#星色卒業式 〜きみは明日、あの星に行く〜

嶌田あき

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第4章

第13夜 不安定恋核(2)

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 階段を上りながら、俺の胸の内では様々な感情が渦巻いていた。ひかり先輩との再会、昔の約束、そして今の使命。全てが複雑に絡み合って、心臓がバクバクと鳴り響く。
 屋上のドアを開けると、息を呑むほどの満天の星空が広がっていた。まるで宝石をちりばめたような、地球では もう見られなくなった光景に、俺は思わず目を見開いた。

「なんだか懐かしいね……」

 ひかり先輩が呟いた。その声に、どこか切なさが混じっている。
 俺は思わず先輩の横顔を見た。星明かりに照らされた彼女の瞳が、かすかに潤んでいる。長い睫毛が、今にも涙をこぼしそうだ。

「ここ……高校の屋上みたいだね」

 先輩が続けた。声が少し震えている。

「あの頃みたいに、また二人で星を見上げているね。懐かしくて……ちょっと切ない」

 その言葉に、胸が締め付けられた。高校時代、先輩の不眠症を治すために、俺たちはよくこうして屋上で過ごした。星を眺めたり、音楽を聴いたり……。あの頃の記憶が、懐かしさと共に押し寄せてくる。

「蛍くん、私……」

 先輩は俺をまっすぐ見つめ、震える声でつぶやいた。その瞳に、迷いと決意が交錯している。

「やっぱり、行きたくない」

 先輩の声が、夜風に揺れる風鈴のように震えていた。

「え……?」

 俺は思わず声を上げた。心臓が早鐘を打つ。

「地球に行きたくない」

 先輩は涙をこらえるように瞬きを繰り返した。

「せっかく蛍くんと再会できたのに……この大切な思い出を、忘れたくないの」

 先輩の声が掠れる。
 その言葉に、俺の心は激しく揺さぶられた。先輩を引き留めたい気持ちと、地球を救わなければならない使命感が、胸の中で激しくぶつかり合う。

「でも、使命があるんだよね」

 未来が静かに言った。その声には、いつもの冷静さの中に、かすかな悲しみが混じっていた。

「そうだね」

 哲も続けた。眼鏡の奥の瞳が、複雑な光を宿している。

「でも、大切な思い出と引き換えに……それって本当に正しいのかな」哲の言葉に、場の空気が重くなる。

 俺の中で葛藤が激しくなる。地球を救う使命。先輩との大切な思い出。どちらも簡単に諦められるものじゃない。心臓が痛いほど締め付けられる。

「くそっ……」

 俺は思わず呟いた。拳を強く握りしめる。

「なんで俺たちがこんな残酷な選択を迫られなきゃいけないんだ……」

 声が震える。

「蛍くん……」

 先輩が心配そうに俺を見つめる。その瞳に映る俺の姿が、こんなにも弱々しく見えるなんて。
 その時、俺の中に一つの閃きが走った。まるで暗闇に一筋の光が差し込んだかのように。

「待ってください!」

 俺は思わず声を上げた。周りの3人が驚いて俺を見つめる。

「考えが……あるかも」

 俺は少し躊躇いながら言った。
 全員の視線が俺に集中した。その眼差しに、期待と不安が入り混じっている。

「地球との間の通信には、特殊な性質があるよな」

 俺は深呼吸をして、ゆっくりと説明を始めた。

「『好き』という感情そのものは直接伝達できないけど、二人の間の共有体験や記憶は伝えられるんじゃないか。つまり……」
「つまり」

 未来が口を挟んだ。彼女の目が、急に輝きを増した。

「そう」

 俺は未来の言葉を引き取った。

「つまり」
「俺か先輩のどちらかが二人の思い出を覚えていれば、通信が成立するんじゃないかって」

 俺の言葉に、みんなの表情が変わった。

「言いえて妙だな」

 哲が眼鏡を直しながら声を上げた。その表情は、まるで新しい発見をした科学者のようだ。

「でも確かに、理論的には可能かもしれない」

 哲は興奮気味に説明を始めた。

「情報理論的に考えると、共有体験というのは一種の暗号化されたデータと見なせる。それを解読するキーが『好き』という感情なら……」
「――情報は、消えない」

 俺が続けると先輩が不安そうに「でも」と言った。その声には、希望と恐れが入り混じっている。

「それでも、地球に行く人は、その気持ちを——記憶を失うリスクがあるんでしょ?」

 先輩の声が震える。
 哲は眉をひそめてうなずいた。

「そうですね」

 哲は慎重に言葉を選びながら続けた。

「僕も最初は地球の技術が未熟なせいだと思っていたけれど、蛍とひかり先輩の話を聞く限りでは、その性質はこの星の技術でも直っていない。むしろ、そういうものだとしか言いようがないみたい。地球に行く人間は、『好き』に関係する記憶を失うリスクが極めて高い」

 俺の心に新たな重圧が加わった。胸が締め付けられるような感覚。地球に行けば、大切な思い出を失うかもしれない。でも、行かなければ地球は……。頭の中が混乱し始める。

「じゃあ、誰が行くの?」

 未来が静かに尋ねた。その声には、覚悟が滲んでいる。
 俺の頭の中が混乱し始めた。誰が行くべきなんだ? 誰が記憶を失うリスクを負うべきなんだ? 俺か? 先輩か? それとも……。答えが見つからず、頭が痛くなる。
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