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花柳 都子

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心配の真髄

精巧な失敗

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「──、やったことなのかな?」
 風月七緒かづきななおの口元は、微かに笑みを浮かべていた。けれど、いつもの優しげで慈愛に満ちた眼差しは、影も形もない。
 どうやら七緒はらしい。
 山城優一やまきゆういちはなす術もなく立ち尽くしていた。
 この砂浜に来る直前、綿貫千春わたぬきちはるの不在に言及した山城やまきに、彼はこう言った。「打ち合わせをしよう」と──。
 蓋を開けてみれば、彼は特に何かを打ち明けるわけではなく、「千春くんのいない間、とにかく時間を稼ぎたい。ここで逃したらもう捕まえられないかもしれないから」と深刻そうに呟くだけだった。
 「もしも、自分に太刀打ちできなさそうな場面に直面したら、山城やまきさんの出番です」などと懇願されたが、果たしてそんな場面はやって来るのだろうかと七緒を見つめながらぼんやり思う。
 その瞬間、山城やまきの背後にいた若者たちのうちの一人が、荒々しい歩幅で童顔の彼に詰め寄った。
 無言のままに胸ぐらを掴み、押し倒す──というより投げ出さんばかりの勢いで揺さぶる。
「おい」
 ドスの効いた声だった。
「お前がやったのか? 俺たちを馬鹿にして、怪我までさせて、あの頃の復讐でもしようってか!?」
 今にも殴りかかりそうな彼に、童顔の男の子は身を縮ませる。山城やまきは怒り心頭に発する彼の振り上げた腕を掴んだ。
「なんだよ、おっさん! 離せよ!」
「やめなさい」
 出番あったなぁ、などと内心考えながら、山城やまきは静かに諭した。
 できれば力ずくは遠慮したい。どこで誰が見ているかわからない。県庁の職員なんて顔と名前が一致する機会などそうそうないだろうに、なぜか定期的に苦情──もといご意見が寄せられる。
 閉鎖的排他的と言えば簡単だが、県外の観光客誘致を目論む観光課の課長としては「そうだよね仕方ないよね」で済まされることではないのだから、厄介である。
 ──あと、まだ『おっさん』ではない。
 そんな私情はひとまず置いておいて、自分より少し背の低い乱暴な輩を強く見据えながら、振り解かれそうな手に力を込め続けた。
「やめねえよ! こいつが悪いんだろ? なら、殴られるくらい受け入れんのが筋だろ!」
「──って君ねえ、今時の若者が使うんじゃないよ、そういう言葉を」
 山城やまきはため息を吐く。
 正直に言うと、畏まった場や深刻な雰囲気は苦手だ。だからだろうか、茶化すような冗談めかした口調になってしまうのは、学生時代からの性分のようなものだ。
 ──自分の、そして大切な人たちの過ごす世界は、いつでもどこでも明るくあって欲しい。
 実際はそううまくいくものではない、ただの理想論だと自分でもわかっているつもりだ。
 それでも、暗いよりは明るいほうが──彼女が喜ぶから。
 脳裏に浮かんだ、愛しい人の顔はいつでも笑っている。もうこの世にはいないのに、笑い声が聞こえそうな気さえする。
 山城やまきは瞬きを、ほんの少しだけ祈るように長く閉じて、パッと開いた。
 世界は眩しかった。
「その言葉は、そっくりそのまま君にも返ってくるんだよ。──その覚悟は、あるのかな?」
 ああ、今、自分も七緒と同じ顔をしている。
 口元は笑っているのに、目は怒りや苛立ちを表していて、目の前の乱暴者の腕の力が弱まった。
「なんだよ……」
「君は、『あの頃の復讐』と言ったね? それなら、があるということだ。君は彼に対して負い目がある。それを、また重ねようとしている。君は、それで幸せかい?」
「──なんだよ、幸せって。気持ち悪いんだよ!」
「そう。僕は君の足が傷つかなかったことを、幸運だと思うよ。君だけじゃない、君の目の前の彼も、ここにいる全員が傷つかないで済んだよね。けれど、それがじゃないことはもうわかるね? 彼が止めなかったら、『おっさん』の僕が来なかったら、君たちは今頃どうなっていたんだろう」
