SNSの使い方

花柳 都子

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心配の真髄

正当な責任

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 山城優一やまきゆういちの運転する車は、綿貫千春わたぬきちはる風月七緒かづきななおが宿泊する旅館より、さらに南──南側の隣県にほど近い海水浴場へと向かっていく。
「県内の海水浴場は十数ヶ所、登山可能な山に至ってはハイキング程度の軽装で行けるところから、本格的な装備が必要なところまで、かなりの数に上ります。中には過去に噴火の歴史があり、今なお活火山とされている山もあります。我々の日常のどこに危険が潜んでいてもおかしくありませんが、自然災害は起こってしまえば──きっと誰もが承知の通り──たかが人間である我々になす術はありません」
「ええ。本当に自然がようで、居た堪れなくなります。その是非についてはともかく、僕たち人間は自然を自分たちの都合で引っ掻き回し、それでいて軽んじる傾向にありますから。人災とセットで起こる事故なんかも、そのせいかもしれませんね」
「自然と共存なんて言えば聞こえはいいですが、何をするにしてもは必要です。たとえ、そのものに感情はないとしても」
 山城やまきはしみじみとそう語る。
 海や山の怒りは、人地の及ばない領域──。
 だからこそ──特に山を──神と崇め、敬意を表する『信仰』が生まれるのかもしれない。
「…………そういうしっぺ返しをくらうのって、いつでも関係ない人ですよね」
 千春が癖でカメラを握りしめつつそう言うと、七緒と山城やまきが、彼の様子を窺うように沈黙した。
「……そうだね」
「海や山で遊ぶ時には、必ず注意しなければならないことがある。それを忠実に守っていたとしても、時に事故は起こってしまいます。それなら、守らなかった時はどうなんでしょう? 無事に帰れたとしたらそれがただただ幸運だっただけで、決してと思ってはいけない。クマに襲われる危険も、離岸流にさらわれる恐れも、訪れる全ての人に平等に──ルールを守らなかった場合はそのきっと何倍も何十倍も高い確率で──あるはずなんです。『自分が遭遇しなかったからそれでいい』、なんて絶対に言って欲しくありません」
「自分が大丈夫ならみんなも大丈夫、みんなが大丈夫なら自分も大丈夫──ってことじゃ、ないんですよね」
 目撃情報のあった海水浴場が目の前にある。
 動画に投稿されているのは、どうやら同じY県内の違う場所のようで、ここよりもずっと規模の小さいところらしかった。
「ちなみに、既に動画として投稿されている海水浴場は、県内最北の湧き水が出る珍しいところです。遊泳可能な区域は砂浜ですが、すぐ近くには岩場もあって、こことは景色も結構違いますね」
「湧き水?」
「ええ、砂浜に真水がぽこぽこと」
「そんなの、ひとつも映ってませんけど……」
 動画を見返すまでもなく、湧き水が出てくる場面は一度もない。山城やまき曰く、県内のみならずおそらく全国の中でもかなり珍しいから、なぜその特徴を映さなかったのかが気になるという。
「そういう純粋に、幾つになっても子供みたいにはしゃげるようなを見つけるのが、観光の醍醐味なのですが。それは湧き水に限らず、海に生息する生き物でも、普段は見られない生き生きと海を泳ぐ家族の姿でもいい。それこそはありません。でも──」
「多くの人が見て不快に感じる面や、常識的に見て危険なことを『楽しい』と表現するのは、せめて胸の内に留めておいて欲しいですね」
「……胸の内ならいいんですか?」
「思うこと、考えることは、罪じゃないからね。でも、それをする、誰かににはそれなりのが発生する。それこそ、思うこと、考えることは罪じゃないから、世間の賛否両論が──先に表に出した──自分に全て返ってくる。ただの世間話や取り留めもないことに対するとは根本的に違う。SNS上にはいろんな人がいるから、そういうのは聞き流すのがセオリーだと思うけれど、全ての意見を──自分がマイナスの感情を持っているのと同じように──受け入れなければ、それはとは言わないよね。なんで賛同を得られないのか、どうして一緒に楽しんでくれないのか──元々の自分の意見を棚に上げて、そういうマイナスの感情をぶつけてきた人に悉く文句を言う。度々、SNS上で顔も知らない誰かと口論になる人たちがいるけれど、そのって人それぞれで曖昧だから、自分では大したことないと思っていても、大多数の人には不快で目を塞ぎたくなるものだったりするんだよね」
 例えばが不快で目を塞ぎたいものもあるはずだけれど、それは個々人が遭遇しないように気をつけるか、遭遇したら目を瞑るしかないと七緒は言う。
 千春としてはそういう目を塞ぎたくなるもの──七緒によると『地雷』──が多い、というかおそらく人とはずれているから、SNSはやっぱりやらなくていい、やりたくないと思う。
 いちいち顔も名前も知らない人に、何かを報告する意義も意味も、自分にはない。友人が少ないから言えるのかもしれないが、面倒だと思う。
 以前、山城やまきが爆弾騒ぎの時に、『知られたくない、知らなくていい人にまで伝えることはない』というようなことを言っていた。
 ──その通りだと思う。
 今はともかく、写真を撮り始めたあの頃、を誰にも知られたくなかったし、自分に興味も関心もない人に意見を求める必要もなかった。
 ──だってあの頃は、ただから。
「千春くん。地図読むの得意?」
「はい?」
「それから──暑いところ本当に申し訳ないんだけど、今から走れる?」
 海水浴場で車を降りた時、七緒が少し申し訳なさそうにそんなことを言った。
 片手には移動中ずっと動画を観ていたスマートフォンが握られている。
 千春がとりあえず頷くと、七緒から耳打ちされた。山城やまきいずみに連絡しているらしく、話し声が聞こえてくる。
「──わかりました。でも、大丈夫ですか? ふたりで」
「たぶんね。話、引き延ばしておくから。1時間以内くらいでお願いしたいな」
「……約束はできませんけど、できるだけ急ぎます」
「うん。何かあったら電話して」

