SNSの使い方

花柳 都子

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至近距離の最大幸福

サイレント悩み相談2

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 それよりも、と綿貫千春わたぬきちはるは思う。
「──ってなに?」
「えっ? あぁ、お兄ちゃんは知らないか」
 妹の慈美いつみは兄の疑問に答えようとして、おそらく無意識にスマートフォンを探す素振りを見せた。
「……使う?」
 一瞬、迷った妹だったが、困ったように眉を下げて、ふるふると首を振った。
 事情を察して、風月七緒かづきななおが、スマートフォンを千春に差し出す。
 そこには山城優一やまきゆういちに見せたものとは別の画面が表示されていて、千春はその内容に我が目を疑った。
 『過去占い師・千美』とかいういかにも胡散臭そうなアカウントのタイムライン──それはどうやら、千春の母親・春美はるみのアカウントらしかった。
「……なにこれ」
 聞きたいことは山ほどある。
 とは何か、そもそも占い師を名乗る資格(?)があるのか、このアカウントの運営で母親が何を意図しているのか──。
「……なんて読むの?」
 けれど、千春の口から出たのは最もどうでもよさそうな、名前の読み方についての疑問だった。
「さあ、読み方なんてどうでもいいんじゃない」
 妹が特別、不思議なことでもないみたいに呟く。
「そんなのわかってるけど」
「そうじゃなくて。『読み方なんて、見た人が勝手に決めればいい』ってお母さんが言ってたの。『私は意味が伝わればいいんだ』って」
「意味?」
「──それを知るには、まず春美はるみさんがこのSNSで何をしているか、説明する必要があるかもね」
 七緒はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。
「とても端的に言うと、春美はるみさんは、人生相談に乗ってるんだよ。SNS限定のね。それも、未来のじゃなくて過去の、失敗や後悔なんかのネガティブな悩みを、毎日毎日それこそ千も二千も聞いてる」
「…………過去の、占い師っていうのは?」
「普通、占いって未来を予言するものでしょ。それは当たってても外れてても、あくまでであって信じるか否かはその人次第だし、占いの結果を人生に活かすも殺すもその人次第だよね」
 千春が核心を捉えあぐねつつ頷いたのを確認して、七緒は続ける。
春美はるみさんは、そのってところに焦点を置いて、悩みを抱える人たちの根源である過去の失敗や後悔を、ポジティブに捉えられるような心の動きの手助けをしてる」
「……そんな簡単に、ポジティブになんて──」
「だから、って言うんじゃないかな。千春くんはさ、テレビや雑誌の星座占いって信じる?」
「……俺は見もしません。当たったとしても、と結びつけて考えないっていうか」
山城やまきさんはどうです?」
「まぁ、私も千春くんと大体同意見ですね。私の行く道は私自身で決めたいので。妻は昔、『信じたいものだけ信じる』と笑っていましたが」
慈美いつみちゃんは?」
「私は……ポジティブなことだったら、そうなるようにしよう、って考えるかな。逆にネガティブなことだったらそうならないようにしよう、って」
 七緒は三者三様の意見に頷く。
「僕はを信じることはないけれど、は信じてみたいと思ってるんだよね。あまり傾倒しすぎるのは良くないだろうけれど、によって心が軽くなったり、先の見えない未来の指針になったりする。そういう人がいることを否定はしないし、むしろその人たちにとっては占いの存在が救いになっているんじゃないかな。その是非を僕に問う資格はないから深くは追求しないけど、の結果は事実かどうかじゃなくて、信じるかどうかで決まるんだと思う。信じない人は、さっき千春くんが言ったようにそもそもとは考えないわけだからね。その信じる為の根拠みたいなものは人それぞれ違って、そこに合致した時、人は救いだと感じる。春美はるみさんはその人に合致する根拠を、ひとりひとりと向き合って一緒に考えているんだよ。だから、という言葉を使ってるんじゃないかな」
「…………つまり、母が意図しているのはそのものじゃなくて、ってことですか?」
「うん。もちろんお金をとったりしているわけじゃないし、春美はるみさん自身が予言や過去を調べるなんてことをしているわけでもない。春美はるみさんはただ話を聞いて、ネガティブにと捉えるその人たちの悩みを、角度を変えた視点でと考えられるようにアドバイスしている。ただそれだけだよ」
「ただそれだけって言っても、きっと言うほど簡単なことじゃないでしょうね」
「ええ。それに、結局その言葉を信じるか否かはそのを抱えた人自身ですから。彼らの心が動かなければ、どんなアドバイスも徒労に終わってしまいます」
「……でも、お母さんはね。それならそれでいいんだって。どんな受け止め方もその人の中ではで、そのが何より──人の考え方っていうのは千人いれば千通りある。そしてその人ひとりひとりにも千の可能性がある。そのひとつひとつが全て美しいはずなんだって」
「…………それって言いようによっては、『人を傷つけることも美しい』って聞こえるけど」
 泣きそうな顔で慈美いつみが兄を見つめる。
「そうだよ。でも、そうじゃなくて。お母さんに悩み相談するってことは、『人を傷つけたことを後悔してる』人だよ。だから、『人を傷つけたことを自覚して、悔い改めたい』っていう意思を尊重してって表現してるの」