 七緒と自分を指して、山城やまきは低い声で淡々と続ける。
「──誰かが、幸せになったかな?」
 口惜しそうに、山城やまきの手を振り払う。
 胸ぐらを掴んでいた手も離れて、童顔の彼からも山城やまきからも距離を取った。
「だから、君がしたことにも相応のがある。わかるね? 今回は未遂に終わったけれど、もし彼らがこの罠にかかったとしても、その後君はどうするつもりだったのかな。ちゃんとここを片付けるつもりだった? でも、小さなガラスの破片なんて拾い集めるのは大変だよね。もしも、君がを考えていたとして、詳しい経緯いきさつを知らない僕には何とも言えないけれど、彼ら以外にも被害を受ける人がいるかもしれないよね? それが誰であってももちろんいけないけれど、もしも、お子さんだったら? 足じゃなくて、転んだ拍子に顔を打ってしまったら? そういうことは考えたのかな?」
 山城やまきの言葉に、童顔の彼と若者グループの面々は、みるみるうちに顔を青ざめさせていった。
山城やまきさん、ありがとうございます。やっぱり一緒にいてくれてよかった」
 沈黙する若者たちを横目に、七緒がいつもの慈悲深い表情を浮かべて言った。
「いえ、私ができるのは、こういう体育会系な精神論を説くことくらいですが」
「むしろ、僕にはできないことですから」
 一段落したというように、七緒が息を大きく吸って、言葉と共に吐き出した。
「──さて」
 謎解きが、始まる。

 綿貫千春わたぬきちはるは、走っていた。
 見知らぬ土地、見知らぬ家々に、見知らぬ人々。
 汗が頬を伝う。
 コンビニに行ったら、タオルを買わなければ──。
 数十分前。七緒にある頼み事をされた。
 それは、コンビニに行ってイヤホンを買って来ること、そして例の動画のとある疑問を確認して欲しいこと。
 千春には、その『とある疑問』とやらの内容を教えてはくれなかった。
 というより、先入観のない千春の意見を聞きたいということなのだろうが、自分に気づけるのだろうかとぼんやり思う。
 コンビニは涼しかった。
 息を吐くのも束の間、千春はイヤホンとタオルと、そして水を買って、来た道を引き返した。
 1時間以内という約束に、残り15分ほどを残して、千春は海水浴場に戻ってきた。
 七緒と山城やまきのところに顔を出す前に、まずは動画を確認しなければ。イヤホンをつけて、動画の音声を大きくしていく。
「──ん?」
 千春は首を傾げる。
 なんだか、やけに声が近いような気がする。
 動画の中では、顔立ちのはっきり映らない若い男性たちがはしゃいだりしているのだが、なんとも違和感があるというか──。
 これはもしかして。
 千春は何度か聞き直して確信を持つに至ると、ふたりが待つ砂浜へと歩いて行った。

「──さて」
 七緒の改まった口調に、若者たちが顔を上げる。
 彼らの反応を見る限り、状況は嫌というほどよくわかっているに違いなかった。
 きっとこの中で一番、全体像を把握できていないのは自分だろうと山城やまきは思う。
 長い目で未来を見据えることはできるのだが、過去の散乱した情報を集めて、組み立てるのは苦手だった。
 それは部下のいずみたちのほうが得意なようで、山城やまきの信念を、土台から支えてくれている。
「まずは、どこから始めようか。じゃあ、君たち──君たちはここに何しに来たのかな? 僕が思うに、だと思うんだけど」
「…………なんでわかるんだよ」
「うーん。なんでと言われても困るけど。強いて言うなら、お金が欲しそうだったから、かな」
「…………風月かづきさん? 何言って──」
 突拍子もない発想に、山城やまきが引き攣った顔で訊ねると、周りの若者たちは一斉に息を呑んだ。
「……私たちって、そんな貧乏に見えんの?」
「どうかな。僕は答えを知っている、カンニングをしたからね。山城やまきさん、これ見てください」
 七緒のスマートフォンには、あるSNSのアカウントが表示されている。