 電話を終えた山城やまきが、七緒の元へ歩み寄ってくる。
「SNSなどの目撃情報によると、数分前まで彼らはここにいたみたいですね。なんでもビーチバレーをしていたとか」
「ビーチバレーですか。今度はどんな動画にするつもりなんでしょうね」
 神妙に相槌を打った山城やまきだったが、きょろきょろと周りを見回し、七緒に訊ねた。
「……あれ、千春くんは?」
「あぁ、ちょっと頼み事をしました。山城やまきさん、そのことで少し打ち合わせを」
 山城やまきに、自分の考えを伝え、彼の賛同を得た後、七緒はふと疑問に思う。
「それにしても、ビーチバレーですか……。目撃した方はどんな方々なんでしょう?」
「おそらく地元の人じゃないかと。この辺りは海開きが行われるまで、観光客はあまり来ませんから。近くの公園を散歩する方や、まもなく混雑する海をゆっくり眺めに来る人もいますよ」
「でも、彼らがもしビーチバレーをしていただけで、海に入ったわけではないのなら、どうしてわざわざ、県の問い合わせフォームやSNSに?」
「おそらく、地元の人間に見えなかったからでしょうね。是非については言及しませんが、そういう排他的な面がないとは言えませんから。あとは、良くも悪くも──いやこの場合良くはありませんが──話題になっている動画だからではないですかね」
「確かに話題かもしれませんが、顔や姿だけを見て、どうして彼らだとわかったんでしょう?」
「え?」
「動画は男性の数人グループ、と想像がつくだけで、顔は巧妙にはっきりとは映されていないんです。移動中の車内の様子も、はしゃぎ回っている時も、何人かの足元や首から下は頻繁に映りますが、顔だけはなぜか判別できないんです」
「でも、確かロケ──と言うのかはわかりませんが──ではなく、室内で顔を出している投稿もあったんじゃ?」
「でも、そうしたら今度は目撃した人たちの動向が気になります。ここでビーチバレーをしている姿を、まさか顔が判別できるほど近くで目撃したわけではないでしょう」
「それは、そうですね」
「そういうのも含めて、暴きに行きますか」
「え?」
 すたすたと歩き出す七緒を、山城やまきは首を傾げて追った。

