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4.朔
第28夜 日常と特別(上)
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――キョウカ? ……ねぇ? ――ちょっと……。キョウカ……?
「キョウカ!!」
机に突っ伏していた私は、名前を呼ぶ声にガバっと飛び起きた。口元のよだれを袖で拭う。ふふっ、とクラスの誰かが笑う声。
「あれ!? 授業中? ――月は……?」
周りをキョロキョロしてみるが見慣れた授業中の教室だ。電子黒板の小難しい数式。窓にかかるカーテンは春風に揺れ、ポカポカとした日差しとともに眠気を誘う。
眠いのはきっと春だからだと勝手に納得し、窓の外のいつもの青空を眺めた。
「あれぇ? 月は?」
まだ寝ぼけている。白い月はいつでも出ているわけじゃないのに、無意識にそれを探してしまった。世界は全て平常運行で、教壇に立つ女性が何か特別な気がした。あまり見ない長い髪。
「キレイだなぁ……」
夢見心地で眺めていると、振り返った彼女の顔に驚いた。
(……レネさん! 何で学校に?)
何かを思い出そうとして気は急くのに、頭がうまく働かない。
「キョウカちゃん。大丈夫?」
前の席のアヤが心配そうに振り返る。
(え、ちょっとまって、何でアヤちゃんがG組に?)
「ねぇねぇ、キョウカ?」
「わぁ」
カサネが後ろの席から、私の背中を「つんつん」とつついた。
私は驚きと怒りの入り混じった表情で振り返り
「ねぇ、私たち、本当に月からデータを持って帰ってきたんだよね?」
と小声で話しかけた。
「違うよ」
カサネは呆れ顔でポリポリと頭をかきながら答えた。
「そこ、私の席」
「ん? ……あ! ゴメンゴメン」
進級してクラス替えがあったのだが、彼女とはまた同じクラスになったのだった。席の前後は逆。眺めのいい窓際の席をゲットしたのだが、カサネが前で私が後。私は寝ぼけていて、カサネの席に座ってしまっていたようだ。
「アハハ。キョウカちゃん、だいぶ疲れてるね。まぁ、昨日の今日だから、しかたないか」
前の席でアヤが2つ結びを振りながら優しく笑った。彼女と一緒のクラスに戻れてよかったと始業式の日にはしゃいだことも、すっかり忘れていた。
「レネさん……」
そう呟いて、凛々しく授業を進める彼女を眺めた。去年も行われた3年生向けの特別授業。内容はどうやら、月面基地と量子コンピューターについて話しているようだ。
レネさんは昨夜あれだけ泣きじゃくってボロボロで、今日は絶対寝不足のはずなのに、それをまったく感じさせない美貌を振りまいている。若竹色のブラウスで初夏を先取りしつつ、パンツスーツがきまっている。
得居先生も2年からそのまま持ち上がり、3年G組の担任である。レネさん同様、昨夜の疲れをみじんも感じさせないが、私やカサネがあくびをする度に「なるほど。眠いですよね」なんてウインク通信を飛ばしてくる。
特別授業も上の空で、私はふわふわと宇宙を漂うみたいに過ごしていたのだが、それもつかの間。
「證大寺さん。放課後、必ず進路指導室に来てください。大事なお話があります」
得居先生の一言で、私は一気に現実に帰還させられた。
◯
しぶしぶ進路指導室に顔を出す私。部屋にはやっぱりレネさんがいた。
「レネさん。昨日は、お疲れさまでした」
「今日は流石に眠いわよね。フフフ」
私が部屋に入るなり、得居先生は「證大寺さん!」と両手を握ってブンブン振った。
「ローバーでも大変活躍され、昨夜は無事に竹戸瀬先生のデータも取り戻すことができました。本当に、頑張りましたね!」
「あ、ありがとうございます」
私は手を握られたまま、深々とお辞儀をした。レネさんも立ち上がって声を張った。
「本当にありがとう。理科部のみんながいなかったら、取り戻すことはできなかったと思うの」
「そう言ってもらえてよかったです。でも、私よりユキくんとか羽合先輩のほうが何倍も……」
「そんなこと無い! キョウカちゃんが、最後の最後まで可能性を捨てず、粘ったから、取り戻せた。本当にそう思ってるのよ」
彼女は心の底からそう言っているようだった。
「フフ。やっぱ、優柔不断って月だと役に立つんですね。アハハハ」
量子データを地球に取り戻せたものの、それを脳に戻す方法は不明のままだった。月面基地にあるか、研究所の地下か。私には違いがよく分からなかったが、レネさんにとってはそれで充分だったみたい。日常の中にデータを置いておけることが、何よりも心の支えになるのだそうだ。
彼女はこれから量子治療の研究も進めるといって笑っていた。まだ知られていない脳内の現象を調べ、それを脳の治療に活かすという。ワクワクしているのが、説明する表情から伝わってきた。
「キョウカ!!」
机に突っ伏していた私は、名前を呼ぶ声にガバっと飛び起きた。口元のよだれを袖で拭う。ふふっ、とクラスの誰かが笑う声。
「あれ!? 授業中? ――月は……?」
周りをキョロキョロしてみるが見慣れた授業中の教室だ。電子黒板の小難しい数式。窓にかかるカーテンは春風に揺れ、ポカポカとした日差しとともに眠気を誘う。
眠いのはきっと春だからだと勝手に納得し、窓の外のいつもの青空を眺めた。
「あれぇ? 月は?」
まだ寝ぼけている。白い月はいつでも出ているわけじゃないのに、無意識にそれを探してしまった。世界は全て平常運行で、教壇に立つ女性が何か特別な気がした。あまり見ない長い髪。
「キレイだなぁ……」
夢見心地で眺めていると、振り返った彼女の顔に驚いた。
(……レネさん! 何で学校に?)