 例の動画投稿主のアカウントらしく、動画の更新情報に並んで、スクロールしていく中に定期的に『参加者募集!!』の文字が駆け巡っていく。
「『宝探しに参加して、お金を稼ごう!』──? なんか胡散臭い広告を見ているみたいですね」
 今度は若者たちから舌打ちや、咳払いが聞こえてきた。
「まぁ、多くの人がそういう印象を持つでしょうね。問題──というか疑問なのは、なぜこのを大々的に募集する割に、動画のネタにしないのかということです。いわゆるゲームというか、旅に例えたらミステリーツアーみたいなものでしょうか。真っ当なだとしたら、動画にしたほうが楽しいと思いませんか?」
「まあ、確かに。そうですね」
 若者たちの様子をさりげなく窺うと、山城やまきと目が合う寸前で、童顔の彼が目を逸らしたのがわかった。
 きっと彼は答えを知っている。
 山城やまきはそう感じたものの、七緒の手前、口を挟むのは慎んだ。彼のほうがきっと答えを導けるだろうから。
「そこで、過去の彼らの動画を見返してみたんです。やっぱりに関するものは、一切ありませんでした。でも、奇妙な一致を発見したんです」
「奇妙な一致、ですか。私にも見てわかりますかね?」
「ええ、SNSと動画をよく見比べれば、案外簡単に。特に山城やまきさんなら、気づけると思いますよ」
 ──俺なら?
 山城やまきは食い入るようにSNSの投稿と、動画を見比べた。
 SNSのアカウントで募集されているは、最近のもので言うと開催地がY県になっている。
「あ」
「わかりました?」
「ええ。ここ最近に限って言うと、の開催地と、動画に映っている場所が、全く同じところです」
「その通りです。さすが、山城やまきさん。Y県を愛するあなたなら、すぐに気がつくと思いました」
 七緒にスマートフォンを返すと、彼は続ける。
「ここで、先ほどの疑問に戻りますね。なぜ、と銘打っているのに、それを動画にしないのか──。同じ場所に行っているにも関わらず、ですよ? そこで僕は、君たちの参加者は、を目的にここに集まったかが気になったんです。答えて、もらえますか?」
「…………さっき、あんたが言った」
「お金が、欲しかったから」
 口々に若者たちが呟く。
に参加すると、お金がもらえる。そう書いてあったんですね?」
「……もらえる、かもしれないって」
「そうですか」
「楽して稼げるんなら最高だなって。Y県なら近いし、地元の何人か誘って行こうってあいつが──」
 そう言ってさっき殴りかかろうとしていた童顔の彼を指差した。
「カメラマンのあなたは、に参加するのはですか?」
「えっ?」
 若者たちが今度は、きょろきょろと周りを窺う。
 自分だけが知らないのだろうかといった雰囲気だ。
「…………前にも、何度か」
「ちなみに、これを撮ったのもあなたですか?」
 それはY県の山で、動物や植物に危害を加えている動画だった。
 一瞬見ただけで視線を逸らし、彼はこくりと頷いた。
「あなたは、動画投稿主の彼らと、どういう関係ですか?」
「──同じ、会社に、所属してます」
「精神的な面では、いかがです?」
「…………奴隷です、僕は奴らの。下僕なんです」
「それが、今回のことを考えた理由ですね」
「ええっと、風月かづきさん? もっとわかりやすくお願いできませんか?」
「ええ、すみません。お、いいところで千春くんが帰ってきました」
「七緒さん、遅くなりました」
「ううん。約束の1時間ぴったりだね。ありがとう。それで、どうだった?」
 突然現れた、自分と同年代かともすれば年下の千春に、若者たちはきょとんとしている。
「あの動画、映像と音声は別撮りだと思います」
「うん、やっぱりね」
 口を開きかけた山城やまきを制し、七緒は話し始めた。
「最初から行きましょう。まず、今回の全体像からです。カメラマンの彼を除く、あなた方4人はという文言に釣られて、Y県のこの海水浴場にやって来た。そして、この砂浜に隠されていると言われ、さらに手を使ってはいけないというルールのもと、をしていたんです」
「手を使ってはいけないルール、というのは?」
「どう考えても手で探したほうが早いに決まっていますから。あえて、そういう行動に出るということはおそらく予めそういう枷を与えられたのだろうと」
