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危険な合宿?
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志村は、何と大型マイクロバスで迎えに来ていた。
マンションから少し離れた道の路肩に停まっているバスを見た時、美名は口をあんぐり開けた。
出発前、綾波は志村に散々説教されていて、話が出来なかった。
志村は疲れたのか、最後には
「も――いいわ……とにかく、デヒューは一ヶ月後!それに向けての必要な合宿だからね!
綾波君?わかってるわね?」
と半ば自棄気味に言って、美名と桃子をバスへ乗せた。
乗り込む時に綾波を見たら、優しい瞳とぶつかり、胸がきゅうと締め付けられ、泣きそうになる。
大きなバスの中では、翔大始めメンバー達はそれぞれ離れて座っていた。
乗り込んだは良いが、前の座席に居る倉田真理にいきなりガンを飛ばされてしまい、内心ビクつきながら曖昧に笑って会釈した。
「女ぁ。お前、マネージャーとイチャコラして遅くなってんじゃね~よ!」
「うっ……」
「ちょっと!あなた失礼!女!じゃなくてお姉ちゃんには”美名”て名前があるんだからね!」
後ろから桃子が抗議する。
今日の桃子は、翔大が居る安心感があるのか、攻戦的バージョン桃子だ。
真理はふんと鼻を鳴らした。
「はいはい、ヒメ様ね……で、ヒメ様はどんなプレイで楽しんで来たのかな?」
無遠慮に、美名の身体を上から下までジロジロ見てニヤリと笑った。
「真理、よせ」
一番後ろに座る翔大が静かに言った。
「ふんっ……」
真理は美名から目を逸らすと、顔に漫画雑誌を載せて腕を組んだ。
――シャットアウトされてしまった……
美名はドーンと肩を落とすが、翔大がニッコリ笑う。
「気にすんなよ。真理は誰にでもこうなんだよ」
「外面も内面も悪いわけ?終わってるね」
毒を吐きながら桃子が中央の席に座ろうとすると、そこには丁度由清がいた。
「うわっびっくりした!」
由清が声を上げた。
「あれ、アンソニーそこに居たんだ~意外と存在感希薄だね」
「なっ……ひ、ひどい」
由清は青ざめた。
「お姉ちゃん、座ろうよ」
桃子に促され、美名は真ん中より後ろの席の窓際に腰かけた。
外では、綾波が志村と話している。
窓から視線を送っても気がつかないのだろうか。
桃子が通路の真ん中に立ち、確認するように皆の顔を見た。
「え――と、この常に険しい顔した失礼な男が倉田真理……視線がおどおど自信なさげな気弱なヒョロヒョロ王子アンソニー……と、誠実日本男児、旦那様にしたいランキングでいったら多分ベスト3に入るかもね?しょう君……このメンバーがjunkの皆様でいいのかな?」
「おい……喧嘩売ってんのかこの変な眼鏡女!」
真理が漫画を顔からどけて怒鳴る。
「おどおどヒョロヒョロ……う……確かに」
由清は座席の上で膝を抱えて俯きブツブツ言っている。
「皆さん、何か食べれない物はありますか?」
桃子が眼鏡の奥の目を光らせて言う。
「俺は特に無いよ。何でもいけるよ……あ、目玉焼きだけは半熟の方がいいかな」
翔大は美名をちらりと見て笑う。
由清は遠慮がちに手を挙げた。
「え……と生物が苦手です」
「はいはい」
桃子はメモを取る。
「俺はピーマン人参ほうれん草カボチャ、存在感のある玉ねぎだな」
真理の言葉に桃子は目を剥いた。
「何それっ子供か!?
