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異界から来たベイビー①

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「勇ちゃん……もう充分じゃない?根を詰めすぎてお出掛け前に疲れちゃうわよ?」


「い――や!まだここに埃が!ほらっ!」


リビングのテレビ台を人差し指で擦ると、埃が付着する。


オカンは忌々しい、とでも言いたげに顔をしかめて居る。



「埃で死にはしないって昔のじーちゃんやばーちゃんは言うけど、埃マジで怖いからね!?
埃の中には色んな生き物がうじゃうじゃいるんだよ?
無数のワケわからん生き物が空気中に漂っているわけ!
それを知らずに母さんも岳人も肺の中に吸い込んでるのっ!……ああ怖い怖い怖いっ……だからこんな埃は家の中にあったらダメなの!」


僕は血眼になり家中の拭き掃除に明け暮れていた。

今日は土曜日。
ジミー、いや、鈴木勇人に取って生まれて初めてのビッグイベントだ。


今夜6時から我が家の隣の隣のライブハウスで人気バンド「クレッシェンド」のライブがある。


そう、僕は河本茜と行くのだ!


元々は岳人と行く筈だったが、奴は何か用事があるらしい。
まあ、どうせ女絡みだろう。



茜を誘う勇気がなかった僕はペコリーヌの力を借りたのだ。

茜もクレッシェンドの大ファンらしく、二つ返事てオッケーだった。


この願いの代償は毛根が幾つ分なのだろうか。


考えると恐ろしい。


「世界中の埃を取り去るまでお前は掃除するつもりかよ」


岳人はソファに寝そべりスマホから目を離さない。


「そうよ~!少し位バイ菌を取らないと免疫力が無くなっちゃうのよ~!」


「僕は生憎そんなに図太く生きていないんだよ。
訳ワカメな微生物を体内に取り込む位なら死んだ方がいいね」



オカンの頭に角が生えてきた。
ヤバイ、と思った時にはもう遅い。
お尻叩きの刑が僕を待っている。


バシッ!バシッ!


「いいい痛いっ!痛い!」

「図太い――!?悪かったわね――!てか太い!?お母さまに向かってあんた最大のNGワードを言ったわねえええ」


「その太いは言ってない!」

「キャー!言った!今言ったじゃないの――!」


抱えられシバかれる僕を尻目に、岳人は上着を羽織りキャップを被るとさっさと玄関に出ていく。
手に木刀を持っていた様な気がするが、目の錯覚だろうか。


「――ちょっと行ってくる。夕飯取って置いて」


「岳人――!助け」


無情にも玄関のドアは閉められた。

「ごめんなさいって言いなさい――!」


オカンは尻を叩くのを止めて今度は何故か腋をくすぐり始めた。


「ヒイッ!や、やめてっ」

「言わないと止めないわよ――!」


言葉尻の揚げ足を取って思春期の息子の尻を叩いたり擽ったりするのは親子間DVではないのか!?

そう言いたかったが怒濤のオカンの指使いで僕は笑いと屈辱の地獄に落とされ、這い上がれない。


息が切れ、腹は捩れ口元からは涎が垂れて、多分一番悲惨なのはこの一重瞼の目だろう。


正に糸の如く細くなり、その存在は消えかかっている事だろう。


こんな姿を家の人間以外の他人に見られたら、それこそゾッとする。



ふと視線を感じて、息絶え絶えになりながら虚ろに視線の主を探すと、テレビの画面にペコリーヌが逆さまになって映っていた。


∪。△。)⊃―☆


「ヒイイイイイイ」


「母親を見て悲鳴を上げるとはいい根性ね――っ!」

「ち、違う!誤解だ――っ」


。△。)。△。)
ぬらりぬらり
楽しそうだな勇人☆


「ギャハハハハ……ひっ……た、楽しくない!」


「そーよー勇ちゃん!何にも楽しくないわあああ!小さい頃にはお母さんの後を追っかけて、寝るときにはお乳を離さなかったのに!今じゃこんな憎たらしくなって!
オマケに今日デートだものねえええ!もうお母さんには用は無いのよねええっ」


オカンの擽りはエスカレートし、シャツをまくりあげて腹への攻撃が始まった。


「ひっイイイイ一体何年前の話だよ――!」



。△。)ぬらぬら。
勇人よ。お困りかえ?


「ギャハハハハ!困ってる困ってる!グヘへへ!」


。△。)。△)。△。)助けて欲しいか?


