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プロローグ

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 ――剛さん……剛さん……こっちへ来て?ほら、真っ白で綺麗な貝殻……私、こんなの見たこと無い……





 目を輝かせて、裸足の彼女が手に何かを大事そうに握り締め、長い髪を風に膨らませながら駆けて来る。



 危なっかしい足取りだなと思って見ていたが、案の定彼女はつまづいてよろめいた。



 綾波は、彼女が駆けて来た時には、既にその華奢な身体を受け止めようと、走り出していた。



 彼女は、腕の中へと倒れ込み、舌を出して笑う。


 
 ――全く、そそっかしい姫様だな……俺が居なけりゃ、どれだけ毎回転ぶか分かったものじゃないな……



 彼女は、瞳を愛くるしく潤ませ、彼を見つめ、甘い声で小さく呟く。



 ――居なく、なるの?




 ――阿呆。俺はもう……お前を置いて……居なくなったりしないぞ……



 綾波は、ふっと笑って軽く彼女の頬をつねる。








 彼女が柔らかく笑った瞬間、その瞳から涙が溢れた。


 ――約束して……剛さん……私の側から、離れないって……



 ――当たり前だろう……そう言うお前こそ、離れて行くなよ?



 ――私が剛さんから離れるわけないじゃない……



 彼女は、綾波の胸に頭を預け甘える様に鼻を擦り付けた。



 綾波はその長い髪を指で掬い、口付けて言った。




 ――美名。次の……俺達の誕生日に……式を、挙げよう。



 その言葉を言った瞬間、海鳥達が一斉に啼き、波の上を旋回した。




 ――うん……うん……絶対だよ?……うわあ……楽しみ……忙しくなるね!……剛さんも、一緒に考えてよ?



 ――何を考えるんだ?



 ――もうっ!式を挙げるって、色々な事を決めなきゃならないのよ!
      


 ――ああ……成る程な。



 ――大丈夫なの~?そんなんで、私のダ……ダンナ様に、な、なれるのかしらっ?



 真っ赤に頬を染める美名が猛烈にいとおしくなり、綾波はその身体を抱き上げると、砂浜を走り出した。









 美名が悲鳴を上げて綾波にしがみ付くが、悲鳴は次第に鈴を転がす様な笑い声に変わる。



 ――フフフ……もうっ……剛さんこそ、転ばないでよ?



 ――俺が、そんなヘマをすると思うか?



 妖しく笑う綾波を見て、美名は頬を赤らめて首を振った。



 ――俺は、転ばないし、例え転んでも、お前を離さない……絶対に……離さない……



 綾波は、足を止め、美名と熱く見つめ合い、唇を重ねた。







 その時――長い汽笛が遠くから聴こえていた。


 その音が、未だに耳から離れない。








 そして、美名と約束した8月31日。



 快晴の今日、真上にある太陽は、海面と、綾波の肌をじりじりと照らして居た。



 風が冷たい今日は、海水浴客も疎らだった。



 鼻腔を擽る潮の薫りと、寄せては返す波の音が、過ぎ行く季節への物悲しさを煽る。




 あの春の日、美名と走り抜けた砂浜を、綾波はひとり歩いていた。




 綾波は待っていた。




 他の誰でもない、ただ一人の愛する女を――





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