それに存在感のある玉ねぎって何よ!」
「だからさ~正体不明になるくらいクタクタになった玉ねぎなら許すけど、デッカイ奴は駄目だ!絶対に許せん!」
「わっがままねえ――!あんた、何を食べて生きてるのよ?肉肉肉?プロテイン?見るからに筋肉バカっぽいもんね――はいはい。了解!合宿中好き嫌いを克服させてあげるからねっ!」
真理はうえーっと吐く真似をする。
「作ったものを粗末にしたら殴るからね!」
「もう殴ってるじゃないかお前!」
「まあまあ、二人とも」
桃子と真理の間に翔大が割って入った。
美名はバスの窓越しに綾波を見つめる。
何を話して居るのだろうか。
志村に肩を叩かれ、形の良い唇を歪めて笑っている。
たった二日間……
そう言い聞かせているけど、今から寂しくて堪らない。
(この間初めて会ったばかりなのに、私はこんなに夢中になってしまっている。
二日の間に、まさかあの電話の人と会ったりしないよね……?)
最悪なタイミングで、電話で聞いた高い声を思い出してしまった。
甘く柔らかい声。
一体誰なの?
どんな人なの?
何気なく聞いてしまえば案外、何でもないことなのかも知れない。
でもどうしても勇気が出なくて日にちが経ってしまった……
そして三日近く、離ればなれ……
志村がバスに乗り込んで来た。
「さあさあ皆さんお待たせ~!
こら真理君!座りなさいね?桃子ちゃんも翔大君も!
合宿が始まる前から仲良しになったみたいで嬉しいわ~」
「仲良しじゃねーよ!」
「絶対に違います!」
真理と桃子が同時に叫ぶ。
志村はニッコリ笑うと運転手に声をかけた。
バスのエンジンがかかる。
志村は前の席に座り背伸びをした。
「さあ~長野に向けて出発よ!出発、進行~!」
張り切って拳を突き出すが、車内はしーんとする。
「あれっ?皆ノリ良くないわね?記念すべき
"princes & junky"
の第一歩よ?気合い入れていきましょうよ!」
「ぷりんせすあんどじゃんきー?」
桃子が聞き返すと志村はニヤリとした。
「そうよ"princes & junky"
あなた達のバンド名よ」
「ふ――ん」
「へえ――」
「はあ――?」
様々な声がバスの中で交錯するが、志村は咳払いした。
「美名ちゃんの可愛らしさとjunkの攻撃的な野獣みたいな格好良さで核融合を起こしましょう!」
真理が思いきり欠伸する。
「このオッサン何を言ってんだかわかんねえや」
志村はニッコリ笑うと真理の腕をさっと一纏めに掴み、頬にブチュッとキスした。
「ヒャアアアア」
「ギャアアアア」
当の真理も見ていた由清も絶叫する。
ガタガタ震える真理を離すと、志村は自分の唇をなぞって妖しく笑った。
「私ねえ、言うこと聞かないワルガキみたいな子、苛めるの好きなのよぉ~」
翔大も桃子も唖然とする中で、美名は外に居る綾波と見つめあっていた。
外から眩しそうに見上げる綾波が、何かを言った様に見えた。
「え……何?」
「……」
エンジン音に掻き消されて聞こえない。
「言うことを聞かない子は、私からお仕置きがあるからねえ――?覚悟しなさいよっ!」
「ひい――っ」
「いきなり恐怖政治かよ!」
バスの中では志村と真理と由清が騒いでいた。
美名は、綾波の髪が風に靡くのを見ていたら、胸が耐えがたい位苦しくなり、気が付いたら席を立ちバスを降り、彼に抱き着いていた。
力強い腕が躊躇無く美名を抱き締める。
低い笑い声が耳元で聞こえた。
「そんなに俺が好きか?」
「あ、当たり前じゃないのっ……」
「仕方がないな……」
