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混・乱・事変

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――ずっこけっ……て。あ、僕の事か――



 自分がそう呼ばれた事を理解するのに何秒かかかった堺だが、自分の腕を握るしのの白く柔らかい手が暖かいことに安堵した。

 小さな剥き出しの華奢な白い肩が少し震えてはいるが、堺を見上げるその瞳は焦点もはっきりしていて力強い輝きを放っていた。

 部屋のドアを開けて何度か「こんばんは」と声をかけたが応答がなく、そういえば勝手に上がってこいと言われた事を思い出し、遠慮がちに中へ足を踏み入れたが、リビングで踞り譫言を呟きながら震える彼女を見付け、気が付けばその背中を擦っていた堺だったが、今頃になり彼女が身体にバスタオルを巻いただけの姿なのに慌てる。



「……す……すいませんっ……気分が悪そうだったからつい――」



 堺は真っ赤になってしのから手を離し飛び退き、その弾みでまたひっくり返ってしまう。







「……えっ?また?」



 しのは驚き堺に駆け寄った。

 堺は壁に頭をぶつけ倒れた所に壁にかけてあった額縁の絵が外れ落下する。



「あぶなっ……」



 しのは反射的に両腕を伸ばし、堺の顔に当たる寸前の絵を受け止めた。

 堺は瞑っていた瞼を恐る恐る開けると、目を見張って口をポカンと開ける。

 しのは溜め息を吐いて絵を壁に戻すが、ふとした違和感に視線を自分の爪先に向け、小さく叫んだ。

しのが腕を伸ばした時にバスタオルが落ち、彼女の裸身が堺の目の前に晒されていた。



「やあっ……」

「っ!」



 思わず凝視する堺に、しのが身体を腕で隠して座りまた叫ぶと、堺は我にかえって顔を逸らした。






「も……もう……っこんなの信じられない――」



 しのの声とドタドタ走る足音が聞こえ、堺はまた瞼を瞑って「すすすすいません!」と叫ぶ。



 ――最悪だ、と思った。

 女社長に謝罪してご機嫌を取るどころか、その娘とセックスする夢を見て淫らな妄想をパンパンに膨らませ、しかも実際に裸を見てしまった。



(終わった……僕は……怒り狂った女社長に抹殺される……)



 堺の頭の中に、何故か女王様のボンテージ衣装のしのに赤のピンヒールで頭を踏みつけられ鞭打たれる映像が浮かぶ。



(――ああ……こんなお馬鹿で不甲斐ない僕は何をされても文句は言えない……

 僕をいびるなら……君の気が済むまでやっていいから……殴るなり鞭でパシンパシンするなり……踏みつけるなり……なんでもいいから……)




「……でも……あんまり痛いのはちょっと……う……でも……悪いのは僕です……ごめんなさいごめんなさいごめ」

「何をブツブツ言ってるんですか」

「ひいっ!」



 背後から肩を叩かれて、堺はまたしても飛び退いた。







 声を掛けたのはしのだった。

 もう、しのは裸ではなくちゃんと服を着ていた――スカイブルーと白のギンガムチェックの前開きのパジャマ――下のズボンはショートパンツで白く柔らかそうな太股が覗いている。

 服を着ていて安心したが、パジャマ姿でも堺には刺激的だったようで、正視できずに横を向いた。

 すると運悪く――というか堺がそそっかしいのだが……壁に鼻を直撃してしまう。



「ぶえっ――」



 鼻を押さえる余裕すらなく、目の前に星がキラキラ飛んでいる。

 呻きながら足を滑らせて、またひっくり返ってしまった堺に、しのは唖然とした。

 堺は鼻血を流しながらヨロヨロ身体を起こし、土下座する。



「も……申し訳ありませんっ!」

「――?」



 しのは首を傾げる。



「き……君に怪我をさせてしまった」

「ああ……こんなのかすり傷だし、あなたのせいじゃないから」

「そそそそそれにっ」

「……それに?」



 顔をふと上げると、屈みこんだしのと堺の目が合って、堺の頬は朱色に染まる。









 口をつぐんで赤くなり下を向いてしまった堺を見て、しのは大いに戸惑っていた。

 自分よりも歳上の男性なのに、このテンパりようは何なのだろう?

 堺が言いたい事が何なのか、しのは大体察していた。偶然唇がぶつかってしまったり、裸を見られてしまったり……

 最悪の出会いと言っても良い。



(……この人……凄く照れて顔も首も赤い……ひょっとしたらシャツの下も真っ赤になってたりして? でも普通こんな時に恥ずかしがって俯いたりするのは女の子の方じゃないの?それに……何故だろう……私……)



 しのは堺よりも姿勢を低くして、その真っ赤な顔を覗き込む。

 堺は目を丸くしてまた飛び退きそうになるが、しのが彼の手を掴んだので転倒は免れた。




「手当てしますね」

「えっ……むむむっ」

「じっとして動かないで下さい」



 しのは、まず湿らせたガーゼで鼻血にまみれた彼の顔を拭き取り、傍らにある救急箱から軟膏を出して左の薬指で優しく塗っていった。




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