「たすけっ……たすけて!ひャハハハギャアアア」


オカンは馬乗りになり腋と腹への同時攻撃を繰り出している。

僕は床をバシバシ叩いてペコリーヌに助けて!とアピールした。


。△。)。△)。△。)この願いでまた毛根が死ぬぞ


「背に腹は変えられない――ぎゃ――!もう来週禿げてもいいから助けて!」


。△。∪むーん?
来週はちとペース的に早いのう…
わたくしの計算では……


「なんでも、なんでもいいから早く!」



∪。△。)⊃―☆
あーめーぶーかー
なーしゃらにわぬー
むーらはむーらは
にゃらにらにらりー
。・。・。・。・



「『お母さん大好きあいらびゅー☆』て言ってごらん!そうしたら許してギュー☆してあげる~!」


僕は何故かシャツを脱がされそうになっていた。


。△。)。△)。△)
あーほーあーほー
へーぬゃへーぬゃ
さーぬぬひひひら
きらにらにらにら
。・。・。・。・



「何でこんな呪文が長いんだ――!ギャハハハハ」


オカンはズボンをひっぺがそうとしている。


「ぎゃーっやめてっやめてっ」



。△。)⊃―☆
ぬらぬらぬら
シャーッ!!



テレビから緑色の閃光が放たれた。
オカンは、バタリと倒れて寝息をたて始めた。


どうか安らかに眠ってくれ。

僕は十字を切りたい気持ちだった。


脱げかけたズボンを上げてシャツを着ると、テレビからペコリーヌが這い出てきた。


「ぎゃっ」


「゜▽°)∩勇人。そろそろ茜がくる頃ではないのか?」


ペコリーヌはまたセーラー服を着ている。
どうやら気に入ったらしい。


「はっ!そうだ、もう時間……」


姿見まで走り、髪を整え顔のコンディションをチェックしていると、鏡が茶色い物体で埋め尽くされる。



「ぎゃーっ!?」


シュルシュルと音を立てながら茶色い物体は萎み、手乗りサイズのジャムになった。


「ジャ……ジャム。おはよう」


「ハヤト。アイカワラズ一筆描キ出来ソウナ顔ダナ」

可愛らしい口をパクパクさせるが、その発せられる言葉からは悪意しか感じられない。

怒鳴りたくなるのをこらえて、曖昧に笑った。


「°▽゜)ライブの前に映画を観に行くのだよな?上手くやったのうこのスケベ中学生が☆」


「スケベハゲースケベハゲー☆ハヤトの将来スケベハゲー☆」


「゜▽°∩暗い映画館で隣に座りポップコーンを取ろうとする振りをして茜の手を握るのであろう?『はっ…///ご、ゴメン!』『い、いいよ?このまま手繋いで見よう?☆///』
↑↑↑↑
こんな都合のよい展開が少女コミックや乙女ゲーじゃあるまいに、あると思うのか?
けっ☆」



「ヘタシタラ痴漢ダナ☆スケベハゲーのチカン☆サイテー☆」



余りの言われように僕は泣きそうになった。


追い討ちを掛けるようにジャムは頭頂部に登りてっぺんの髪の毛をぶちぶち抜き始める。


「ひいっ!何するんだジャム――!」


「ハヤト。ココに白髪が12本アルゾ。全部抜いてタベテヤル」


白髪がある事にショックを受けたが、抜く事は無いだろうが!

僕は必死にジャムを頭からひっぺがそうとする。

突然ペコリーヌの黒い髪がブワッと部屋中に広がる。

「∩°▽゜)むっ?何か禍々しい魔力を感知したぬら!」

髪は生き物の様に動き回り僕の身体に巻き付いてきた。


「ひえ――っ!」


ブチッ

叫ぶと同時にジャムに毛髪を引っこ抜かれる。


「ハヤト。白髪ガヌケタゾ。アリガタクオモエ」


「明らかに黒いのも抜けてるだろ――!てかペコリーヌ離せ――!」


プルルル


電話が鳴る。



゜▽°)゜▽)゜▽)ぬらぬらぬら


電話が浮いて頭に落ちた。


「いて――っ!!」



「゜▽゜)ほら茜から電話だ。早く出てやれ」


「乙女をマタセルンジャナイ!乙女ヲマタセルナンテサイテー☆」


「うるさ――い!お前ら黙れ今出るから!……もしもし鈴木でございます!」

『――勇人君?私、茜だけど……』


「ハヤトがドナッターハヤトが威張ルー」


ジャムはチョロチョロと首回りを彷徨いて遊んでいる。
僕は右手でジャムをふんづかまえると噛みつかれた。


「って――っ!」



『どうしたの?』


「いや何でもないっ」


ジャムは僕の指にぶら下がり逆上がりをしようとしている。


『……ゴメンね?ライブの前に映画行けそうにないの……』


「えっ?……どうしたの?」


『お母さんが急に2時間位出掛ける事になって……弟の子守りをしなきゃならなくて……』



「そ、そうなんだ大変だね」


∥∥∥∪。△。)∪∥∥
ブワッ!


