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魔性の女たち①

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"生意気そうな女"
というのが、北森 景子(きたもり・景子)に神田亮介が最初抱いた印象だった。


つり目でキリッとした女優の様な顔立ち。
細い眼鏡とタイトなパンツスーツがよく似合っている。


新人の歌手の灰吹 美名(はいぶき・ひめ)の事に集中したいから、と綾波がマネージャーの後任を探していた処に、智也の父の古い知り合いを通して紹介された24歳の女。




景子は、メンバーとの初顔合わせの待ち合わせに20分以上経っているがまだ現れない。
高級ホテルのロビーで珈琲を啜りながら亮介はテーブルを指でトントン弾き始めた。


三広も頬杖を付き、スマホを弄っている。


野村は先程から眠たそうにしていたのだが、ソファに座り俯き手を組んだまま、完全に寝ていた。


祐樹は溜め息を吐き、
「まあ、初めての待ち合わせは、ちょっと遅れて印象付けたりとか、俺良くやったな~」
と笑った。



「祐樹……デート違うだろ」


亮介は呆れた。



「ちょっと遅いな……」


綾波が時計を見た。


「綾ちゃん~どうしてもマネージャー代わるの?
なんか俺、不安だよ……」


そう言って、三広が手持ち無沙汰そうにテーブルの上のメニューを見始めた。


綾波が一緒に覗き込む。

「う~む。小腹が減ったな。甘いもんでも頼むか」


「綾ちゃん」


咎める様に見る三広の頭を綾波がポンと叩いた。


「情けない顔をするなリーダー!結成してからバンドを引っ張ってきたのはお前だろ?
もうお前達は俺が居なくても大丈夫だ」


「そんな事言って、美名ちゃんと居る時間を増やしたいだけだったりして~?」


亮介が言うと、綾波は眼鏡の中から鋭く睨んできた。


「ひょえ~怖い怖いっ」
「目で殺されちゃうボクたち~」


亮介と三広は身を寄せあい綾波を指差して大袈裟に騒いだ。



綾波は聞こえないフリをしながら指を鳴らしホテルの従業員を呼ぶ。


「イチゴスペシャルショート五つ、いや六つ」


「六つ?」


祐樹が目を丸くすると綾波は当然の様に

「俺が二つ食うのさ」


と答える。



「まあ、後任の北森さんもまだ若いし、色々と至らない処もあるだろうが、女性マネージャーの方が、かえってお前らもダラけなくて良いんじゃないか?」



ケーキが運ばれてくると、綾波は丁寧にセロファンを取り口に運んで頷いた。

気に入ったらしい。



祐樹は苦笑いする。


「まあ~確かに。
俺らだけだと馴れ合っちゃって脱線する事もあるしな~特にそこの二人!」


ビシッと指された亮介と三広はビクッと体を震わせた。



「――お、俺ら?」
「な、なんでっ」



「そうだよお前らだ!
いつも寄っつき引っ付きしてイチャコラ仲良しもいいけどな、そろそろ女作れ!
ファンの間でゲイ疑惑が出るぞ!」


「まあ、ミュージシャンたる者、そういった噂もミステリアスで良いと言えなくもないがな」



祐樹は面白がって手を叩き、綾波は二つ目のケーキを口に含んで事も無げに言う。



三広は真っ赤になり立ち上がった。


「じ、冗談じゃないよ――俺だって好きな女の子位……あっ」


慌てて自分の口を押さえるがもう遅かった。


祐樹に腕を掴まれ身動き出来なくされて、綾波にフォークで腹をツンツンつつかれて尋問が始まる。



「ほう~そりゃ初耳だな~」


「まあ、大体予想はついてるがな。
三広、お前の口から釈明してみろ」




綾波のフォークがつつ、と移動して三広の首筋を刺激した。


「ひ、ひいいっ……うきゃっ」



「どこの誰だよ!
俺が!上手くいく技を伝授してやるから、さっさと教えな!」



「さあ、吐け!」



フォークがうなじの辺りを巧みにつつくと、そこが敏感な場所なのか三広は白目を剥いて悶えた。


「ひいっ……よ、よして……ぎゃ」



いつもはその悪ふざけに参加する亮介だが、今日は何故か加わって三広を弄る気になれず、ホテルの雰囲気にそぐわない自分達の振る舞いが気になって顔をしかめていた。


三広の小さな身体はソファーに埋もれ、祐樹と綾波にフォークや指で色んな場所を責められ奇妙なうめき声を上げている。

この騒ぎの中、野村はまだ爆睡している……



(全く。
綾ちゃんは俺たちよりも幾つか歳上の癖に、ワルガキみたいな処があるしな……
普通は祐樹の悪ふざけを止めるのがマネージャーだろうに。
……あ、そっか。
もうマネージャーじゃ無くなるのか……)