何かを思い出そうとして気は急くのに、頭がうまく働かない。
「キョウカちゃん。大丈夫?」
前の席のアヤが心配そうに振り返る。
(え、ちょっとまって、何でアヤちゃんがG組に?)
「ねぇねぇ、キョウカ?」
「わぁ」
カサネが後ろの席から、私の背中を「つんつん」とつついた。
私は驚きと怒りの入り混じった表情で振り返り
「ねぇ、私たち、本当に月からデータを持って帰ってきたんだよね?」
と小声で話しかけた。
「違うよ」
カサネは呆れ顔でポリポリと頭をかきながら答えた。
「そこ、私の席」
「ん? ……あ! ゴメンゴメン」
進級してクラス替えがあったのだが、彼女とはまた同じクラスになったのだった。席の前後は逆。眺めのいい窓際の席をゲットしたのだが、カサネが前で私が後。私は寝ぼけていて、カサネの席に座ってしまっていたようだ。
「アハハ。キョウカちゃん、だいぶ疲れてるね。まぁ、昨日の今日だから、しかたないか」
前の席でアヤが2つ結びを振りながら優しく笑った。彼女と一緒のクラスに戻れてよかったと始業式の日にはしゃいだことも、すっかり忘れていた。
「レネさん……」
そう呟いて、凛々しく授業を進める彼女を眺めた。去年も行われた3年生向けの特別授業。内容はどうやら、月面基地と量子コンピューターについて話しているようだ。
レネさんは昨夜あれだけ泣きじゃくってボロボロで、今日は絶対寝不足のはずなのに、それをまったく感じさせない美貌を振りまいている。若竹色のブラウスで初夏を先取りしつつ、パンツスーツがきまっている。
得居先生も2年からそのまま持ち上がり、3年G組の担任である。レネさん同様、昨夜の疲れをみじんも感じさせないが、私やカサネがあくびをする度に「なるほど。眠いですよね」なんてウインク通信を飛ばしてくる。
特別授業も上の空で、私はふわふわと宇宙を漂うみたいに過ごしていたのだが、それもつかの間。
「證大寺さん。放課後、必ず進路指導室に来てください。大事なお話があります」
得居先生の一言で、私は一気に現実に帰還させられた。
◯
しぶしぶ進路指導室に顔を出す私。部屋にはやっぱりレネさんがいた。
「レネさん。昨日は、お疲れさまでした」
「今日は流石に眠いわよね。フフフ」
私が部屋に入るなり、得居先生は「證大寺さん!」と両手を握ってブンブン振った。
「ローバーでも大変活躍され、昨夜は無事に竹戸瀬先生のデータも取り戻すことができました。本当に、頑張りましたね!」
「あ、ありがとうございます」
私は手を握られたまま、深々とお辞儀をした。レネさんも立ち上がって声を張った。
「本当にありがとう。理科部のみんながいなかったら、取り戻すことはできなかったと思うの」
「そう言ってもらえてよかったです。でも、私よりユキくんとか羽合先輩のほうが何倍も……」
「そんなこと無い! キョウカちゃんが、最後の最後まで可能性を捨てず、粘ったから、取り戻せた。本当にそう思ってるのよ」
彼女は心の底からそう言っているようだった。
「フフ。やっぱ、優柔不断って月だと役に立つんですね。アハハハ」
量子データを地球に取り戻せたものの、それを脳に戻す方法は不明のままだった。月面基地にあるか、研究所の地下か。私には違いがよく分からなかったが、レネさんにとってはそれで充分だったみたい。日常の中にデータを置いておけることが、何よりも心の支えになるのだそうだ。
彼女はこれから量子治療の研究も進めるといって笑っていた。まだ知られていない脳内の現象を調べ、それを脳の治療に活かすという。ワクワクしているのが、説明する表情から伝わってきた。
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