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女帝との対面

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 玄関で衝撃の対面をした堺としのの母は、三十分程後、リビングで話し合っていた。

 いや、話し合うというよりは、しのの母が尋問し、堺がびびりながら答えるという、取り調べの様な雰囲気であった。

 

「……つまり、貴方と娘は今日会ったばかり……ということですか?」

「……はっ……はっ!」



 リビングで、しのの母――美佳原小百合は、腕を組み時折こめかみを手入れの行き届いた華奢な指先で押さえ溜め息を吐いたりしながら、足元で土下座の格好を崩さない堺を見下ろした。 

 玄関で堺を一目見て、小百合は眉をひそめはしたが、嫌悪感は持たなかった。いや普通なら自分の娘が知らない男を連れ込んで裸で抱き合って居るのを目の当たりにしたら、良い印象は持たないだろうし、娘を溺愛している父親ならば発狂するかも知れない。
 
 だが、その辺は小百合は違っていた。小百合は度胸が据わっている。伊達に女の身で芸能プロダクションをやっていない。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女はちょっとやそっとの事で驚いたりしない。

 中学時代に苛めをうけ、人と深く関わるのを恐れ壁を作って友人も居ない娘が、恋人を連れ込んだ――という事実を寧ろ喜んでいた。








「あなたは部屋に居なさい。大丈夫、彼をとって食う訳じゃないから」



 ドアの僅かな隙間から覗いているしのに、小百合は背を向けたまま穏やかに言う。堺は床に頭を付けたまま、しのの気配を感じとると頬を染めた。

 

「ママ、堺さんを怒らないで?私が……私が誘ったの」


 しのが必死になって庇うのを見て、小百合は口の端を上げ、耳まで赤くなった堺の頭に視線を落とすと、綺麗に磨かれた爪で彼の旋毛に触れた。
 
 堺はビクンと震える。


「ママっ」

「大丈夫だって言ったでしょ?ママはもう少し彼と話すから、部屋へ戻りなさい」  
 
 
 小百合は形の良い堺の旋毛を鋭い爪先で円を描き、くつくつ笑った。


「ママ……」

「戻りなさい」

「――っ」



 静かだが、有無を言わさぬ迫力の小百合の言葉にしのは従うしかなく、心配そうに堺を見ながらドアを閉じた。

  
 





「堺さん……と言ったわね?……私の好きなお菓子を持ってきてくださってありがとう」

「ひっ……いえ……と……とんでもないっ」



 小百合の指が刺すように旋毛をつつき、堺は総毛立ってしまい、ますます赤くなった。

 自分よりも一回り以上年下の女の子に庇われてしまった。彼女の思い遣りに胸が暖かくなるのと同時に、情けなくもあった。

 「しのは悪くない。僕が悪いんです」と男らしく言うべきではなかったのか。

 それにしてもこの状況は堺にとって不利すぎだった。しのに怪我をさせたお詫びに来たはずの自分は、欲情して避妊もせずに彼女を犯し、一度だけでは足りずにもう一度抱こうとしたのだ。どう考えても節操がない。何を言われても、殴られても文句は言えない――と堺は項垂れたまま歯を食い縛っていた。


 

「いい加減にお顔をあげたらどうかしら?」

「いっいえ……僕は……っ」


 堺は固まってしまったかのように同じ姿勢でいる。いや実際に彼の身体は固まっていた。突いた両手はジンジンと痛み、固い床に付けた額は熱を持って汗ばみ、両足は痺れが切れてしまって、非常に苦しい状態であった。

 突然小百合の両手が堺の顔に添えられ、彼は無理矢理上を向かせられた。

 屈んだ小百合と堺は至近距離で見詰めあう格好になり、堺は青くなったり赤くなったり忙しい。
 
 小百合は長いウエーブのかかった髪をひとつに後ろで束ね、広い形のよい額に少し皺を寄せ、魅惑的に笑った。

 女優だったという彼女はやはり美しい。しかも、迫力のある容姿だった。大きな目はしのに似ている――と堺が思った瞬間、小百合は思いもかけない事を切り出した。



「提案なんだけど……貴方、しのの愛人になってくださらない?」



 
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