 納得したような、していないような。
 ともあれ、山城やまきは頷いて、先を促した。
「カメラマンの彼以外のみんなの認識はきっとそこまでで、ガラスの破片が散らばっていることや、そのものが偽の情報であったことは、知る由もなかったでしょう」
 若者たちは肯定するように沈黙した。
「そこで、カメラマンの彼の立ち位置が気になるわけです。さっき、彼は動画投稿主たちとの関係を『奴隷』や『下僕』と表現しました。つまり、彼は動画投稿主たちに従わざるを得ない、少なくとも彼自身はそう思っているという立場になるわけです。では、彼の役割とはなんでしょう。そして動画の本来の意図とは、なんでしょう?」

「もしもし?」
「おー、遅かったな。動画は?」
「……撮れなかった、じゃなくて
「はあ? 何言ってんのお前。金欲しいんだろ? 給料、やんねえぞ」
「いいよ別に。それより、この間の動画のことで、大変なことになってる。もしかしたら、警察に捕まるかも」
「は? それはお前がヘマしたからだろ。俺らには関係ないから」
「でも、なんとか、教唆? とか」
「知らねえって。俺らにはアリバイがあるから捕まるわけないの。話はそれだけ? お前と関係あるとか根掘り葉掘り調べられんの嫌だから、もうこの番号にかけて来んなよ。社用のにして──」
「こんにちは」
「…………誰?」
「名乗らない人に名乗るはありませんので。用件だけ」
「は?」
「切っても構いませんが、これから自分がどうなるか気になりませんか?」
「何の話ですか?」
「あなた方の投稿している動画の中で、野生の動物を故意に怪我させた疑いがあります」
「あぁ、それね。あれ、俺らじゃないんですよ。顔も映ってないでしょ?」
「顔が映っていない、ということはつまり、あれがあなた方である可能性もありますよね」
「俺らには東京にいたってアリバイがありますし」
「へえ、聞いてもないのに自分のアリバイを証明してくれますか、そうですか」
「なんなの、あんた」
「あの動画は、カメラマンの男性とあなた方が共謀して、金に目が眩んだ宝探しゲーム参加者に動物の虐待を強要した。そうですよね」
「だったら何? 証拠は何もないでしょ」
「証拠ですか……『過激な行為に及んだらプラス50点!』、『俺らを楽しませたらプラス50点!』、『その他視聴者を喜ばせたらボーナス100点!』──」
「おいおいおいおい、それどこから…………」
「あなた方が参加者の方ですが。ネットって便利ですよねえ。離れた場所の動画を毎回別の人たちを使って撮って、それに東京で適当な音声を重ねて、お金を渡す気など微塵もないくせに、自分たちは非常識な行為と言動で楽して楽しんで金儲け。参加者の方々は泣き寝入りせざるを得ないようですが、彼らにもがないとは言えませんね。となれば、それを強要したあなた方にはもっとがあるとも言えます。これはその立派な証拠です。ちなみに、この電話も録音しています。先ほどのこのスマートフォンの持ち主への言動はパワハラに当たりますね」
「はっ。だから? 奴が訴えるとでも? 勝てるわけないっしょ」
「…………あなた、気づいてます?」
「はあ?」
「さっきから、こちらの発言に対して、あなたは肯定もしていなければ。受け取られ方によっては、とみなされるかもしれません」
「は、そんなのそっちの勝手な解釈でしょ──」
「そうですよ。勝手な解釈です。そういうに生きるあなた方には、そう受け取られるが足りなかったようですね」
 ──ピンポーン。
「あぁ、誰か来たようですね。警察、じゃないといいですね?」

 ぶちっと七緒が電話を切る。
 恐ろしいほどの笑顔だった。
 千春と山城やまきは、なんとなく後退りしてしまった。
 もちろん東京の首謀者の元に訪れたのは、警察などではなくピザ屋の配達である。
 Y県から電話して、東京の首謀者の住所に届けるよう依頼した。
「つまり、だったということですか?」
「有体に言えばそうですね」
 有体ってなんだっけ? と首を傾げる千春を横目に捉えつつ、山城やまきは七緒の動向を窺う。