「ひ――――――あ!」


目の前にペコリーヌが逆さに現れて受話器を落としてしまった。


「∪。△。)⊃勇人!気が利かない奴だのう!
一緒に子守りをしてやるのだ!」


――はっ!そ、そうか!


『――勇人くん?』


「ううううううん?!
ぼ、ぼぼくも手伝うよ!いいいい今から河本の家までっっいいい行くっから――!」


∪。△。)∪☆
ペコリーヌは目の前でガッツポーズをした。


『――いいの?迷惑じゃ』


「ノンノンノンノン!!
そっそそそんな事ない――!こっ子守りは得意じゃないっけっどっ寧ろこの目付きの悪い顔を見て知らない子供が号泣することもなきにしも非ず――って違う――!」


ペコリーヌが受話器を奪い取る。


「もしもし?∪。△。)
ぺ子よ☆ 私も手伝いにいくわ☆」


『ぺ子ちゃん?!……何で勇人君ちに?』

「∪。△。)∪勇人のお願いを叶えるべくわたくしは居るのら☆
わたくしは勇人の葛藤し苦しみ落ち込む姿を見て満たされて勇人は願いを叶えて貰ってちょっとだけ幸福になったような気持ちになる☆ギブアンドテイクの素敵な関係なのだ☆そうそう、勇人がいつ禿げるかわたくしは的中する事ができるぞ?教えてやろうか?」


「何をわけわからん事言ってんだ―!」


『ふうん……なんかよく分からないけど仲良しなんだね~本当に来てくれるの?嬉しい!あ、亜太が泣いてる――本当にありがとう!後でね?』


電話は切れた。


「∪。△。)∪さあ~いくぬら勇人!」


ペコリーヌの菷が空中に現れると僕は無理矢理乗せられる。


「゜▽°∩出欠を取る!
勇人君!」


「……」


黙っていたらジャムに耳朶を食いちぎられそうになった。


「は、はいっ!居ます居ます――!」


「°▽゜)∩ラブリープリティーリトルジャムちゃま☆」


「ハーイ☆」



「∩゜▽°)⊃一万年に一度の魔法使いペコリーヌさん!
∪。△。)∪はいっ!!」


「――いち万年?」


「∩°▽゜)⊃さあっ☆
しゅっぱーつ!」


ジャムが飛んでいき、ドアを開けると菷に乗り僕らは外に出た。


ジャムが頭のてっぺんに噛みついて掴まると、菷は急発進した。


噛みつかれた痛みと強烈なGに悲鳴を上げる。

「ギャアアア」


今までに何度か菷に乗ったがかつてないスピードだ。

叫びが掻き消され、気を失いそうになるが、もわもわしたジャムの手が口の中に突っ込まれ暴力的に意識を引き戻された。



巨大化バージョンのジャムが目の前で瞳をうるうるさせているが、手は口に突っ込まれたままだ。


「ふが、んが!」


黄色いペンキで塗られた壁の二階建ての家の前にペコリーヌはフワリと降りた。

ジャムもミニバージョンになり、肩にちんまりと乗った。


「゜▽°)ここが茜の家だな」


チャイムを押そうとすると、ジャムが弾丸の様な頭突きを顎に決めた。


「――アウチっ――!な、何すんだジャム――!お前、ちょっと可愛らしいからって増長してないか――っ」


「°▽゜)°▽゜)°▽)むむむむ……
勇人。気を付けろ。
この家から凶暴で原始的な魔力が感じられるぬら……」


「――ひっ?」


ジャムが頭の中に埋まり白髪探しを始めた。


「――キヲツケロハヤト。キヲヌクトイマスグに禿ゲルゾ」


「げっ!?」



「°▽°)いや、それどころか死ぬぞ」


「ひ――っ!?」


「イクゾハヤト!」


「∩°▽゜)⊃いざ行かん!命を賭けて子守りをするのだ――!」


いつの間にかペコリーヌの髪の毛にがんじがらめにされた僕はパスタが巻き付けられたフォークみたいだった。


ジャムがドアの前に立ち高い声で叫んだ。


「オープン☆」


バァンと玄関のドアが開かれると掃除機に吸い込まれる様に勇人達はくるくる旋回しながら家の中へ吸い込まれた。


勇人の絶叫と共に。

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