上 下
22 / 98

危険な合宿?

しおりを挟む
志村は、何と大型マイクロバスで迎えに来ていた。



マンションから少し離れた道の路肩に停まっているバスを見た時、美名は口をあんぐり開けた。



出発前、綾波は志村に散々説教されていて、話が出来なかった。

志村は疲れたのか、最後には


「も――いいわ……とにかく、デヒューは一ヶ月後!それに向けての必要な合宿だからね!
綾波君?わかってるわね?」

と半ば自棄気味に言って、美名と桃子をバスへ乗せた。

乗り込む時に綾波を見たら、優しい瞳とぶつかり、胸がきゅうと締め付けられ、泣きそうになる。



大きなバスの中では、翔大始めメンバー達はそれぞれ離れて座っていた。






乗り込んだは良いが、前の座席に居る倉田真理にいきなりガンを飛ばされてしまい、内心ビクつきながら曖昧に笑って会釈した。



「女ぁ。お前、マネージャーとイチャコラして遅くなってんじゃね~よ!」



「うっ……」



「ちょっと!あなた失礼!女!じゃなくてお姉ちゃんには”美名”て名前があるんだからね!」



後ろから桃子が抗議する。
今日の桃子は、翔大が居る安心感があるのか、攻戦的バージョン桃子だ。



真理はふんと鼻を鳴らした。



「はいはい、ヒメ様ね……で、ヒメ様はどんなプレイで楽しんで来たのかな?」



無遠慮に、美名の身体を上から下までジロジロ見てニヤリと笑った。



「真理、よせ」



一番後ろに座る翔大が静かに言った。



「ふんっ……」


真理は美名から目を逸らすと、顔に漫画雑誌を載せて腕を組んだ。



――シャットアウトされてしまった……


美名はドーンと肩を落とすが、翔大がニッコリ笑う。



「気にすんなよ。真理は誰にでもこうなんだよ」



「外面も内面も悪いわけ?終わってるね」



毒を吐きながら桃子が中央の席に座ろうとすると、そこには丁度由清がいた。



「うわっびっくりした!」

由清が声を上げた。


「あれ、アンソニーそこに居たんだ~意外と存在感希薄だね」


「なっ……ひ、ひどい」



由清は青ざめた。





「お姉ちゃん、座ろうよ」


桃子に促され、美名は真ん中より後ろの席の窓際に腰かけた。



外では、綾波が志村と話している。


窓から視線を送っても気がつかないのだろうか。



桃子が通路の真ん中に立ち、確認するように皆の顔を見た。



「え――と、この常に険しい顔した失礼な男が倉田真理……視線がおどおど自信なさげな気弱なヒョロヒョロ王子アンソニー……と、誠実日本男児、旦那様にしたいランキングでいったら多分ベスト3に入るかもね?しょう君……このメンバーがjunkの皆様でいいのかな?」



「おい……喧嘩売ってんのかこの変な眼鏡女!」


真理が漫画を顔からどけて怒鳴る。



「おどおどヒョロヒョロ……う……確かに」


由清は座席の上で膝を抱えて俯きブツブツ言っている。



「皆さん、何か食べれない物はありますか?」



桃子が眼鏡の奥の目を光らせて言う。



「俺は特に無いよ。何でもいけるよ……あ、目玉焼きだけは半熟の方がいいかな」


翔大は美名をちらりと見て笑う。



由清は遠慮がちに手を挙げた。



「え……と生物が苦手です」


「はいはい」


桃子はメモを取る。



「俺はピーマン人参ほうれん草カボチャ、存在感のある玉ねぎだな」



真理の言葉に桃子は目を剥いた。



「何それっ子供か!?
それに存在感のある玉ねぎって何よ!」



「だからさ~正体不明になるくらいクタクタになった玉ねぎなら許すけど、デッカイ奴は駄目だ!絶対に許せん!」



「わっがままねえ――!あんた、何を食べて生きてるのよ?肉肉肉?プロテイン?見るからに筋肉バカっぽいもんね――はいはい。了解!合宿中好き嫌いを克服させてあげるからねっ!」



