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花柳 都子

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新天の志

新参者の就職

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 約束通り今日も朝の9時に迎えに来た山城優一やまきゆういちだったが、そこにはもうひとり綿貫千春わたぬきちはる風月七緒かづきななおに縁のある人物が立っていた。
「おはようございます。すみません、実は諸事情で彼女──いずみと言いますが──を、目的地まで同行させても構いませんでしょうか」
「ええ、もちろん」
 愛想よく頷く七緒に合わせて、千春も同意した。
 そう。いずみは、千春と七緒がY県に初めてやって来た日、打ち合わせの席にミックスジュースを運んでくれた彼女である。そして、その後のラーメン屋でもな注文でもって、ふたりは一方的にお世話になっている。
 山城やまきがいつも通り運転席に、助手席にはいずみが座り、後部座席に運転席側から七緒と千春が並ぶ。
 今日の最初の目的地は市内のホテルである。何でも今日はそこでとあるイベントが行われるそうで、これからその取材に向かうのだ。
「昨夜は遅くなってすみませんでした。その代わり、今日の午後は比較的自由に動けるので早めに終わることもできますから」
 山城やまきは前を見ながら、これまたいつも通りに快活に話す。
 一方、隣のいずみは黙って座っているだけだった。朝の挨拶を交わしたくらいで、彼女自身は何も口を挟んでも来なければ、愛想笑いすらしなかった。
 山城やまき曰く、彼女は無愛想であるものの地元への愛がないわけではないだろうということだったが、当のいずみにそんな素振りは全く見られない。
「これから向かうのは市内のホテルですが、大体20分もかからず着きます。軽くご説明すると、今日のイベントは合同就職説明会です」
 ──合同就職説明会?
 千春は首を傾げる。確かに自分には縁のない世界ではあったが、文言から内容自体は想像がつく。
 けれど、旅雑誌のSNSに何の関係が? と思わなくもない。観光が目的ではないにしても、畑が違いすぎやしないだろうか?
「県内からおよそ100社以上が集まって、午前と午後に分かれ、説明会を行います。参加者は新卒・中途や県内在住かどうかを問わず、申込さえ済んでいれば誰でも可能です。ちなみにいずみは、担当部署ではありませんが、受付要員として手伝いに」
 ね? といずみに視線を向ける山城やまきだったが、さりげなく無視されてしまった。
 おそらく今に始まったことでもないのだろう。苦笑いした山城やまきは、説明を続ける。
「Y県では数年前から、観光と同じく、Uターン・Iターン・Jターンに力を入れています。メインターゲットはもちろんUターン希望の新卒者ですが、できるだけ間口は広く、Iターン希望の県外の学生やJターンを検討する現社会人にも、そして転職を考えているあらゆる人にもまずは来ていただく。説明会だけの参加ももちろんOK。最終的に就職するか否かよりも、現時点では全体的な知名度を上げようと定期的に行っているイベントです」
 就活用語(?)はよくわからなかったが、まあ有り体に言えば『県内での就職や仕事を考える全ての人』という解釈で合っているだろう。
 それよりも気になるのは──。
「…………観光とは、何か関係が?」
 千春からの率直な意見に、承知しているとばかりに山城やまきは大きく頷く。
「直接的にはありませんが、のんべんだらりと観光を考えるより、何か明確な目的があったほうが、たとえこんなでも来やすいですよね」
 ちらりと山城やまきいずみに目を向ける。わざわざ強調したところを見ると、あえていずみの前で使って、ある種、彼女を試しているのかもしれなかった。
 しかし、これといった反応はなく、気を取り直して山城やまきは話を続けた。
「見知らぬ土地、それもY県なんて言葉でしか聞いたことがないという人でも、就職説明会に行ったついでに観光もして来ようとか、逆に観光に行くついでにどんな企業があってどんな仕事があるのか知ってもらえれば、それだけY県の知名度アップ、ひいては人口の増加と、県全体のブラッシュアップに繋がります。そうすれば、自然と県内をアピールしたいと観光にも力が入っていくはず。せっかく県で主催しているのですから、小さな枠組みではなく、もっと県そのものを豊かにする大きな目的でもって、活性化させていこうという主旨なんですよ」
「………………なるほど?」
 ピンと来ていない千春を見かねたのか、七緒が穏やかに口を開く。
「たとえば僕たちは、観光に行った先で、メインの観光地だけじゃなく、色んなお店や宿泊施設にも立ち寄ることになるでしょ? 人柄や雰囲気が良かったら、こういうところで働いてみたいとか、こんな素敵な街なら住んでみたいとか、そうしたら働き口の選択肢もあったほうがいいよねとか、考えると思わない?」
