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花柳 都子

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心配の真髄

正義の囚人

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 綿貫千春わたぬきちはるは、風月七緒かづきななおから明かされた妹・慈美いつみのSNSの真意について考えを巡らせていた。
 ただ考えるだけでは何も解決するはずなどない。
 それに、千春は先ほどの自分の答えを後悔してもいた。
 フォロワー数の多い妹のSNSでのSOSに、「誰かが気づくはずだ」と千春は言った。
 ──自分を棚に上げてよく言うものだ。
 七緒がその発言に哀しそうな表情をした時に、やっと思い至るのだからおめでたいものである。
 何度目かのため息を吐きそうになったその瞬間、千春のスマートフォンの着信音がした。
 画面には父親の名前が表示されていた。
 七緒に断って千春は電話に出る。
「もしもし」
「千春か? 慈美いつみは無事に帰って来たよ。心配しなくていい。ただ──」
「ただ?」
 深刻そうに切り出す父に、千春も神妙に聞き返す。
「──明日からそっちに行こうと思う。母さんと、慈美いつみと3人で」
「…………はあ!?」
「久方ぶりに家族旅行といこうじゃないか。あぁ、よければ七緒くんも一緒に」
「えっ?」
 思わず七緒のほうを見る。
 父の千慈せんじは声の大きいほうではない。
 電話の向こうの彼の声は、七緒には届いていないようで、千春の視線に不思議そうに首を傾げた。
「……いや、迷惑でしょ」
「余計なお世話かもしれんな」
 そう言って苦笑した父だったが、真摯な声ですぐ後に付け足した。
「でも、『ぜひに』と伝えておきなさい」
「……言っては、みるけど」
「それから」
「それから?」
 寡黙な父にしては珍しくたくさん話すが、いかんせん話の運びがゆっくり過ぎて、千春は何度も聞き返してしまう。
 母や妹が相手だと、父の意見は半ば決めつけられる──無視される──ようにして、どんどん話が進んでしまって、もはや原型がないところまで行ってしまう。父親がそれに対して文句を言わないのは、母や妹の考えが一致しているからなのか、むしろ正反対でもう諦めているのか、千春にはよくわからない。
 とはいえ、同じ男として、そして同じく母や妹に強引もとい自然に話の主導権を握られる仲間として、自分だけは父親の言葉をちゃんと聞いてやらなければとなんとなく思っている。
「それから──電車とかバスとか、移動手段はあるか?」

