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第2章
第8夜 海蛍恋模様(4)
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帰りの列車で、先輩がついに眠りについた。
肩に寄せられた頭の温かな重みを感じながら、思わず笑みがこぼれる。
「一緒に寝るんじゃなかったんですか……?」
4人部屋の下段ベッドをソファー代わりにして、背もたれに寄りかかって窓の外を眺めた。
先輩の寝息が少しずつ規則正しくなり、すうすうと鳴る可愛らしい音に耳を傾けていた。ふと周りを見渡すと、哲が俺たちの方を見てにっこり微笑んでいた。眼鏡の奥の目が優しく輝いている。
「よかったな、蛍」と、哲が小さな声でつぶやいた。
その隣では、未来が少し切なそうな表情を浮かべていた。でも、俺と目が合うと、親指を立てて「いいね」のサインをしてくれた。その仕草に、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えつつ、見守ってくれているその思いに感謝で温かい気持ちが胸に広がる。
明日、目覚めたとき、先輩はどんな表情をするだろう。どんな言葉を交わすだろう。そんなことを想像しながら、俺もゆっくりと目を閉じた。
でも、なかなか眠れない。肩にもたれかかる先輩を受け止めているこの状況が、まるで夢のようで。このまま明日になんてならなければいいのに、と思ってしまう。
不思議と体の疲れは感じなかった。むしろ、幸せな気分に包まれていた。5センチも離れていない距離から見る先輩の寝顔は、なんていうか、尊い。その感覚が、俺の心を優しく満たしていった。
列車は静かに夜の闇を走り抜け、俺たちを新しい朝へと運んでいく。この旅が、俺と先輩の関係に大きな変化をもたらしたことを、心の奥底で感じていた。
それから俺たちは同じ列車に乗って、何度も朝焼けを見に行った。太陽はいつも水平線の下にあって、昇ってくることはなかった。でも、それは全然気にならなかった。先輩と一緒に過ごす時間そのものが、かけがえのない宝物だったから。
目を閉じると、あの日の砂浜の光景が鮮明に浮かぶ。先輩が両手いっぱいに海ほたるを掬ってみせた時の、子供みたいな笑顔。その瞳に映る淡い光を見つめながら、そっとキスをした。夢のような世界だと思った。俺はよく眠れなかったけど、この夢がいつまでも続けばいいと心から思った。
帰りの列車で、先輩は必ず眠るようになった。今もまた、こうしてソファーに並び肩を貸すと、先輩は安心したように目を閉じる。長いまつげが頬に影を落とし、シャンプーの甘い香りが漂う。耳元で聞こえる寝息は、ちょっとくすぐったくて、心地いい。
俺が眠れるようになる日はどんどん遠のいた。でも、それは全然構わない。むしろ、先輩の寝顔を見守れる時間が増えたことを、密かに嬉しく思っている。先輩の卒業式が刻一刻と迫っていた。その現実から逃げるように、何度も先輩を誘って列車に乗った。先輩の安らかな寝顔は、俺の不安を和らげる麻酔みたいなもので、それが効かなくなった途端また胸が痛みだすだ。どうせ居なくなってしまうのに、どうせ心を痛めるのは俺なのに、求めてしまう。好きだ。絶対に失いたくない。改めて、俺の中で強い決意となって燃え上がる。先輩を守りたい。
4光年先はどうでもいい。半径3メートルの世界平和を願った。
肩に寄せられた頭の温かな重みを感じながら、思わず笑みがこぼれる。
「一緒に寝るんじゃなかったんですか……?」
4人部屋の下段ベッドをソファー代わりにして、背もたれに寄りかかって窓の外を眺めた。
先輩の寝息が少しずつ規則正しくなり、すうすうと鳴る可愛らしい音に耳を傾けていた。ふと周りを見渡すと、哲が俺たちの方を見てにっこり微笑んでいた。眼鏡の奥の目が優しく輝いている。
「よかったな、蛍」と、哲が小さな声でつぶやいた。
その隣では、未来が少し切なそうな表情を浮かべていた。でも、俺と目が合うと、親指を立てて「いいね」のサインをしてくれた。その仕草に、俺は胸が締め付けられるような感覚を覚えつつ、見守ってくれているその思いに感謝で温かい気持ちが胸に広がる。
明日、目覚めたとき、先輩はどんな表情をするだろう。どんな言葉を交わすだろう。そんなことを想像しながら、俺もゆっくりと目を閉じた。
でも、なかなか眠れない。肩にもたれかかる先輩を受け止めているこの状況が、まるで夢のようで。このまま明日になんてならなければいいのに、と思ってしまう。
不思議と体の疲れは感じなかった。むしろ、幸せな気分に包まれていた。5センチも離れていない距離から見る先輩の寝顔は、なんていうか、尊い。その感覚が、俺の心を優しく満たしていった。
列車は静かに夜の闇を走り抜け、俺たちを新しい朝へと運んでいく。この旅が、俺と先輩の関係に大きな変化をもたらしたことを、心の奥底で感じていた。
それから俺たちは同じ列車に乗って、何度も朝焼けを見に行った。太陽はいつも水平線の下にあって、昇ってくることはなかった。でも、それは全然気にならなかった。先輩と一緒に過ごす時間そのものが、かけがえのない宝物だったから。
目を閉じると、あの日の砂浜の光景が鮮明に浮かぶ。先輩が両手いっぱいに海ほたるを掬ってみせた時の、子供みたいな笑顔。その瞳に映る淡い光を見つめながら、そっとキスをした。夢のような世界だと思った。俺はよく眠れなかったけど、この夢がいつまでも続けばいいと心から思った。
帰りの列車で、先輩は必ず眠るようになった。今もまた、こうしてソファーに並び肩を貸すと、先輩は安心したように目を閉じる。長いまつげが頬に影を落とし、シャンプーの甘い香りが漂う。耳元で聞こえる寝息は、ちょっとくすぐったくて、心地いい。
俺が眠れるようになる日はどんどん遠のいた。でも、それは全然構わない。むしろ、先輩の寝顔を見守れる時間が増えたことを、密かに嬉しく思っている。先輩の卒業式が刻一刻と迫っていた。その現実から逃げるように、何度も先輩を誘って列車に乗った。先輩の安らかな寝顔は、俺の不安を和らげる麻酔みたいなもので、それが効かなくなった途端また胸が痛みだすだ。どうせ居なくなってしまうのに、どうせ心を痛めるのは俺なのに、求めてしまう。好きだ。絶対に失いたくない。改めて、俺の中で強い決意となって燃え上がる。先輩を守りたい。
4光年先はどうでもいい。半径3メートルの世界平和を願った。
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