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心配の真髄
創世のシナリオ
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綿貫千春は、早朝に目が覚めた。昨日と違って、焦る必要もなければ、緊張もしていないというのに。
風月七緒はまた温泉にでも行ったのか、布団は綺麗に畳まれていて、姿も見えなかった。
嫌な予感や、虫の知らせなどは信じていない。
もしもそんなものがあったら、これまでの不運のいくつかは避けられて来ただろう。
その時、ドアの開く音がした。窓の外の海を見つめていた千春が振り返るのと、七緒と目が合ったのは同時だった。
「おはよう、千春くん。早いね」
「まあ。……七緒さんも」
千春が温泉上がりの七緒自身を指して言うと、彼はのんびりと腰を下ろして、深呼吸した。
「──旅先に来るといつもこうやってね、その土地の空気を一番に吸うのが好きなんだよ」
へえ、などと千春が気のない──千春自身はそこそこ感情がこもっているつもりの──返事をすると、千春のスマートフォンの着信音が鳴った。
時刻は午前6時を過ぎたばかり。
こんな朝早くに電話してくる人など、少なくとも千春の知り合いにはいない。
訝しげに充電中の画面を見ると、そこには母親の文字があった。
「もしもし」
「あ、千春? お母さんだけど。慈美知らない?」
「慈美? 知らないけど、なに、どうしたの」
母親の声は上擦っていて、妹の慈美の名前でさえも何度も噛みながら千春の答えを待つ余裕もなく、小さく声を漏らしている。
「昨日から、帰ってないのよ」
「えっ!?」
「もしかしたら、そっちに行ってないかと思って」
「いや……来てないけど。そもそもあいつに俺の居場所がわかるわけ──」
という以前の問題だったなと途中で思い直す。
妹は賢く要領もよく、危険なことには自ら近づかないし、そういう匂いや雰囲気を察知する能力にも長けている。
ましてや、自分より生き方がド下手くそな、無愛想な兄になど頼ってはこないだろう。
もしもそういうことがあるとすれば、お金に困った時くらいかもしれない。とはいえ、彼女はまだ高校生で、理由があれば父か母が貸すだろう。そもそも、お金に困るような状況になどならないに決まっている。
小さい頃からそういうところは器用な子だ。
「俺より、母さんのほうが慈美の行きそうな場所、わかるんじゃないの?」
ふと、七緒のSNSの使い方が思い浮かんで、千春はそう訊ねる。
「え?」
母の声は思いの外、意外そうに震えたのだった。
「SNS、慈美もやってるんだろ?」
「………………」
母親の沈黙に、千春は首を傾げる。
「母さん?」
「…………そっか、あんたは知らないものね……」
「えっ?」
声が小さく聞き取れない。
千春が聞き返した時には、既に母は千春の望む答えを出してくれそうもない様子だった。
密かにため息を吐き、千春は改めて訊ねる。
「父さんには? 相談したの?」
「千春のところにいなければ、警察に捜索願を出そうかって──」
「そう。なら、一緒に行ってきたほうがいいよ」
母も、父も知らないと言うのなら、千春にはどうすることもできない。
自分が遠い地にいるからではない。
自分が妹にしてやれることなどたかが知れているからだ。きっと家にいても、いや、妹の今まさに隣にいられたとしても、それは変わらない。
「そう? そうね、そうするわ……」
力なく肩を落とした様子の母は電話を切った。
千春とて妹が心配でないわけはない。
思案げに画面を見つめたままでいると、後ろから声をかけられる。
「千春くん?」
七緒には話すべきだろう。
慈美とも知らぬ仲ではない。
自分よりも彼女のことを理解して、彼女の力になれそうなのは、七緒だと思った。
「慈美が──妹が、昨日から家に帰ってないって」
「慈美ちゃんが? 心配だね。千春くんは帰らなくて大丈夫?」
「えっ、いや、でも、ただの家出かもしれないし……」
「そういう心当たりはあるの?」
七緒の眼鏡の奥の目は真剣だった。
千春は考えるまでもなく首を左右に振る。
あるはずもない。