 電話を切った千春に、七緒が何かを聞いてくることはなかった。
 彼は大体何でもお見通しなくせに、そういう相手のプライバシーに関わるようなことには簡単には踏み込まない。
「あの、七緒さん」
「ん?」
「父からで、明日から家族4人で旅行しようって言われました」
「そう、いい提案だね」
「それで、七緒さんも一緒にって」
「え、僕? 邪魔じゃない? せっかく家族水入らずなのに」
 驚いたように笑いながら、七緒は言う。
「いや、むしろ迷惑ですよね」
「そんなことないよ。それじゃ、遠慮なくご一緒させてもらおうかな」
「え、いいんですか?」
「うん。なんたって千慈せんじさんからのお誘いだからね」
 一体どういう関係なのだろう、と千春が変な疑いを持つまでもなく、七緒の表情は何かを悟ったような、受け入れたような、不思議なそれだった。
「あ、それと──」
「いやぁ、すみません。遅くなってしまって」
 部下のいずみに連絡をしていたという山城優一やまきゆういちが戻って来た。
山城やまきさん、こちらこそお待たせしました」
「あ、もしかして気づいてました?」
「ええ、まあ」
 くすくすと笑みをこぼす七緒によれば、少し前──千春に電話がかかってきたあたり──から、ちょっと離れた場所で待機していたらしい。
 きっと2人の雰囲気を察して、深刻な話を脱した頃合いを見計らっていたのだろうと思う。
「それで、これからどうされますか? 予定では修験道の山々を回るつもりでしたが、お昼も近くなりましたから、今日中に回り切るのは難しそうです」
 千春が謝ろうとすると、その前にぶんぶんと手を振って、山城やまきが制する。
「今日は一段と暑そうですから、ちょうど良かったかもしれません」
「そうですね。来週は回りきれなかった分の予備日として設定していましたから、来週またお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろん。私としては余すことなく楽しんで行っていただきたいですから」
 目下の問題は、今日これからどうするかだ。
 千春の妹のことも、明日来ると言うのであれば、一旦悩むのはお預けにしようと七緒が言う。
「家族旅行ですか、Y県を選んでいただけるなんてありがたいことです。それで、行き先は?」
「いや、まだ何も……。それよりたぶん、移動手段のほうが決まらないと──」
「ああ、なるほど。車の免許は?」
「父はペーパードライバーで、母と俺は持ってません。父が運転すると言ったら、全力で母に止められたらしいです」
「そう。運転手なら喜んで引き受けるけど、ついでにガイドもこなせるけど──やっぱり邪魔だよね?」
 冗談混じりの声音が、余計に彼の本心を引き立てる。千春と七緒は顔を見合わせて笑った。
山城やまきさんの場合、運転手というよりガイドのほうが引き受ける目的なんじゃないですか?」
「そんなことありませんよ、運転も好きですから。自分の車は海外のスポーツカーにしようと本気で考えたことがあります。──値段が許しませんでしたけど」
 相変わらず口元には笑みが浮かんでいるものの、その目は確かに真剣だった。
「でも、迷惑じゃ……?」
「僕はより多くの人に、で楽しんで欲しいだけだよ」
?」
「何も、僕の案内通りにしてれば間違いないってわけじゃないよ。どんな楽しみ方があってもいいし、たくさんのがあって当然。それぞれの人にとって、自分が『楽しい』と思えるのがだと思う。千春くんたちご家族が、移動手段だのどこに行けばいいかだの、そういう小さなことで悩まずに、私の好きなY県を堪能する。それ自体がなんじゃなくて、に繋がればいいと思ってるだけだよ。その形は、きっとご家族でも一人一人違うから、それを見つける為に余計な問題は取り除こうって、ただそれだけ。僕が好きでやることだから、迷惑かどうかは気にしなくていいんだよ」
「そう、ですか?」
「うん。で、ものは相談なんですが──」
「はい?」
 山城やまきは不意に話題を変えた。
「今日のおふたりのご都合をお伺いしたいと思いまして。さっきいずみに連絡した際に、ちょっとしたトラブルをキャッチしまして」
「ちょっとした、トラブル?」
「ええ。実は──」
 そう言って山城やまきが語ったのは、夏ならではの危険についてだった。
 この時期、海開き山開きが近いこともあって、海や山に入る人がどっと増えるという。
 それ自体は、危険が多いという面で問題ではあるが、違法ではない。ただし、いかんせん事故に遭った際、取り返しがつかなくなる可能性は否定できない。
 監視員もいない客も少ない中では、たとえどんなにで遊んだとしても、と判断する人が誰もいない──というより根本的に解放される前に遊んでいるからだが──ので、それは結果的につまり形に繋がるわけで。
「動画投稿サイトで、『人がいない海』『泳ぎ放題』『動物たちとの戯れ』『植物の儚さ』などと拡散して、県内の海水浴場や山を荒らしまわっている輩がいると問い合わせフォームに目撃情報が寄せられたようです。それだけでなく、『ゴミだらけ』『綺麗じゃない海』などと触れ回っている者もいます」
「もしかして、山城やまきさんはこれからその人たちに注意しに行こうとしてますか?」
「ええ、お察しの通り。何か起きてからでは遅いですから。そんな奴らでも、『自己責任だから仕方ないね』で済ませるわけにはいきません」
 千春としては、ルールを破ったほうが悪いと思わなくもないのだが──。
 それを察した山城やまきが困ったように眉を下げる。
「確かにルールを破ったけど、だからと言って『事故に遭ってもいい』では決してないよね。罰があるとするなら、それこそでなきゃ、僕たちもルールを破る側になってしまうからね」
「それもそうですが、山城やまきさんは彼らにももっと純粋に、海や山を楽しんで欲しいと思っているのではないですか? 誰かや何かの粗を探して、それを追求する発見するというような歪んだ楽しみ方ではなくて、もっと単純にただただ『楽しい』と思える夏を過ごして欲しいと──」
「……そうですね。観光課の課長なんてやってると、山積みの問題に比例して、願望だけが大きくなっていくんです。まぁそれは私に限ったことでもないのでしょうが、どうしても『観光』なんて綺麗な響きからは程遠い暗い部分も見えてしまいます。自分はそこから目を逸らすわけにはいかないからこそ、Y県を訪れる人にはY県でしか得られない思い出を作っていって欲しいですし、ここを後にしてからも皆幸せになって欲しいと、そう考えてしまうんですよ」
「──行きましょう。僕らもお供しますよ。ね、千春くん」
「はい」
「え、いや、私はそんなつもりで言ったわけでは……」
「ついてきて欲しいと山城やまきさんが言わないからですよ。いいですか? 監視員もお客さんもいない中、彼らに危険が及ぶ可能性があるように、そこに一人のこのこ注意しに出かける山城やまきさんにも危険が及ぶ可能性があります。多勢に無勢では、さしもの山城やまきさんを持ってしても勝ち目はないかもしれません。もしそうなった場合、発見が遅れて、大変なことになるかもしれません」
 千春はそこまで考えたわけではなく、今日の仕事を破算にしてしまった負い目があったからだが、理由はこの際何でもいい。
 七緒の言う通り、山城やまきは責任感と正義感が強く、先日の爆弾騒ぎもそうだが、相手の安全を優先するが為に、自分のことは後回しにしがちである。
 きっと今回もふたりをどこかに送り届けてから、自分はトラブル解決に向かおうとしていたに違いない。
 七緒はといえば、本当に相手を納得させたい時、ストレートな物言いになるふしがある。普段は遠回しで迂遠な言い方を好む──きっとそれにはそれなりの理由がある──のだが、できるだけ簡潔に且つ伝わるようにしているのだと、千春は解釈することにした。
 ぽかんとする山城やまきの背中をふたりで押すように、3人は空港を出た。

