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花柳 都子

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心配の真髄

最弱の最強

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 綿貫千春わたぬきちはるは、映画村の入り口付近で、カメラを持って待機していた。
 山城優一やまきゆういちの話によると、今日ここには2組の団体客が訪れるという。
 それ以外にもちらほらと個人客もいるようで、平日だというのになかなかの盛況ぶりだった。
 そんな中、千春は周辺の人々にさりげなく目を配り、風月七緒かづきななおの作戦を全うしようと努めていた。

 話は遡ること一日前──。
「おふたりには申し訳ありませんが、ご協力をお願いします」
 山城やまきが車内で発した提案は、意外とも想定内とも思えるそれだった。
「明日の映画村の見学は、中止か延期にさせてください」
「……つまり、山城やまきさんがおひとりで向かわれると?」
「はは、風月かづきさんは何でもお見通しですね。まぁそうなりますかね。目にしてしまった以上、たとえ何もなくても立場上、警戒しないわけにはいきませんから。もちろん、おふたりを危険な目に晒すわけにもいきません」
「……でも、犯人──爆破予告ともまだ決まっていませんが──が映画村を本当に訪れるかどうかの確証もありませんし、広い敷地だと言うなら尚更、爆破が仮に計画されているとしたら、おひとりで探すのは無謀なのでは?」
 七緒にしては珍しくストレートな物言いだった。
 山城やまきも少々面食らったようで、バックミラー越しに七緒を見る。
「もちろんスタッフにも協力してもらいますし、かくなる上は『明日の一般客の出入りは禁止』もやむなしです」
「警察に連絡は?」
「念の為しますが、公式に──というと変な感じがしますが──犯行予告があったわけではありませんから、どれだけ対応してもらえるか。いいところ、周辺の見回り強化でしょう。でも、事件が起きてからでは遅いです」
「…………そうですね。では、やっぱり今言いましょう」
 山城やまきの最後の言葉が聞いたのか、七緒が一度深く息を吸って一息に言った。
「犯行予告めいた投稿をしたのは、おそらく女性です。映画研究会なるものに所属する、都内の大学生。好意を寄せている男性がいるようですが、彼は今就職活動に苦戦中──」
「……あの、七緒さん?」
 急に何かと千春が問うが、軽く頷くだけであしらわれてしまった。
 同じようにぽかんとしている山城やまきを見据えて、七緒は続ける。
「僕には彼女が本当に爆破を予告したとは思えません」
「で、でも、投稿には確かに──」
「やはり映画か何かの台詞だとでも?」
 千春の声を遮るように、山城やまきが言葉尻鋭く、七緒に訊ねる。
「それはわかりません。本当にそういう台詞があってもなくても、彼女はたぶん、違います」
「彼女?」
 やけに強調したように感じ、千春は首を傾げる。
 なんだか一触即発の、まさに今この車の中で火花が散りあっている気がするのだが、山城やまきも七緒も至って冷静である。
 七緒が目を逸らす様子がないことを、視線で感じたのか、山城やまきが折れたようで、鼻から息を抜いて口を開く。
「その理由は?」
「彼女の普段の投稿です。確かに、彼女は映画が好きなようですね。邦画に洋画、ジャンルも問わず人気作品から名画まで実にたくさんの映画を鑑賞しています。台詞やシーンの引用も多く、朝一番に今日の一言として使用し、気分を上げているみたいですね」
 この短時間にそこまで?と千春などは思うのだが、ふたりは建設的な会話を交わし続ける。
「それなら、あの投稿もそうだと言うのではないのですか?」
「違います。あれだけ異色なんです。時間も、投稿のタイプも」
「タイプ、って何ですか?」
 七緒の言うことを疑うわけでは決してないが、千春は自分のスマートフォンで、彼女のアカウントを検索してみた。
「彼女の毎朝のルーティンは、『映画の台詞をそのまま引用すること』、そして『タイトルと年代を入れること』──っていうのは、『それ以外には何も書かない』ってことなんだよ。僕も生憎、映画全般に詳しいわけじゃないけれど、僕の知っている限りでは台詞で書かれている。彼女の心の描写は一切ない、というか、彼女の心を的確に表したのがこれらの台詞なんじゃないかと思う」
「あぁ、だから──余計な言葉はいらないということですね」
「ええ。彼女が映画好きなら尚更です。映画の台詞以上に、何を付け加えることがあるだろうかと」
「なるほど、一理ありますね。爆破予告めいた投稿には、『名場面を再現』という文言が付け加えられている。台詞を引用するなら、タイトルや年代もないと辻褄が合いません」
「えっと……忘れたとか、そういう気分だったとか、じゃないんですか? それこそほら、旅行でテンション上がっちゃったーとか」
「だとしたら、『映画の為に来た旅行』でしょ? 何より大事にしていることを、浮かれているからって蔑ろにするかな? 僕は逆だと思うよ」
「ええ、むしろこだわるでしょうね」
 千春は口を噤んだ。
 まるでそういう経験でもあるのかと思わせるほど、ふたりの目は坐っているように見えた。もう千春が口を挟んだところで、彼らの考えは変わらないだろう。いや別に変えるつもりもないのだが。
「では、もしこれが爆破予告でないなら、風月かづきさんは何が目的だと思いますか?」
「わかりません。ただ、愉快犯ではないと個人的には思います」
「私も風月かづきさんの意見を伺って、考えを改めました。ただし、結論には変わりありませんよ?」
「わかっています。山城やまきさんは、本当に爆破が起こるか否かより、万が一にも起きてしまった時の最悪の場合を考えておられるのだろうと存じています。できれば、未然に防ぎたいともお考えでしょう」
「もちろんです」
「その為に我々やいずみさんや、そして何よりお客様方に被害を出さないよう案じてくださっている」
「…………ええっと、なんでそこでいずみさんの名前が?」
「さっき、山城やまきさんはいずみさんとの電話でこう言ったんだよ。『この話は忘れて──いや、覚えておいて』って。その後、改めて連絡するとも仰っていた」
 だから?と千春は急かしたくなるのを抑えて、七緒の次の言葉を待った。
「だから、いずみさんに何かしらの役割を与えるつもりなんじゃないかと。忘れて、と最初に言いかけたところを見ると、おそらく彼女を危険な目に遭わせない為に」
「──完敗です、風月かづきさん。確かに私は、いずみが爆破予告の話を知れば、察しのいい彼女のことですから、私の明日の予定を確認するでしょう。そして、彼女自身がここにやって来る可能性さえあります」
「…………そんな上司の了解もなしに?」
「彼女に出張の許可を与える上司は私ですから。私に呼ばれた、とか何とか同僚たちを言いくるめられるだけの信用と意志の強さを持っているんですよ」
 それが長所でもあり厄介なところでもあるんです、と弱々しく笑って、山城やまきいずみのことを誉めるのだった。
「彼女が間違ってもここに来ないように、何か案を思いついたのではないですか?」
「案はあるにはあるんですが、ひとつネックなことが──」
 さすがにそれは七緒にも予想がつかないらしく、彼も千春と同じく首を傾げた。
「──経費がおりますかね?」