真理はうえーっと吐く真似をする。






「作ったものを粗末にしたら殴るからね!」


「もう殴ってるじゃないかお前!」



「まあまあ、二人とも」



桃子と真理の間に翔大が割って入った。



美名はバスの窓越しに綾波を見つめる。


何を話して居るのだろうか。
志村に肩を叩かれ、形の良い唇を歪めて笑っている。


たった二日間……

そう言い聞かせているけど、今から寂しくて堪らない。


(この間初めて会ったばかりなのに、私はこんなに夢中になってしまっている。

二日の間に、まさかあの電話の人と会ったりしないよね……?)


最悪なタイミングで、電話で聞いた高い声を思い出してしまった。



甘く柔らかい声。



一体誰なの?
どんな人なの?


何気なく聞いてしまえば案外、何でもないことなのかも知れない。

でもどうしても勇気が出なくて日にちが経ってしまった……


そして三日近く、離ればなれ……





志村がバスに乗り込んで来た。


「さあさあ皆さんお待たせ~!
こら真理君!座りなさいね?桃子ちゃんも翔大君も!
合宿が始まる前から仲良しになったみたいで嬉しいわ~」



「仲良しじゃねーよ!」
「絶対に違います!」


真理と桃子が同時に叫ぶ。



志村はニッコリ笑うと運転手に声をかけた。


バスのエンジンがかかる。


志村は前の席に座り背伸びをした。



「さあ~長野に向けて出発よ!出発、進行~!」



張り切って拳を突き出すが、車内はしーんとする。



「あれっ?皆ノリ良くないわね?記念すべき
"princes & junky"
の第一歩よ?気合い入れていきましょうよ!」



「ぷりんせすあんどじゃんきー?」


桃子が聞き返すと志村はニヤリとした。



「そうよ"princes & junky"
あなた達のバンド名よ」




「ふ――ん」

「へえ――」

「はあ――?」


様々な声がバスの中で交錯するが、志村は咳払いした。



「美名ちゃんの可愛らしさとjunkの攻撃的な野獣みたいな格好良さで核融合を起こしましょう!」



真理が思いきり欠伸する。


「このオッサン何を言ってんだかわかんねえや」



志村はニッコリ笑うと真理の腕をさっと一纏めに掴み、頬にブチュッとキスした。



「ヒャアアアア」
「ギャアアアア」


当の真理も見ていた由清も絶叫する。



ガタガタ震える真理を離すと、志村は自分の唇をなぞって妖しく笑った。



「私ねえ、言うこと聞かないワルガキみたいな子、苛めるの好きなのよぉ~」


翔大も桃子も唖然とする中で、美名は外に居る綾波と見つめあっていた。






外から眩しそうに見上げる綾波が、何かを言った様に見えた。


「え……何?」


「……」


エンジン音に掻き消されて聞こえない。



「言うことを聞かない子は、私からお仕置きがあるからねえ――?覚悟しなさいよっ!」


「ひい――っ」
「いきなり恐怖政治かよ!」


バスの中では志村と真理と由清が騒いでいた。



美名は、綾波の髪が風に靡くのを見ていたら、胸が耐えがたい位苦しくなり、気が付いたら席を立ちバスを降り、彼に抱き着いていた。




力強い腕が躊躇無く美名を抱き締める。


低い笑い声が耳元で聞こえた。



「そんなに俺が好きか?」


「あ、当たり前じゃないのっ……」



「仕方がないな……」



綾波はポケットから何かを出すと、美名の髪を肩に流した。


「ちょっと目を瞑れ」



「な、何?」



「いいから」



目を閉じると、耳にヒヤッとした感覚が走る。




「良く似合う……」


綾波は優しく笑って居る。


「……イヤリング?」


耳に触れると、視界に愛らしい白い花が揺れるのがわかる。


「か、鏡で見たい~!」


「大丈夫だ。綺麗だ」


ドキリとして、頬が熱くなった。


「帰ってきたら、ご褒美にやるつもりだったが……まあいい」



「嬉しい……」



綾波の瞳が揺れたのが見えた時に唇が重なった。



甘く幸せな気持ちが溢れて来る。



ゆっくりと離して、綾波は頭を掻く。


「バスの中がえらい騒ぎだぞ」


「あっ」



志村がまた般若の形相で綾波に何か怒鳴り、真理は中指を立ててこちらを睨み、桃子は口をポカンと開けて真っ赤になり、由清も呆然として見ている。
翔大は無表情に見えたが、唇を噛んでいる。