千春の中では、慈美は優等生──勉強ができるとはまた違った意味合いの──で、少なくとも父や母を心配させるようなことはしない。
「……一番あって欲しくないのは、事件に巻き込まれたってことなんだけど」
「それこそ、ないです! あいつ、そういうのには敏感だし、たとえそういう予兆があったとしても、万が一のことになる前にあいつだったらうまく躱すと思います」
「うん、僕もそう思うよ。慈美ちゃんはそういうことしないだろうね」
「慈美は?」
「もし、事件に巻き込まれたのが、ご家族やお友達だったら? どうするかな、慈美ちゃん」
「──わかりません。でも、俺はともかく母親とかだったら、全力で助けようとするかも」
「そうだね」
七緒は立ったままの千春を手招きした。
テーブルには七緒が淹れてくれたばかりの、温かいお茶がある。
「帰るにしても今すぐには難しいから、まずは落ち着こうか」
「俺は落ち着いて──」
湯呑みに伸ばした手は小刻みに震えていた。
千春は左手で抑えて、震えが止まるのを待った。
よく考えれば、器用で優等生の妹だからこそ、考えにくい状況だからこそ、不安なのだ。
優等生といっても、妹の場合は世間知らずの箱入り娘というわけではない。どちらかと言えば、千春より物事も世間も世の中の時事についてもよく知っているだろう。
「七緒さん、妹のSNSは──」
「あぁうん。見ても行き先はわからないと思うよ」
穏やかな口調で、けれど千春からは視線を逸らしながら、七緒は呟いた。
「なんで……」
彼は千春の声に被せるような形で、スマートフォンをそっと差し出してくる。
訝しげに見つめると、そこにはとあるSNSのアカウントが表示されていた。
「それが、慈美ちゃんのアカウント」
「………………」
本名は──当然だが──書いていない。
アカウント名は『はるこ』、その下に書いてある英文字の羅列はよく読むと『Haruyo_koi20△△』となっている。
「なんで、これが妹のってわかるんですか?」
「それは──慈美ちゃんに教えてもらったから」
そりゃそうか、と千春は頷く。
「確かに、このアカウントだけ見て慈美ちゃんのものであることは、たぶん知り合いの人でもわからないだろうね。女子高生で、ご両親とお兄さんがいることがかろうじてわかる程度で、それ以外に慈美ちゃん個人を特定するものは何もないと思う」
「七緒さんでも──?」
「僕はプロじゃないから。ログインした端末や、登録の時に使ったメールアドレスに電話番号なんかを調べれば簡単にわかると思うよ。まあそれは個人情報だし、調べるのは警察とかじゃないと無理だろうけど。他にも写真とか日々のルーティンとかで、どの辺りに住んでいて、家の近くには何があって、毎朝何時の電車に乗るとか、個人を特定することは難しくてもそういう境遇の人だと推測することはできるよね」
「じゃあ、妹の今の居場所がわかったりは──」
「しないだろうね。というより、慈美ちゃんがこのSNS上で今いる場所は架空の世界なんだよ」
「はい?」
言っている意味がわからない。
「よく見てごらん。見覚えがない?」
千春はまじまじと穴が開くほど見つめる。
七緒が「わかる」「わからない」ではなく、「見覚え」という単語を使ったのには必ず意味がある。
「──あ」
しばらく見つめてようやく合点がいった。
いや、正確には『理由はわからないが、これがどういう状況かわかった』と言うべきか。
「慈美ちゃんのアカウントに載っているのは、全部、君が撮った写真だよね。千春くん」
そう。あの頃、例の出来事がある前、千春が毎日のように撮り溜めた写真ばかりだった。
それをあたかも自分が生きる世界のように、慈美はさも楽しげに語っている。
自宅から自転車で行ける範囲の距離、実際に存在する場所の写真ではあるものの、具体的な土地や建物を特定できる写真は避けられている──というより、元々そういう撮り方はしなかった──のか、それらの距離的に遠くはないが近くもない写真を、そして時期も時間帯も無作為に並べれば、他人にはそれがその街として映るに違いなかった。
そういう意味で、SNSでの慈美は兄の撮った写真によって創られた世界を生きていることになっている。
これで千春の提案に対する、母や七緒の反応が芳しくなかった説明がついた。