ぼーっと考えていたが、二対一の責めは益々エスカレートして、綾波は三広のシャツを捲り擽っている。



側を通るホテルのボーイが怪訝な目で見ていた。


亮介が二人を止めようとした時、ふとホテルの入り口から走り込んで来た女が目に入った。




その女は、ぱっと見た目、美人だった。
気の強そうな目を、細い眼鏡が強調していて、黒のパンツスーツは長い手足を余す処無く見せつけている。

髪は高い位置で結わえられて綺麗にシニヨンの形になり、後れ毛が揺れている。

キョロキョロしながら走って、フロントの前で派手に転んでハイヒールが亮介の所まで飛んで来た。


亮介がハイヒールを見事にキャッチすると、見ていたメンバーや他の客からおおーっと歓声が上がる。


「あ、いや、どうも」


何故か亮介は回りに会釈しながら、転んで足を挫いたのだろうか、動けないでいる女の所へ歩いていき、しゃがんで手を差し出した。


女は一瞬鋭い目で見てきた。
抉るようなキツい眼差しに、亮介はビクリとする。
女は、上から下までジロジロと見ると、突然表情を変えた。


ニッコリ笑って、首を傾げる。


「あの……クレッシェンドの神田亮介さん、ですよね?」



「え、はい、そうですけど」


亮介はハイヒールを差し出した。


女は小さく頷いて受け取り優雅な仕草で華奢な足に靴を納める。


その流れに思わず見とれていたが、女は亮介に無遠慮な視線をまた向けた。


亮介は戸惑った。
多分、自分より年下の女で美人だが何か引っ掛かる。
自分は人を滅多に苦手だとか嫌いとか思わないのだが……



「西本さんは、何処にいらっしゃるの?」


「え?他のメンバーですか?」


亮介がちらっとメンバー達を振り返ると、女は祐樹を見付けた様だ。


足取り軽く走っていく。


「ち、ちょっと君!」


危なっかしいなと思っていたら案の定、メンバーの目の前でつまづいた。


――あちゃあ!バカ!


亮介が駆け寄ろうとした時、祐樹が女を抱き留めた。



「大丈夫ですか?」


祐樹がニッコリ笑うと、女の目が一瞬ギラリとした。



――錯覚だろうか?

亮介は目を擦る。


女は祐樹を上目遣いでじっと見つめて何も言わない。


祐樹は笑顔のまま、首を傾げた。


「あの……?何処かでお会いしましたか?」


ただ事ではない女の様子に、三広は目を丸くしている。

綾波はニヤニヤして祐樹を小突いた。



「お前の昔の女じゃないのか?」


「え?いや、初対面だよ?……俺がそんなにあちこちに手を広げてたと思う?」


「広げてただろうが」


「……綾波……誤解を招くような発言は止めてくれ!」



不穏な雰囲気に、寝ていた野村も目を醒まして、事の成り行きを見ている。



「あの、違うんです、ごめんなさい!」


女は掴み合いを始めそうな二人の間に割って入ると、一枚の名刺を綾波に差し出した。



綾波は名刺を見て方眉を上げる。



「北森、景子さん……
ああ、貴女が、岸会長の紹介の?」



景子は口角を上げて笑う。


見事な笑顔だった。


その場にいた人間は皆、その笑顔で景子を信用してしまった様に見えた。

それだけ品の良く、控えめかつ華やかさも滲み出る笑顔だった。


ただ、亮介だけは何かが引っ掛かっていた。



景子は祐樹を見て、頬を手で隠してはにかむ様な仕草をする。



「私……クレッシェンドの、西本さんの大ファンなんです……
まさか、こうしてお会い出来るなんて……夢みたいに嬉しいわ」


祐樹は景子の熱い憧れの視線を受け止めて、優美に笑う。


亮介は内心苦い思いで見ていた。


(祐樹……また自覚無しに女に愛想振り撒いて……お前には大事なほなみちゃんが居るだろうが!)