「『人の傷つけ方』も『人の傷つき方』も千差万別だよね。他人にとっては何とも思わないことでも、その人にとってはどうしようもなく辛く苦しいことかもしれない。でも、まずはに気がつかなければ、自分が誰を傷つけ、何に傷ついているかを把握することができない。そうすると、手当たり次第に八つ当たりしたり、自分のアカウントだからって好き勝手に吐き出したりする。それが悪いっていうよりも、そういう環境が僕たちを支配している世の中だってことに、できるだけ多くの人が気がつけば、少し、ほんの少しずつでも、変わっていけると思う。それこそ、口で言うほど簡単なことではないけれどね。だからこそ、そうやって抱えた悩みや自分の心の行き場がなくての捌け口として、春美はるみさんも千慈せんじさんも、SNSを続けているんじゃないかな」
 『千の選択』という旅雑誌で編集者をしている七緒が、『千の美しい考え方』を提唱する母親に共鳴するのは、思えば当然のことかもしれない。
「…………七緒さんは、父とSNSで知り合ったと言っていましたよね。父も、こういうことをしてるんですか」
千慈せんじさんはね、圧倒的聞き上手だよ。春美はるみさんが受け取る側の人の心を信じて、自分の発信した言葉で彼らを動かそうとするのに対して、千慈せんじさんは完全に受動的なんだ。千慈せんじさんは自分からは絶対に問いかけたりしないし、アドバイスらしいこともしない。ただ、聞くだけなんだよ。でも、それって意外に誰にでもできることじゃなくてね。吐き出すだけで楽になることって誰にでもあるけれど、その内容はきっと聞くに耐えないこともあるはずだし、吐き出してすっきりして最終的にその人が辿り着いた答えが、的外れなことだってある。それを正さないことが、千慈せんじさんにとってので、人の心を信じるからこそ、その人が自分の力で自分なりのを見つけることを促してる。明確な言葉じゃなくて、というだけで」
「──七緒さんにも、あったんですか。吐き出さなければならないほど、辛いことが」
「……千慈せんじさんにしか話したことがないけれどね。あの頃──僕がSNSを始めた頃、自分の仕事とは別に私生活でもいろいろあってね。それは、いずれ話せる機会があったら話すけれど。千慈せんじさんがある日、DMで連絡をくれてね。最初は驚いたし、怪しんだけれど、千慈せんじさんは押し付けがましくも、急かしても来なかった。あぁこの人は、ただの自己満足じゃなくて、僕を助けたいんだって、言葉にされたわけじゃないのに、不思議と伝わって来てね。いつの間にか全部話してしまってたんだよ」
 しんみりと七緒が言う。
 氷の溶けかけたアイスコーヒーのグラスが、カラカラと音を立てた。
「──ご両親はSNSの中だけでなく、さっきの写真の彼らの力にもなっていたみたいだね」
 山城やまきが、今度は自分のスマートフォンで七緒に見せてもらった画面を表示させた。
 若い男女に囲まれた父と母が、彼らと共にギャルピースをしている写真がタイムラインの最新になっている。
「これはきっと、この中の誰かのアカウントなんだろうね。『長話に付き合ってもらった』、『問題が解決したわけじゃないけれど、解決に向かう兆しが見えた』、『私たちの心が決まった』──そんなようなことが書かれてるよ。何を相談したかはわからないし、親しい人より、赤の他人のほうが話しやすいってことは確かにある。けれど、旅先で初めて出会った人たちにも、SNSの顔も名前も知らない遠くの他人にも、同じことが当たり前のようにできるっていうのは、きっととてつもなく難しいことだよ」
「──山城やまきさんでも?」
 慈美いつみがここぞとばかりに口を出す。
「はは。俺のことを買い被りすぎじゃないかな?」
「でも、山城やまきさんは似てますよ。お父さんとお母さんに。あ、ついでにお兄ちゃんにも」
「ついでって──山城やまきさんも困るだろ」
「いやいや、むしろ光栄だよ」
「七緒さんも似てますよね、うちの家族に」
「──うん。お前にも似てるよ」
「そう? じゃあ、山城やまきさんと七緒さんも似てるってことだ!」
「みんな似たもの同士だね」
 七緒の総括を聞きながら、千春はからりとレモネードのなくなった、氷だけのグラスを鳴らす。
 もしかしたら──。
 慈美いつみと同じように、父と母も自分を守ろうとしてくれていたのかもしれない。
 放火犯と疑われ、好きなことを奪われた。
 話せば楽になること、失敗や後悔とは少し違うけれどネガティブな心をポジティブに変えること、それが息子に対してできれば、きっとそれに越したことはなかっただろう。
 けれど、千春の性格から考えても、どちらも望まれる状況ではなかった。
 今思えば、『おかえり』と言ってくれる家族ではなかったけれど、いつでもどんな時でも、見捨てず見離さず、家で待ってくれていたのも事実だ。
 あの頃の──七緒と共に仕事をする前の、やさぐれていたあの頃の──自分はきっと、どんなに優しくどんなに正しい言葉でも、素直に信じられず、真正面から受け止めることが怖くて、逃げて来たのだろう。
 言葉は受け取る側の気持ちにいつでも左右される。
 いつか、七緒が言っていたような気がする。
 受け取る側の自分の心が、どうしても拒否していたのだと思う。
 だから、そんな千春を否定せず、本人と向き合う機会が来るまで、父も母も妹も、SNSにを求めたのかもしれない。
 多くのSNS住民と同じ、自分勝手と言われればそれまでだ。
 この仮説も、あくまで千春が感じたことに過ぎない。
 彼らの本心や真意はまた別のところにあるのかもしれない。
 それでも──。
 これもまたの一つだと、千春は今、心からそう信じられるような気がしていた。








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