「俺だけが、知らなかったんですね」
母の言葉が頭に浮かんだ。
『あんたは知らないものね』──。
「別に千春くんを除け者にしてるわけじゃないよ」
拗ねているふうに映ったのか、七緒がフォローする。
「いや、別にそれでもいいですけど」
自分だけがあの家族の中で浮いているのは、とうの昔に気づいていた。
正直に言えば、家族なんてどこもこんなものだろうとも思っていた。
どんなに仲が良さそうに見えても、家に帰りたくない父親がいたり、不倫に勤しんでいる母親がいたりするのだ。
綿貫家には幸い、そういうことはないと思うが、それこそ千春が知らない気づいていないだけかもしれない。
「とりあえず、山城さんには連絡しておこうか。一番近くの空港を9時前に出発する便がある。羽田行きだよ。一人で帰れるね?」
「でも、写真は──」
「言ったでしょ。SNSの良いところは、時間に囚われないところだよ。大丈夫、行っておいで。慈美ちゃんのほうが心配だから」
まだ始業前もいいところだが、山城優一は七緒が連絡すると、快く空港までの移動を買って出てくれた。
いつもより2時間近く早く駆けつけてくれた山城に何度も礼を言いながら、千春は車に乗り込む。
七緒もそのまま仕事に出るというので、空港までは3人で向かった。
気が逸る車内で、また千春のスマートフォンの着信音が鳴った。
母親からである。
七緒に目配せしつつ、千春は通話ボタンを押した。
「もしもし」
「千春? 慈美ね、見つかったって」
「えっ、どこで?」
千春の質問に対する答えとは微妙に異なっていたが、母親は搾り出すように言った。
「警察。今、警察にいるの」
「警察……?」
最悪のケースがふたつ浮かんだ。
一つは何らかの容疑で捕まった。
もう一つは逆で、何らかの事件に巻き込まれて──いや、その場合は病院になるのだろうか。
千春は巡らす思考が多すぎて、半ばフリーズしていた。
小さく電話の向こうから父の声が聞こえた。
「母さん、それじゃわからないよ」
「そ、そうよね……さっき、警察から電話があって──」
母が言葉を切る。
「ほご、保護してるって……慈美、無事だって、どこも怪我もしてないって──」
堪えていた涙が、安心感からか溢れ出たらしかった。
風月七緒はまた温泉にでも行ったのか、布団は綺麗に畳まれていて、姿も見えなかった。
嫌な予感や、虫の知らせなどは信じていない。
もしもそんなものがあったら、これまでの不運のいくつかは避けられて来ただろう。
その時、ドアの開く音がした。窓の外の海を見つめていた千春が振り返るのと、七緒と目が合ったのは同時だった。
「おはよう、千春くん。早いね」
「まあ。……七緒さんも」
千春が温泉上がりの七緒自身を指して言うと、彼はのんびりと腰を下ろして、深呼吸した。
「──旅先に来るといつもこうやってね、その土地の空気を一番に吸うのが好きなんだよ」
へえ、などと千春が気のない──千春自身はそこそこ感情がこもっているつもりの──返事をすると、千春のスマートフォンの着信音が鳴った。
時刻は午前6時を過ぎたばかり。
こんな朝早くに電話してくる人など、少なくとも千春の知り合いにはいない。
訝しげに充電中の画面を見ると、そこには母親の文字があった。
「もしもし」
「あ、千春? お母さんだけど。慈美知らない?」
「慈美? 知らないけど、なに、どうしたの」
母親の声は上擦っていて、妹の慈美の名前でさえも何度も噛みながら千春の答えを待つ余裕もなく、小さく声を漏らしている。
「昨日から、帰ってないのよ」
「えっ!?」
「もしかしたら、そっちに行ってないかと思って」
「いや……来てないけど。そもそもあいつに俺の居場所がわかるわけ──」
という以前の問題だったなと途中で思い直す。
妹は賢く要領もよく、危険なことには自ら近づかないし、そういう匂いや雰囲気を察知する能力にも長けている。
ましてや、自分より生き方がド下手くそな、無愛想な兄になど頼ってはこないだろう。
もしもそういうことがあるとすれば、お金に困った時くらいかもしれない。とはいえ、彼女はまだ高校生で、理由があれば父か母が貸すだろう。そもそも、お金に困るような状況になどならないに決まっている。