綾波はポケットから何かを出すと、美名の髪を肩に流した。
「ちょっと目を瞑れ」
「な、何?」
「いいから」
目を閉じると、耳にヒヤッとした感覚が走る。
「良く似合う……」
綾波は優しく笑って居る。
「……イヤリング?」
耳に触れると、視界に愛らしい白い花が揺れるのがわかる。
「か、鏡で見たい~!」
「大丈夫だ。綺麗だ」
ドキリとして、頬が熱くなった。
「帰ってきたら、ご褒美にやるつもりだったが……まあいい」
「嬉しい……」
綾波の瞳が揺れたのが見えた時に唇が重なった。
甘く幸せな気持ちが溢れて来る。
ゆっくりと離して、綾波は頭を掻く。
「バスの中がえらい騒ぎだぞ」
「あっ」
志村がまた般若の形相で綾波に何か怒鳴り、真理は中指を立ててこちらを睨み、桃子は口をポカンと開けて真っ赤になり、由清も呆然として見ている。
翔大は無表情に見えたが、唇を噛んでいる。
「気を付けろよ……美名」
「うん……大丈夫」
「気を付けろよ、て意味が分かってるのかお前は」
「う……分かってるよ……そろそろ戻らないと……」
「もう一度見せつけてやれ」
「あっ」
美名は、腰を引き寄せられ、口付けられた。
それは、甘く身体が疼いて、このまま綾波に好きにされたいと思ってしまう位激しい物だった。
「ん……もうっバカ!」
唇が離れた途端、美名は恥ずかしくて綾波の頬を打ってしまう。
「照れるなよ……そんなに目を潤ませてるクセに……我慢出来なくなりそうか?」
美名の手を掴んでキスして、ギラリと瞳を光らせる綾波は本物の獣みたいだ。
「も、もう!知らない!」
「帰ってきたら、たっぷり可愛がってやる……」
「ひゃっ!」
耳元で囁かれて美名は飛び退いた。
「いい加減にしませんか」
不意に背後から腕を掴まれて綾波から引き離され、振り向くと、静かに目の中に闘志を燃やした翔大が居た。
綾波は肩を竦める。
「わかってるさ……美名、じゃあな……」
「うん……」
「行くよ、美名」
美名は、翔大に引っ張られバスのステップに足を掛けてもう一度振り返る。
綾波が笑って手を振った。
胸が痛くて泣きそうだったが、翔大に手を引かれて席に座った。
「おい?いい加減にしろよ女あ!お前、やる気あんのかよ!そんなに男とイチャコラしたいなら帰れよ!」
「真理!」
突っかかってくる真理を翔大が止めた。
美名は涙を堪え、顔を上げて志村を見た。
「志村さん……すいませんでした……
私、やりますから……
princes&junkyを、誰にも負けないバンドにしてみせます!」
志村はニッコリ笑って美名の肩を叩いた。
「いい顔をしてるわ、美名ちゃん!そうよ、頑張りましょうね!さあ、今度こそ出発よ~!」
志村の掛け声でバスは動き出した。
窓から次第に小さくなる綾波の姿を暫く見ていたが、見えなくなるまで遠くまで来てしまうと、不意に涙が溢れた。
「何だあ?早速泣いてんのかよ!」
真理が前の席から、からかってくる。
「お姉ちゃんをいじめるな!」
桃子はクマの編みぐるみを真理に投げた。
見事に命中して、ムッとした真理は投げ返す。
「何すんだワレえ!」
「何よいじめっ子――!小学生なの?」
「そういうお前はシスコンか!痛いな!」
二人の間でクマが何往復もする。
「んも――!静かにしなさい!」
志村が声をあげた時に、美名のスマホが震動した。
綾波からのメールだった。
『美名、お前と離れるのはかなり物足りないが、夢を叶える第一歩だ。頑張れ。
それと、そのイヤリングな。マーガレットの花だ。
花言葉を知ってるか?