 ──確かに。
 千春がこくりと頷くと、七緒が「じゃあ」と笑う。
「じゃあ、説明会があるっていうなら行こうかな、と思ってくれる人が中にはでてくるはず。それがたとえ100人中のたった一人でもいいんだよ。その輪がいつかどんどん広がって、県全体が就職しやすい、働きやすい、そして誰もが来やすい場所になったら、観光業だって必ず恩恵を受ける。あくまで長い目で見ればの話だけど、そういうコツコツとした地道な努力って馬鹿にできないものだからね」
 ふと、助手席の彼女が身じろぎした。こちらを振り向こうとしたけれど、すんでのところで思い留まったようにも見えた。
 山城やまきもそれに気がついたのか、またちらりといずみのほうを窺ったのが、千春からはよくわかった。
 彼の案内通り、15分ほどで目的のホテルに着いた。
 説明会は10時半からだそうで、約一時間前の会場は慌ただしく準備中であった。
 ちらほら企業側の担当者らしき人も見かけたが、参加者はまだ誰も来ていないようだ。
 いずみも事前の支度があるのか、車を降りると千春たちに黙ったまま一礼して、会場の奥へと消えていった。
「時期的に今は就活の動きが活発ですが、今週末にはこの同じ会場で、婚活パーティーも行われるんですよ」
「婚活?」
「ええ。もしよろしければおふたりも──って、お相手の方はもういらっしゃいますかね」
「その婚活も就職や観光と同じコンセプトで?」
 さらりと受け流す七緒に、特に気を悪くしたふうもなく山城やまきもさらりと答える。
「そうですね。まずはこの地に来ていただくことが最初の一歩ですから。ただまあ、どちらかと言えば、就職や観光は一時的なものでも、結婚というとそう簡単にはいきません。場合によっては将来を左右する決断になる方もいるでしょう。都会と違って、大なり小なりしがらみもあります。若い人たちの中には結婚して県を出ていくという人もいます。けれど逆に、地方の相手との結婚を夢見る人だっていて、その人たちの足がかりになればいいなと。最終目的は結婚でも、わりとどの世代にもどの考え方の人にもオープンなカジュアル派から、真剣に結婚ひいては移住を考えているという層に向けて空き家まで紹介する本格派、多種多様なニーズに応えられるよう、毎回試行錯誤しています。ちなみに私は、妻とは死別していて子供もおりませんから、今は独身です。たとえば、そういう人に向けて、再婚などの再スタートや余生を田舎で過ごしたいという熟年層やご高齢向けのものもあるんですよ。相手を見つけるところから始める婚活とは別に、移住を目的とするご夫婦ご家族の支援なんかも積極的に行っています」
 千春は準備中の会場の写真を撮影しながら、山城やまきの話に耳を傾けた。
 七緒に先日の観光施設の取材も含め、どう使うのか訊ねたところ、観光施設は主に本誌用、今回のような一見観光に関係なさそうなことはSNS用とするようだった。
 山城やまきは基本的に、七緒が千春の写真をどう利用するか、また取材をどのように活かすかについては一切タッチしないスタンスらしく、『おふたりが感じたままの姿をどうか発信してください』と懐の深いことを言う。
「これは余談ですが、地方の公務員は大体みな結婚が早いです。私も25の時に結婚しましたけれど、暗黙のルールというわけでは決してありませんが、公務員たるもの早く身を固めろという風潮は確かにあります。結婚すれば信頼度も高くなるんですよね、なぜか。私はそういう風潮はもう古いと思いますし、若い世代にはできるだけ無縁でいて欲しく思います。けれど、いずみもそうでしょうが、やはりこの地にいれば嫌でも感じることでもあります。そういう目には見えないがなくなれば、もっともっと過ごしやすい世の中になると思うんですがね。婚活では伝えたくても伝えられない──仕組み的にも精神的にも──大人の事情というやつです」
 ──思ってた結婚生活と違う! となっても、現状では責任を取れないということなのだろうか。
 千春は写真撮影を続けながら思う。
 就職も結婚も、たとえどんなに真っ新な状態から始まっても、どんどんその色が濁っていったら、ここに来た意味を見失う人だって出てくるかもしれない。
 山城やまきや七緒、そして今このレンズの中にいる全ての人の努力を目の当たりにしているからこそ、なんだかやるせない気分になってしまった。
 ──けれど、と千春は思い直す。
 それこそその未来を作っていくのもまた、山城やまきたちであり、この県を素敵だと良くしたいのだと思う人々の願いでもあるのだと思う。
 そうしたら、まだまだ味気のないこの写真をいかに輝かせられるだろうか、と千春は柄にもなく心が躍った。





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