小さい頃からそういうところは器用な子だ。
「俺より、母さんのほうが慈美の行きそうな場所、わかるんじゃないの?」
ふと、七緒のSNSの使い方が思い浮かんで、千春はそう訊ねる。
「え?」
母の声は思いの外、意外そうに震えたのだった。
「SNS、慈美もやってるんだろ?」
「………………」
母親の沈黙に、千春は首を傾げる。
「母さん?」
「…………そっか、あんたは知らないものね……」
「えっ?」
声が小さく聞き取れない。
千春が聞き返した時には、既に母は千春の望む答えを出してくれそうもない様子だった。
密かにため息を吐き、千春は改めて訊ねる。
「父さんには? 相談したの?」
「千春のところにいなければ、警察に捜索願を出そうかって──」
「そう。なら、一緒に行ってきたほうがいいよ」
母も、父も知らないと言うのなら、千春にはどうすることもできない。
自分が遠い地にいるからではない。
自分が妹にしてやれることなどたかが知れているからだ。きっと家にいても、いや、妹の今まさに隣にいられたとしても、それは変わらない。
「そう? そうね、そうするわ……」
力なく肩を落とした様子の母は電話を切った。
千春とて妹が心配でないわけはない。
思案げに画面を見つめたままでいると、後ろから声をかけられる。
「千春くん?」
七緒には話すべきだろう。
慈美とも知らぬ仲ではない。
自分よりも彼女のことを理解して、彼女の力になれそうなのは、七緒だと思った。
「慈美が──妹が、昨日から家に帰ってないって」
「慈美ちゃんが? 心配だね。千春くんは帰らなくて大丈夫?」
「えっ、いや、でも、ただの家出かもしれないし……」
「そういう心当たりはあるの?」
七緒の眼鏡の奥の目は真剣だった。
千春は考えるまでもなく首を左右に振る。
あるはずもない。
千春の中では、慈美は優等生──勉強ができるとはまた違った意味合いの──で、少なくとも父や母を心配させるようなことはしない。
「……一番あって欲しくないのは、事件に巻き込まれたってことなんだけど」
「それこそ、ないです! あいつ、そういうのには敏感だし、たとえそういう予兆があったとしても、万が一のことになる前にあいつだったらうまく躱すと思います」
「うん、僕もそう思うよ。慈美ちゃんはそういうことしないだろうね」
「慈美は?」
「もし、事件に巻き込まれたのが、ご家族やお友達だったら? どうするかな、慈美ちゃん」
「──わかりません。でも、俺はともかく母親とかだったら、全力で助けようとするかも」
「そうだね」
七緒は立ったままの千春を手招きした。
テーブルには七緒が淹れてくれたばかりの、温かいお茶がある。
「帰るにしても今すぐには難しいから、まずは落ち着こうか」
「俺は落ち着いて──」
湯呑みに伸ばした手は小刻みに震えていた。
千春は左手で抑えて、震えが止まるのを待った。
よく考えれば、器用で優等生の妹だからこそ、考えにくい状況だからこそ、不安なのだ。
優等生といっても、妹の場合は世間知らずの箱入り娘というわけではない。どちらかと言えば、千春より物事も世間も世の中の時事についてもよく知っているだろう。
「七緒さん、妹のSNSは──」
「あぁうん。見ても行き先はわからないと思うよ」
穏やかな口調で、けれど千春からは視線を逸らしながら、七緒は呟いた。
「なんで……」
彼は千春の声に被せるような形で、スマートフォンをそっと差し出してくる。
訝しげに見つめると、そこにはとあるSNSのアカウントが表示されていた。
「それが、慈美ちゃんのアカウント」
「………………」
本名は──当然だが──書いていない。
アカウント名は『はるこ』、その下に書いてある英文字の羅列はよく読むと『Haruyo_koi20△△』となっている。
「なんで、これが妹のってわかるんですか?」
「それは──慈美ちゃんに教えてもらったから」
そりゃそうか、と千春は頷く。
「確かに、このアカウントだけ見て慈美ちゃんのものであることは、たぶん知り合いの人でもわからないだろうね。女子高生で、ご両親とお兄さんがいることがかろうじてわかる程度で、それ以外に慈美ちゃん個人を特定するものは何もないと思う」