"真実の愛"
……二度とこんな恥ずかしいメールしないからな。
愛している。
帰ってきたら、覚悟しろよ』
涙が溢れて、画面に滴が落ちて、慌てて指で拭った。
「美名、大丈夫?」
翔大が声をかけてきたが、美名は笑ってみせた。
「大丈夫!」
その満開の笑顔に、翔大は複雑な思いだった。
指でイヤリングに触れると、いとおしさが込み上げてくる。
(――この時、私は思ってもいなかった――
同じマーガレットのアクセサリーを剛さんが他の人に贈った事があるなんて。
そしてこのイヤリングが元で、ゴタゴタが起こる事も……)
マンションから少し離れた道の路肩に停まっているバスを見た時、美名は口をあんぐり開けた。
出発前、綾波は志村に散々説教されていて、話が出来なかった。
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綾波君?わかってるわね?」
と半ば自棄気味に言って、美名と桃子をバスへ乗せた。
乗り込む時に綾波を見たら、優しい瞳とぶつかり、胸がきゅうと締め付けられ、泣きそうになる。
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「女ぁ。お前、マネージャーとイチャコラして遅くなってんじゃね~よ!」
「うっ……」
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後ろから桃子が抗議する。
今日の桃子は、翔大が居る安心感があるのか、攻戦的バージョン桃子だ。
真理はふんと鼻を鳴らした。
「はいはい、ヒメ様ね……で、ヒメ様はどんなプレイで楽しんで来たのかな?」
無遠慮に、美名の身体を上から下までジロジロ見てニヤリと笑った。
「真理、よせ」
一番後ろに座る翔大が静かに言った。
「ふんっ……」
真理は美名から目を逸らすと、顔に漫画雑誌を載せて腕を組んだ。
――シャットアウトされてしまった……
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「気にすんなよ。真理は誰にでもこうなんだよ」
「外面も内面も悪いわけ?終わってるね」
毒を吐きながら桃子が中央の席に座ろうとすると、そこには丁度由清がいた。
「うわっびっくりした!」
由清が声を上げた。
「あれ、アンソニーそこに居たんだ~意外と存在感希薄だね」
「なっ……ひ、ひどい」
由清は青ざめた。
「お姉ちゃん、座ろうよ」
桃子に促され、美名は真ん中より後ろの席の窓際に腰かけた。
外では、綾波が志村と話している。
窓から視線を送っても気がつかないのだろうか。
桃子が通路の真ん中に立ち、確認するように皆の顔を見た。
「え――と、この常に険しい顔した失礼な男が倉田真理……視線がおどおど自信なさげな気弱なヒョロヒョロ王子アンソニー……と、誠実日本男児、旦那様にしたいランキングでいったら多分ベスト3に入るかもね?しょう君……このメンバーがjunkの皆様でいいのかな?」
「おい……喧嘩売ってんのかこの変な眼鏡女!」
真理が漫画を顔からどけて怒鳴る。
「おどおどヒョロヒョロ……う……確かに」
由清は座席の上で膝を抱えて俯きブツブツ言っている。
「皆さん、何か食べれない物はありますか?」
桃子が眼鏡の奥の目を光らせて言う。
「俺は特に無いよ。何でもいけるよ……あ、目玉焼きだけは半熟の方がいいかな」
翔大は美名をちらりと見て笑う。
由清は遠慮がちに手を挙げた。
「え……と生物が苦手です」
「はいはい」
桃子はメモを取る。
「俺はピーマン人参ほうれん草カボチャ、存在感のある玉ねぎだな」
真理の言葉に桃子は目を剥いた。
「何それっ子供か!?