「カメラマンの君は、エスカレートしていく彼らの行為が怖くなっていったんじゃないかな?」
 こくりと頷く。
「彼らは君を実行犯として選び、自分たちは手の届かないところから高みの見物──。とぼかしてはいるけれど、先の動画を見ている参加者=視聴者には、それ以上の行為を要求される。もしかしたら金だけじゃなく、名声も手に入るかもしれない」
「名声ね──」
 呆れたように山城やまきは呟く。
 そんなもので手に入れたの何がいいのだろう。
「そんなものはそもそも存在しなかったわけですが」
 『宝探し』、『一攫千金のチャンス』──。
 SNSに踊るそれらの文言は、文字通りのだ。そこに、事実や本当の姿はどこにもなくて、そして、釣られた彼らはただただだけだった。
「ところで、ここでのことを我々に教えてくれた目撃情報はどうなったんでしたっけ」
「あぁ、あれは──」
 七緒はカメラマンの童顔の彼のほうを向いた。
「──君だよね?」
 三度、彼は頷く。
「彼らの行為は植物、動物とエスカレートしてる。それらを楽しそうに見ている様子から考えて、彼ら自身も動物への虐待を行っていた可能性がある。そして、とうとう人を傷つけようとした」
 動画の中の彼らがたとえ本物でなくても、そういう思想は人の中に根付いているもので、案外透けて見えてしまうのかもしれなかった。
「…………ずっと、地雷を踏んでる気分だった」
 ぽつりと彼が漏らした。
 ガラスの破片が埋まった砂浜も十分地雷原のように感じられるが、それこそまさに彼の心情を表現したものかもしれなかった。
 もう、自分で止める術はなかった。奴らに強要されるのがになっていた。従うのがだった。
 けれど、いけないことだと、誰にとっても目を塞ぎたくなる行為だと、わかっていた。
「──自作自演、だったんですね」
「そうだね。今回は特に」
 前回の動物や植物に対しての行為は、動画の中の彼らが勝手に行ったものであるが、それをわかっていて見ていて止めなかった彼にも、はある。いわゆる『未必の故意』に当てはまる可能性がある。彼に傷つけようという積極的な意思がなかったとしてもだ。
「ビーチバレーと表現したのは? そのままでも良かったんじゃ?」
のことが広まれば、自分もという人が出てきかねませんから。ビーチバレーなら、見知らぬ人に混じってわざわざやろうという人はいないでしょう」
「ああ、なるほど」
「君は、ここに誘った彼らにも何か思うところがあるようだけど」
「……復讐、しようと思ってた。中学の頃、僕をいじめてたこいつらに。足なんかズタズタになればいいって。たかが足くらいって。僕が受けた傷はそんなんじゃないから」
「でも、思いとどまった」
「別に、こいつらがどうなったっていい。ただ」
「──守りたかったのは、、かな?」
 山城やまきが静かに言う。
 驚いたように目を見開いた後、彼は頷いた。
「若いうちは『自分が幸せ』でもいいと思うよ。故意に人を傷つけようとしなければ、他人なんかどうでもいいと考えるのも、自分自身を守るためだと思う。大人になればなるほど、守りたくなるものって増えていくんだよ。自分も含めてね。そういう失いたくないものの為に、まずは自分が幸せでなきゃいけない。じゃあ、君がこれからであるには、どうしたらいいか──もう、わかるね?」
 こくり、と一段と強く頷いた、気がした。
 山城やまきが、他のメンバーもぐるり見回すと、彼らも視線を逸らしつつ、項垂れるようにしていた。
 自分の過ちを認め、相手に謝ること。
 簡単なようで、難しいものだ。
 それでも、それができる自分でありたいし、その素晴らしさに気づける、認められる人間でありたい。
 山城やまきは、目の前の広い海を見つめた。
 悩み事がどうでも良くなる、なんてよく言うが、それは人それぞれだろうなといつも思う。
 けれど、映像と音声が切り離された上に好き勝手に編集された物事とは違って、ありのままのこの景色と波の音を、この場にいる全員が共有している。
 ──それだけはだ。


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