「七緒さんでも──?」
「僕はプロじゃないから。ログインした端末や、登録の時に使ったメールアドレスに電話番号なんかを調べれば簡単にわかると思うよ。まあそれは個人情報だし、調べるのは警察とかじゃないと無理だろうけど。他にも写真とか日々のルーティンとかで、どの辺りに住んでいて、家の近くには何があって、毎朝何時の電車に乗るとか、個人を特定することは難しくてもそういう境遇の人だと推測することはできるよね」
「じゃあ、妹の今の居場所がわかったりは──」
「しないだろうね。というより、慈美ちゃんがこのSNS上で今いる場所は架空の世界なんだよ」
「はい?」
言っている意味がわからない。
「よく見てごらん。見覚えがない?」
千春はまじまじと穴が開くほど見つめる。
七緒が「わかる」「わからない」ではなく、「見覚え」という単語を使ったのには必ず意味がある。
「──あ」
しばらく見つめてようやく合点がいった。
いや、正確には『理由はわからないが、これがどういう状況かわかった』と言うべきか。
「慈美ちゃんのアカウントに載っているのは、全部、君が撮った写真だよね。千春くん」
そう。あの頃、例の出来事がある前、千春が毎日のように撮り溜めた写真ばかりだった。
それをあたかも自分が生きる世界のように、慈美はさも楽しげに語っている。
自宅から自転車で行ける範囲の距離、実際に存在する場所の写真ではあるものの、具体的な土地や建物を特定できる写真は避けられている──というより、元々そういう撮り方はしなかった──のか、それらの距離的に遠くはないが近くもない写真を、そして時期も時間帯も無作為に並べれば、他人にはそれがその街として映るに違いなかった。
そういう意味で、SNSでの慈美は兄の撮った写真によって創られた世界を生きていることになっている。
これで千春の提案に対する、母や七緒の反応が芳しくなかった説明がついた。
「俺だけが、知らなかったんですね」
母の言葉が頭に浮かんだ。
『あんたは知らないものね』──。
「別に千春くんを除け者にしてるわけじゃないよ」
拗ねているふうに映ったのか、七緒がフォローする。
「いや、別にそれでもいいですけど」
自分だけがあの家族の中で浮いているのは、とうの昔に気づいていた。
正直に言えば、家族なんてどこもこんなものだろうとも思っていた。
どんなに仲が良さそうに見えても、家に帰りたくない父親がいたり、不倫に勤しんでいる母親がいたりするのだ。
綿貫家には幸い、そういうことはないと思うが、それこそ千春が知らない気づいていないだけかもしれない。
「とりあえず、山城さんには連絡しておこうか。一番近くの空港を9時前に出発する便がある。羽田行きだよ。一人で帰れるね?」
「でも、写真は──」
「言ったでしょ。SNSの良いところは、時間に囚われないところだよ。大丈夫、行っておいで。慈美ちゃんのほうが心配だから」
まだ始業前もいいところだが、山城優一は七緒が連絡すると、快く空港までの移動を買って出てくれた。
いつもより2時間近く早く駆けつけてくれた山城に何度も礼を言いながら、千春は車に乗り込む。
七緒もそのまま仕事に出るというので、空港までは3人で向かった。
気が逸る車内で、また千春のスマートフォンの着信音が鳴った。
母親からである。
七緒に目配せしつつ、千春は通話ボタンを押した。
「もしもし」
「千春? 慈美ね、見つかったって」
「えっ、どこで?」
千春の質問に対する答えとは微妙に異なっていたが、母親は搾り出すように言った。
「警察。今、警察にいるの」
「警察……?」
最悪のケースがふたつ浮かんだ。
一つは何らかの容疑で捕まった。
もう一つは逆で、何らかの事件に巻き込まれて──いや、その場合は病院になるのだろうか。
千春は巡らす思考が多すぎて、半ばフリーズしていた。
小さく電話の向こうから父の声が聞こえた。
「母さん、それじゃわからないよ」
「そ、そうよね……さっき、警察から電話があって──」
母が言葉を切る。
「ほご、保護してるって……慈美、無事だって、どこも怪我もしてないって──」
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