 そう言って山城やまきが提案したのは、この映画村で撮られた作品の中に、そういう台詞が出てくるか否かを確かめて欲しいというものだった。
 おそらく夜通し、いや明日一日かけてもこの台詞を探し出せるかどうかだろう。そもそも七緒の推理では、存在しないのだから。無いことを証明するには、全ての可能性を潰す他ない。つまり、全ての作品を最初から最後まで、一言一句漏らさず鑑賞しなければならないのだ。
 千春からすると無謀にも思えるのだが、山城やまきいずみの立場で言えば、これも仕事のうちだろう。
 山城やまきは、自分の上司に連絡を取り、さらにいずみに指示を出した。
「経費が出るかどうかはわからんと言われた。出なかったら俺が出すから、お前はとにかく映画村で撮られた作品のDVDを全部借りて、その台詞が出る作品があるかどうか、もしあったらそのタイトルと場面とそれから時間を教えて欲しい──」
「経費のことなら心配いりません」
 食い気味の淡々とした声に、山城やまきが疑問符を浮かべる。
「…………なぜ?」
「私の家に全てあります」
「………………さようですか」
「探して、あったら連絡すればいいんですね」
「頼むぞ。明日、会議室使っていいそうだから」
「わかりました」
 じゃあ、と電話を切りかけた山城やまきの耳の向こうで、「あっ」と引き留める声がした。
「何?」
「課長、気をつけてくださいね」
 その声音にはやはり、感情が大きく表れてはいなかったが、いつもよりほんの少し柔らかく、深く、千春たちの耳には届いた。
 少々驚いたようだった山城やまきが返事をしようとした時、電話は向こうから切れる。
「………………」
 しばし画面を凝視していた山城やまきは、やがてごほんと咳払いをした。
「さて、では明日はすみませんが、風月かづきさんの作戦を実行したいと思います。よろしくお願いします」
 いつも以上に深く丁寧に頭を下げて、山城やまきはホテルへと帰っていった。

 七緒の作戦とはこうだ。
 まず目的はふたつ。
 爆破予告めいた投稿の主を探すこと。
 そして、あるかわからない爆発物を探すこと。
 映画村のスタッフと警察、そして山城やまきの上司に相談したが、だろうとほとんどがそういう反応であった為、3人(+いずみ)で解決に乗り出そうと相なったわけである。
 施設内に詳しいスタッフたちと、頑なに無関係な千春と七緒を巻き込むわけにはいかないという山城やまきは、爆発物を探すことに。
 映画にそこそこ詳しい七緒はというと、映画ファンを装って、客として入り込む手筈になっている。山城やまきや千春とは、その間他人のふりをし、連絡は電話かメッセージ機能を使う。めぼしい人物に直接接触するのも彼の役目である。
 これから入れるお客さんたちは、早朝から続く爆発物探しの終わった区画から案内されていく。そこに七緒もさりげなくついていくという寸法だ。
 そして、千春は映画村の協力を得て、カメラマンとして入場時の写真を撮影する許可をもらった。
 この写真が犯人を見つける手段となるかもしれない。
 爆破予告めいた投稿のアカウントには、はっきりと顔は写っていないものの、自撮りや友人たちとの写真も投稿されていた。
 現地で撮った写真に似ている人がいれば、ターゲットを絞り込める。
 なぜそんな物騒なことをしたのか、直接問いただそうというわけである。そしてもし本当に実行しようとしているならば、何が何でも止めなければならない。
 若さゆえの「こういう投稿をしたらこうなると思わなかった」という無知からくる過ちなら、それはそれで構わない。
 むしろそうであって欲しい──。
 3人は映画村のそれぞれ違う場所で、心からそう祈っていた。
 
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