「気を付けろよ……美名」


「うん……大丈夫」



「気を付けろよ、て意味が分かってるのかお前は」



「う……分かってるよ……そろそろ戻らないと……」


「もう一度見せつけてやれ」


「あっ」



美名は、腰を引き寄せられ、口付けられた。

それは、甘く身体が疼いて、このまま綾波に好きにされたいと思ってしまう位激しい物だった。



「ん……もうっバカ!」


唇が離れた途端、美名は恥ずかしくて綾波の頬を打ってしまう。



「照れるなよ……そんなに目を潤ませてるクセに……我慢出来なくなりそうか?」


美名の手を掴んでキスして、ギラリと瞳を光らせる綾波は本物の獣みたいだ。


「も、もう!知らない!」


「帰ってきたら、たっぷり可愛がってやる……」


「ひゃっ!」


耳元で囁かれて美名は飛び退いた。



「いい加減にしませんか」


不意に背後から腕を掴まれて綾波から引き離され、振り向くと、静かに目の中に闘志を燃やした翔大が居た。





綾波は肩を竦める。



「わかってるさ……美名、じゃあな……」


「うん……」


「行くよ、美名」


美名は、翔大に引っ張られバスのステップに足を掛けてもう一度振り返る。


綾波が笑って手を振った。


胸が痛くて泣きそうだったが、翔大に手を引かれて席に座った。



「おい?いい加減にしろよ女あ!お前、やる気あんのかよ!そんなに男とイチャコラしたいなら帰れよ!」



「真理!」


突っかかってくる真理を翔大が止めた。


美名は涙を堪え、顔を上げて志村を見た。




「志村さん……すいませんでした……
私、やりますから……
princes&junkyを、誰にも負けないバンドにしてみせます!」



志村はニッコリ笑って美名の肩を叩いた。



「いい顔をしてるわ、美名ちゃん!そうよ、頑張りましょうね!さあ、今度こそ出発よ~!」



志村の掛け声でバスは動き出した。



窓から次第に小さくなる綾波の姿を暫く見ていたが、見えなくなるまで遠くまで来てしまうと、不意に涙が溢れた。



「何だあ?早速泣いてんのかよ!」


真理が前の席から、からかってくる。





「お姉ちゃんをいじめるな!」


桃子はクマの編みぐるみを真理に投げた。

見事に命中して、ムッとした真理は投げ返す。


「何すんだワレえ!」



「何よいじめっ子――!小学生なの?」



「そういうお前はシスコンか!痛いな!」


二人の間でクマが何往復もする。



「んも――!静かにしなさい!」


志村が声をあげた時に、美名のスマホが震動した。



綾波からのメールだった。



『美名、お前と離れるのはかなり物足りないが、夢を叶える第一歩だ。頑張れ。
それと、そのイヤリングな。マーガレットの花だ。
花言葉を知ってるか?

"真実の愛"


……二度とこんな恥ずかしいメールしないからな。

愛している。



帰ってきたら、覚悟しろよ』





涙が溢れて、画面に滴が落ちて、慌てて指で拭った。



「美名、大丈夫?」


翔大が声をかけてきたが、美名は笑ってみせた。


「大丈夫!」


その満開の笑顔に、翔大は複雑な思いだった。




指でイヤリングに触れると、いとおしさが込み上げてくる。






(――この時、私は思ってもいなかった――


同じマーガレットのアクセサリーを剛さんが他の人に贈った事があるなんて。


そしてこのイヤリングが元で、ゴタゴタが起こる事も……)






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

処理中です...