それに存在感のある玉ねぎって何よ!」
「だからさ~正体不明になるくらいクタクタになった玉ねぎなら許すけど、デッカイ奴は駄目だ!絶対に許せん!」
「わっがままねえ――!あんた、何を食べて生きてるのよ?肉肉肉?プロテイン?見るからに筋肉バカっぽいもんね――はいはい。了解!合宿中好き嫌いを克服させてあげるからねっ!」
真理はうえーっと吐く真似をする。
「作ったものを粗末にしたら殴るからね!」
「もう殴ってるじゃないかお前!」
「まあまあ、二人とも」
桃子と真理の間に翔大が割って入った。
美名はバスの窓越しに綾波を見つめる。
何を話して居るのだろうか。
志村に肩を叩かれ、形の良い唇を歪めて笑っている。
たった二日間……
そう言い聞かせているけど、今から寂しくて堪らない。
(この間初めて会ったばかりなのに、私はこんなに夢中になってしまっている。
二日の間に、まさかあの電話の人と会ったりしないよね……?)
最悪なタイミングで、電話で聞いた高い声を思い出してしまった。
甘く柔らかい声。
一体誰なの?
どんな人なの?
何気なく聞いてしまえば案外、何でもないことなのかも知れない。
でもどうしても勇気が出なくて日にちが経ってしまった……
そして三日近く、離ればなれ……
志村がバスに乗り込んで来た。
「さあさあ皆さんお待たせ~!
こら真理君!座りなさいね?桃子ちゃんも翔大君も!
合宿が始まる前から仲良しになったみたいで嬉しいわ~」
「仲良しじゃねーよ!」
「絶対に違います!」
真理と桃子が同時に叫ぶ。
志村はニッコリ笑うと運転手に声をかけた。
バスのエンジンがかかる。
志村は前の席に座り背伸びをした。
「さあ~長野に向けて出発よ!出発、進行~!」
張り切って拳を突き出すが、車内はしーんとする。
「あれっ?皆ノリ良くないわね?記念すべき
"princes & junky"
の第一歩よ?気合い入れていきましょうよ!」
「ぷりんせすあんどじゃんきー?」
桃子が聞き返すと志村はニヤリとした。
「そうよ"princes & junky"
あなた達のバンド名よ」
「ふ――ん」
「へえ――」
「はあ――?」
様々な声がバスの中で交錯するが、志村は咳払いした。
「美名ちゃんの可愛らしさとjunkの攻撃的な野獣みたいな格好良さで核融合を起こしましょう!」
真理が思いきり欠伸する。
「このオッサン何を言ってんだかわかんねえや」
志村はニッコリ笑うと真理の腕をさっと一纏めに掴み、頬にブチュッとキスした。
「ヒャアアアア」
「ギャアアアア」
当の真理も見ていた由清も絶叫する。
ガタガタ震える真理を離すと、志村は自分の唇をなぞって妖しく笑った。
「私ねえ、言うこと聞かないワルガキみたいな子、苛めるの好きなのよぉ~」
翔大も桃子も唖然とする中で、美名は外に居る綾波と見つめあっていた。
外から眩しそうに見上げる綾波が、何かを言った様に見えた。
「え……何?」
「……」
エンジン音に掻き消されて聞こえない。
「言うことを聞かない子は、私からお仕置きがあるからねえ――?覚悟しなさいよっ!」
「ひい――っ」
「いきなり恐怖政治かよ!」
バスの中では志村と真理と由清が騒いでいた。
美名は、綾波の髪が風に靡くのを見ていたら、胸が耐えがたい位苦しくなり、気が付いたら席を立ちバスを降り、彼に抱き着いていた。
力強い腕が躊躇無く美名を抱き締める。
低い笑い声が耳元で聞こえた。
「そんなに俺が好きか?」
「あ、当たり前じゃないのっ……」
「仕方がないな……」
綾波はポケットから何かを出すと、美名の髪を肩に流した。
「ちょっと目を瞑れ」
「な、何?」
「いいから」
目を閉じると、耳にヒヤッとした感覚が走る。
「良く似合う……」
綾波は優しく笑って居る。
「……イヤリング?」