「マネージャーの経験は、少ししかないんですが……頑張ります」


「何かあればすぐに俺に相談してくれればいいぞ」


綾波が言うと、景子は頷いて、また祐樹を見つめた。



祐樹は頭を掻く。


「何か、俺の顔についてる?」


「ごめんなさい!つい見とれてしまって」



三広と野村が祐樹を睨む。


「祐樹――!この女ったらし――!デレデレしてんじゃないぞ!」

「ほなみちゃんに言いつけるぞ!」



「デレデレなんかしてねえよ……頼むから人の家庭を掻き回さないでくれよなお前ら」



景子は突然俯いて肩を震わせた。



「どうしたの?気分でも?」


祐樹が顔を覗き込むと、景子は目を潤ませて見つめ何か言ったが、声が小さくて聞こえない。
が、祐樹は目を丸くしている。


「そろそろ時間だな。
北森さん、一緒に色々と挨拶回りに……
志村さんの所や懇意にしているスタジオとか、サーっと行って来よう。
もうアポは入れてある」


綾波が時計を見た。


景子は目を拭うと背筋をシャンと伸ばし、気持ちの良い返事をした。


「はい!」


「じゃあ、行くか……
お前ら、これからは北森さんがマネージャーだ。だが俺の時みたいに頼りにばかりするなよ?
自分達でも考えて行動するんだ。
あと、俺も美名の事があるが……クレッシェンドのマネージメントを完全に辞めるわけじゃないから安心しろ。
何かあればすぐに言ってこいよ。じゃあな」



景子はメンバーにお辞儀をして、祐樹にちらりと魅惑的な流し目を送ると、綾波と共にホテルを出ていった。



「はあ~美人……」


三広がバカみたいに口を開けて景子の後ろ姿を見ていた。


「まあ綾波みたいな嫌味な男より、色んな受けはいいんじゃない?」


祐樹はケーキを口に含み幸せそうに無邪気に笑う。


「なあ、さっき何か言われてたろ」



亮介が聞くと、祐樹は一瞬真顔になったが、誤魔化そうとしている。
メニューを見ながら

「ここのケーキイケるな~!ほなみに買って帰ろうかな」

と、ヘラヘラ笑っている。


メニューを取り上げて亮介は真剣に祐樹を見つめた。


「なんか、口説かれてなかった?」


「ええ――!?」
「……やっぱり?」


三広は相当驚いて叫んだが、野村は納得して頷く。


祐樹は頭を掻いた。


「いや……"奥さんが、羨ましいです"て言われたけど……」


「あの雰囲気は、祐樹、お前に惚れてる、ていうかモーションかけてる!絶対!」


亮介が断言すると、祐樹は珈琲を飲み干して爽やかに笑う。



「いや……別にだからって何じゃないし。俺はほなみ以外見てないから」



「ゆ、祐樹――!そ、その言葉に二言はないよなっ?泣かすなよ!ぜっったいに!ほなみちゃんを泣かすなよ――!」


三広が涙目になり祐樹の胸ぐらを掴みガクガク揺らした。


「……わあっ ……てるってば……てか、お前が……もう泣いてるじゃんか……」


祐樹は目を白黒させながら笑う。

 

「ううっ……約束だぞ祐樹い!
破ったら、破ったら……俺はクレッシェを脱退してやる――!」



「おいおい、冗談だろ」


「冗談じゃなくて、本当にそう思うんだよ!」


三広は涙を袖で拭い、真剣な目をした。


野村も腕を組み三広の話を聞く。


「クレッシェは、祐樹は、ほなみちゃんとの出会いがあったからここまで成長出来たと俺は思ってる……
ほなみちゃんと会って、祐樹も凄く変わったし……
大変な事も色々あったけど、皆で乗り越えて来れた。
これが以前の俺らなら空中分解していたかもよ?」


「うんうん。たまにはお猿もまともな事を言うよな!」


「そうお猿……て、亮介え――!」


怒る三広の鼻からつつ、と鼻血が流れる。


「あんまり興奮すんなよな……ちゃんと俺もわかってるから」


祐樹は紙ナプキンを三広の鼻に宛がい苦笑した。

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