 七緒は広い海岸を見回した。
 数人の女性も含めた若者グループの声がどこかから聞こえてくる。
「珍しいな」
「あ、ちょっと山城やまきさん、待ってください」
 声のしたほうを振り向いて、そちらに向かおうとする山城やまきの腕を掴み、七緒は砂浜に誘う。
「その前に、証拠を集めましょう」
「いや、でも、早く追いかけないといなくなってしまうかも」
「大丈夫ですよ」
 どこにそんな根拠が? と顔に出しつつ、山城やまきはしかし、彼の言葉に従った。
「それで証拠っていうのは?」
「足跡です」
「足跡、ですか」
「ええ。これですよ」
 それは砂浜に描かれた、無数の足跡──。
 裸足のものも、ビーチサンダルと思われるものもある。七緒はそれらを写真に撮り、実物と写真とを器用に見比べて、何度も数を数えた。
「あの、風月かづきさん?」
山城やまきさんは、幾つに見えます?」
「え、この足跡ですか? ひいふうみい…………うーん、4つ、ですかね? というか、判別は無理なんじゃ?」
「でも、靴もサンダルも、裸足もあります。これなんかは明らかに小さいですよね。女性の素足かもしれません」
「そう、ですね」
「それで、もうひとつ。ここに──」
 少し離れた位置に、先4つの乱れた足跡とは別にスニーカーと思われる靴底の、形がはっきりとわかるものがあった。
「これは?」
「たぶん、カメラマンじゃないかと」
「あぁ、なるほど」
 確かにそこからどこかに歩いた跡はあるが、一緒にバレーしていたメンバーではなさそうだった。
「つまり、ここを訪れたのは5人──うちひとりは女性で、彼らはここにバレーをしに来たわけではなさそうです」
「…………はい?」
「だって、ボールの跡がどこにもありませんから。どこまで本格的なバレーをしたのかわかりませんが、転んだり滑ったりした跡もない。それ以前に、もしバレーをしたとしたら、いくら面倒でも靴くらいは脱ぐでしょう。サンダルなら尚更、素足になるのに抵抗も何もないと思うのですが」
「……砂浜が熱かったから、では?」
「彼らは遊泳解除前の海に入ったりもしています。熱くなったら、足くらい水につけることも厭わないでしょう」
「そうですね、それは確かに」
「バレーをする上で、ぶつかったり、何かの拍子に足を踏んでしまったりすることも、容易に想像できます。そんな中、素足の女性もいるようなのに、靴のままでいたら危ないと思いませんか?」
 いくら非常識な思考の持ち主でも、共に海に来た友人を傷つけようとは考えないだろう。
「つまり、彼らはビーチバレー以外の何かをしていたと?」
「ええ、おそらく」
「それは一体なんでしょう? それに、海開き前の海水浴場で若者たちがビーチバレーをしているという目撃談は一体どこから──?」
「ひとつずついきましょう。まず、ビーチバレーではなく、何をしていたのかという点について。ここを見ると、執拗に同じ箇所で数人の足跡が交差しています。足跡の範囲はバレーの時のようにまばらに広いというより、特定の一箇所に密集しています。それが、点々とあちこちに」
 よく見ると、そこ以外にも砂浜の数ヶ所に同じような跡がある。
「…………私には、バレーではないだろうということしかわかりません」
 諦めて首を振る山城やまきに、「僕の推測も絶対ではありませんが」と前置きして続けた。
「何かを埋めた、あるいは埋まっている何かを探した、ではないでしょうか?」
「えっ、いや、でも──」
「そして、その作業はおそらくまだ終わっていません」
「そんなことまでわかるんですか?」
「目印がついているんですよ、ほら」
 山城やまきが改めて見回すと、確かに丸で囲まれた部分がさらに数ヶ所砂浜に残っている。
 足跡の密集した範囲と同じくらいの大きさの円だった。
「ですから、きっと彼らは戻って来ます。これも僕の推測ですが、彼らは『埋まっている何かを探している』──つまり、のようなものです」
「…………何が埋まっているっていうんでしょうか」
「わかりません。ただ──」
「ただ?」
「やめさせたほうが良いと、個人的には思います」
「……それは、私もですが──」
 そこへ、がやがやと数人の若者グループがやって来た。
 七緒の予想通り、人数は5人。そして、うち一人は女性である。
 先ほどまでいなかった男性2人組、七緒と山城やまきを見て、彼らは雑談をやめた。警戒心を強くして、こちらを見つめている。
「おじさんたち、誰?」
「警察の人?」
「いや、なんで警察」
 かと思えば、馬鹿にしたように笑いながら、彼らは近寄ってきた。
「私ら警察に捕まるようなことしてないし」
「……警察ではないよ。ただ、県庁の職員だから、君たちに注意をと思ってね」
「観光課の課長? の割に、偉そう~」
「海開きはもう少し先だよ。危ないこともあるから、ルールを守って──」
「はいはーい。わかったわかった。海には入りませんから!」
 そう言って、男性たちに背中を押される七緒と山城やまきの目に、一際おとなしそうで一言も発していない、男の子の姿が映った。
 童顔に見えるだけで、実は彼らと同じくらいの歳かもしれなかったが、七緒と目が合うと、彼はすっと視線を逸らした。
 押されるがままだった七緒は、その童顔の彼の元へ歩き出した。突然意思を持った彼の行動に、若者グループも虚をつかれたのか、止める間もなく、七緒が声をかける。
「君かな、犯人は」
「えっ?」
 山城やまきと若者たちの声が重なる。
「後ろ手に持っているのは、カメラだよね? これから撮る動画は、面白いものになりそうかな?」
 山城やまきからでは、七緒は背を向けていて、どんな顔をしているのかわからなかった。
 穏やかなはずの波の音が、不意に大きく耳に届いた。
「何を、埋めたの?」
 鋭い声音だった。ほんの一言前の、社交的な雰囲気は見る影もない。
「………………」
「じゃあ、質問を変えるね。どこに、埋めたの?」
 沈黙がその場を支配した。
 山城やまきも若者たちも、話についていけなかった。
 すっ、と色白の手が伸びる。
 指差した先には丸がひとつ。
 若者たちがその指の先を追って、我先にと走り出すその瞬間──。
「ちょっと待った!!!」
 七緒の、聞いたこともない、大きな声が響く。
 ぴたりと若者たちが足をとめた。
 彼らにも、七緒の第一印象からは想像がつかなかったと見えて、お互いに視線を交わしながら、七緒の様子を窺っていた。
「怪我、したくないでしょ?」
 振り返った七緒の顔は、泣きそうに歪んでいた。
 彼は童顔の男の子が指差した円に歩いて行き、そっと砂浜の表面を撫でた。
「──ガラスの破片、だね」
 キラキラと海の光を反射するそれは、若者たちを絶句させるには十分だった。
 自分の足が大変なことになる場面を想像したのか、女性が「うっ」と口を抑える。
「もう一つ聞くよ」
 そう言って七緒は、童顔の彼を見つめた。
「──、やったことなのかな?」
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