耳に触れると、視界に愛らしい白い花が揺れるのがわかる。
「か、鏡で見たい~!」
「大丈夫だ。綺麗だ」
ドキリとして、頬が熱くなった。
「帰ってきたら、ご褒美にやるつもりだったが……まあいい」
「嬉しい……」
綾波の瞳が揺れたのが見えた時に唇が重なった。
甘く幸せな気持ちが溢れて来る。
ゆっくりと離して、綾波は頭を掻く。
「バスの中がえらい騒ぎだぞ」
「あっ」
志村がまた般若の形相で綾波に何か怒鳴り、真理は中指を立ててこちらを睨み、桃子は口をポカンと開けて真っ赤になり、由清も呆然として見ている。
翔大は無表情に見えたが、唇を噛んでいる。
「気を付けろよ……美名」
「うん……大丈夫」
「気を付けろよ、て意味が分かってるのかお前は」
「う……分かってるよ……そろそろ戻らないと……」
「もう一度見せつけてやれ」
「あっ」
美名は、腰を引き寄せられ、口付けられた。
それは、甘く身体が疼いて、このまま綾波に好きにされたいと思ってしまう位激しい物だった。
「ん……もうっバカ!」
唇が離れた途端、美名は恥ずかしくて綾波の頬を打ってしまう。
「照れるなよ……そんなに目を潤ませてるクセに……我慢出来なくなりそうか?」
美名の手を掴んでキスして、ギラリと瞳を光らせる綾波は本物の獣みたいだ。
「も、もう!知らない!」
「帰ってきたら、たっぷり可愛がってやる……」
「ひゃっ!」
耳元で囁かれて美名は飛び退いた。
「いい加減にしませんか」
不意に背後から腕を掴まれて綾波から引き離され、振り向くと、静かに目の中に闘志を燃やした翔大が居た。
綾波は肩を竦める。
「わかってるさ……美名、じゃあな……」
「うん……」
「行くよ、美名」
美名は、翔大に引っ張られバスのステップに足を掛けてもう一度振り返る。
綾波が笑って手を振った。
胸が痛くて泣きそうだったが、翔大に手を引かれて席に座った。
「おい?いい加減にしろよ女あ!お前、やる気あんのかよ!そんなに男とイチャコラしたいなら帰れよ!」
「真理!」
突っかかってくる真理を翔大が止めた。
美名は涙を堪え、顔を上げて志村を見た。
「志村さん……すいませんでした……
私、やりますから……
princes&junkyを、誰にも負けないバンドにしてみせます!」
志村はニッコリ笑って美名の肩を叩いた。
「いい顔をしてるわ、美名ちゃん!そうよ、頑張りましょうね!さあ、今度こそ出発よ~!」
志村の掛け声でバスは動き出した。
窓から次第に小さくなる綾波の姿を暫く見ていたが、見えなくなるまで遠くまで来てしまうと、不意に涙が溢れた。
「何だあ?早速泣いてんのかよ!」
真理が前の席から、からかってくる。
「お姉ちゃんをいじめるな!」
桃子はクマの編みぐるみを真理に投げた。
見事に命中して、ムッとした真理は投げ返す。
「何すんだワレえ!」
「何よいじめっ子――!小学生なの?」
「そういうお前はシスコンか!痛いな!」
二人の間でクマが何往復もする。
「んも――!静かにしなさい!」
志村が声をあげた時に、美名のスマホが震動した。
綾波からのメールだった。
『美名、お前と離れるのはかなり物足りないが、夢を叶える第一歩だ。頑張れ。
それと、そのイヤリングな。マーガレットの花だ。
花言葉を知ってるか?
"真実の愛"
……二度とこんな恥ずかしいメールしないからな。
愛している。
帰ってきたら、覚悟しろよ』
涙が溢れて、画面に滴が落ちて、慌てて指で拭った。
「美名、大丈夫?」
翔大が声をかけてきたが、美名は笑ってみせた。
「大丈夫!」
その満開の笑顔に、翔大は複雑な思いだった。
指でイヤリングに触れると、いとおしさが込み上げてくる。
(――この時、私は思ってもいなかった――
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