出すことを提案します」
「しかし、木の準備には十年程かかりますが」ヒッコリー材の生産地域の管理担当者が言います。
ノート兄様は慌てません。
「そうですね、ヒッコリーを木材として育てるにはそのくらいかかりますが、果樹として育てるには六年かからないのではないでしょうか? 低い樹高にして枝を横に伸ばすよう剪定していけば、早く良い実がなると思いませんか? コーヒーも樹高を低くすればそのくらいですよね? 幸いコーヒー豆は生豆なら数年保存が可能ですし、ヒッコリーの実は温度・湿度に気を付ければ長期保存が可能です」
皆が小さく頷きます。
「今年植える予定の苗木から作付けを変更すれば、早い時期からの生産が可能です。そう考えて、十年間の予測B/Sとキャッシュフロー計算書を作りました」
「これはどうやって読むのかな?」待ってましたとばかりに領地の財務担当者が質問します。
「B/Sはこの事業を行った場合の、財政状況を表にしたものです。 この予測を行うことで、初期投資の金額とその回収の金額が予想できます。 キャッシュフロー計算書は現在の価値で食品として販売した場合の資金の動きを予想したものです。 ほかにP/Lという細かい損益から純粋な利益を計算するものがありますが、今回は単なる予測ですから作成していません。 それぞれの詳しい説明はあとでします」
「ところで、このカプチーノとビスコッテイをどこで売るつもりなんだ?」お父様が質問をします。
ノート兄様がにっこり笑って私に視線を投げた後、お父様を見つめて言います。
「領都フルネンディクです」
「王都ではなく?」
「はい。最初の店舗は領都で出します」
ノート兄様の答えに周りがさざめきます。普通はそう思いますよね。人が多い王都で商売した方が儲けも出やすいと。
「コーヒー豆もヒッコリーの実も消費期限のある食べ物です。生産体制がそろっていない現在、人が多い王都で店舗経営をするには供給量が圧倒的に足りません。そこで三年間はあえて領都で販売しコーヒーを定着させ、王都では少数の貴族のみに我が家で開く茶会のみに提供します」
「成程、わざと貴族には優越感を持たせるようにするのか」
「そうです、お父様。やんごとなき方々は自分を特別のように扱われるのが好きな方々が多いですからね。二、三回こういう事が好きなご婦人方に特別だと言って振舞えば、あっという間に広がるでしょうね」
「しかし、二品だけでは商売としては成り立たないのでは?」領地の財務担当者が質問します。
「そうですね。コーヒーとヒッコリーの実を使った軽食を出す店の名を仮にカフェと名付けました。そしてそのカフェの説明はアンネが行います」
「「えっ」」
何で~何で皆驚くの? お父様などは目を見開いて固まっています。
説明ばっかりですみません、長くなります。次回。
◇◆◇◆◇◆
よく聞くけどよくわからないビジネス用語
P/L(プロフィット・アンド・ロス・ステートメント);損益計算書。売上高などの収益から費用を差し引いて、一定期間にどれだけの儲け(利益)を生み出すことができたのかを表したもの。よく耳にする経常利益(けいじょうりえき)や当期純利益(とうきじゅんりえき)はここから計算される。
B/S、P/L、キャッシュフロー計算書を財務三表と呼び、会社の状況が財務的に読み取ることができる。
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