 山城やまきの運転する車の中で、千春と七緒は動画投稿サイトで当該投稿を観ていた。
 車で移動する際の車内の様子から、山や海にゴミが散乱しているところを過激な台詞と共に大写しにしたり、山で動物たちに石を投げつけたり、植物を踏みつけるシーンもある。
 海に行くと、クラゲに同行者を近づけ、刺されに行くかのようなはしゃぎ方をしたり、人がいない海での海水浴を推奨したりするような動画の作り方をしている。
 それらの動画は10分~15分程度のものがいくつかあって、動画再生数はかなりの数に上っている。
 その割にはこの動画投稿者のチャンネル登録者数はそれほど多くない。
 こういうマナー違反の動画を投稿しているからなのであれば多少の救いはあるが、逆に登録者数が伸びないからこういった注目を集めやすい話題に飛びついたのかもしれなかった。
「どれも看過できるものではありませんが、ゴミが散乱しているものに関しては、簡単に論破できるんです。基本的にどの山も海水浴場も、山開き海開き前に清掃活動をします。ボランティアであったり、地域や学校の行事であったり、形態は様々ですが、我々県や市町村の職員も積極的に参加するようにしています。県のホームページにも活動報告の一環として載せていますから、それらがY県の山や海であるはずがないんです。その動画は、清掃活動後にアップされていますから」
「…………七緒さん、ここ見てください」
「ん?」
 運転しながら説明する山城やまきの声を聞きながら、千春は動画を何度も巻き戻したり再生したりを繰り返していた。
 下ばかり見ていると酔いそうになるが、山城やまきの運転はこんな時でも静かで安定しているからか、最小限で済みそうだ。
「最初、彼らがこの海に来たと思われる場面です。で、これがそれから15分後──」
 千春が指差す箇所を穴が開くほど見つめて、七緒は動画を巻き戻した。
「もしかして、自作自演?」
 動画の序盤、画面の端に写っている部分が、動画の終盤になると急にゴミだらけになる。
「かもしれません。それか、別の日に撮ったとか」
「別の日?」
 考え得るとしたら、彼らが意図的にそう見えるよう自分たちでゴミを散らかしたか、そもそも清掃活動前に撮った動画をあえて後ろに持ってきて、視聴者を勘違いさせようとしている可能性もある。
「こういう動画投稿サイトだと、垂れ流しのものより、編集してある動画のほうが格段に多いです。彼らの動画も同じで、ところどころ編集されている部分があります。もし、彼らにやましいところ──というか彼らの意図通りに一部始終を見せたいと言うのなら、生放送、それでなくてもせめて編集をせずに動画を投稿するのが趣旨に合っています。過去の投稿を見る限り、彼らの売りは回しっぱなしのカメラの前で、予期せぬハプニングが起こるのを愉しむ、って感じです。だから、カメラは回しっぱなしで、編集の必要もないはずなんです」
「それをあえて編集してるってことは──」
「たぶん、見せたくない部分があるから」
「実際は清掃活動前の動画を、清掃活動後にアップすることも可能だよね?」
「もちろん。でもその場合、序盤に写っている綺麗な海の説明がつきません。まさか去年撮ったわけでもないでしょうし」
「あぁそれはたぶんないね」
「え?」
「ほら、ここ。彼らが活動開始してるのは、今年に入ってから。元々の友達ではなくて、ネットで会った友人たちで結成されたと書いてある。何事も行き当たりばったりな彼らに計画性があるとは考えにくいから、去年から温存していた動画があるわけもないし、そもそも彼らの出会いから嘘をつくにはさすがに用意周到すぎる」
「計画性があったら、そういことができる奴らだったら、登録者数が伸びないことでこんな行為には出ないですね、たぶん」
「ただ、どんなに悪名基準とはいっても、広まれば広まるほど予想外の結果を生むことがあるからね。悪名は無名に勝るなんて言うけど、こんなことで注目されてもいつか手痛いしっぺ返しが来るよ」
「問題は、彼ら自身にはもうそう気づけるだけの余裕がないことです。いや、気づいてはいてももう止められないのかもしれません」
 それなら自分が止めてやらなければ──。
 まるでそんな声が聞こえてくるようで、千春は思い詰めたふうの山城やまきの顔を、じっと見つめてしまうのだった。


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