月夜の理科部

嶌田あき

文字の大きさ
上 下
50 / 56
4.朔

第27夜 日食と月食(下)

しおりを挟む
「君が好き!」

 ユキくんの目の前に立ち、じっと顔を見つめる私。皆の視線が私たち2人に集まった。

「ふふふ」

 彼は落ち着いた様子で、少しだけ頬を赤らめ優しい笑顔を返した。

「でもキョウカさん『月も好き』って言うんでしょ?」
「うん! だって――」

 私は走馬灯のように皆の顔を思い出した。これはカサネの言うとおり、どっちも本気でどっちも浮気だ。量子ビットは0か1か決まらず、いろんな影を落とすと得居先生に教わった。アヤは昼と夜でキャラが180度変わり、先輩は大学生なのに子供だ。

(世界はみんな優柔不断で、みんな欲張りなんだ!)

 『君』か『月』か選べないなら、どっちも選んでしまえばいい――。量子の世界なら、それが許される。

「私、優柔不断やめない。だって『それでいいよ』って、ユキくん言ってくれたから!」

 洗濯したてのバスタオルみたいな、ふわふわの可能性が優しく包み込んでくれる世界に飛び込むんだ。

「ユキくん!」
「ああ。〈重ね合わせ〉でしょ? 自明!」

 キーボードの上をユキくんの繊細な指がタタタッと軽快に走る。

 [yuki@quantum01 ~]$ qudo chmod -R 777 ./
 『僕が好きな月が好きな君』 僕が好きなのは?
 qpassword: **************
 
 カタッという甲高いリターンキーの音がコンテナに響く。程なくしてアクセス権の変更完了の通知が画面に現れ、一同はほっと胸をなで下ろした。
 プログラムが再実行され、進捗バーも動き出した。

 5%…………10%…………15%…………20%…………。

 アヤが心配そうにストップウォッチを見た。

「皆既食の終わりまで、あと20分!」

 コンテナルームの中の空気が一気に張り詰める。

 30%…………40%…………50%…………60%…………70%…………。

 固唾を呑んで見守っていた私は堪えきれず、ついにユキくんに声をかけた。

「間に合いそう?」
「たぶん大丈夫。もう戻れない――あと25秒」

 80%…………90%…………。

 私は顔の前で手を組むと、祈るような気持ちで目を閉じた。あの日みた本館ビルを思い出し、ガラス窓を下から上へと数えた。
 ――あと、25秒。お願い……。
 私が展望台まで数え上げ目を開けると、ついに進捗バーは100%に到達した。
 レシピ出力が通知され、間髪入れずユキくんが先輩に声をかける。

「はい。先輩!」
「お、サンキュ」

 2人の理系男子の画面の中でメロンソーダをパスするみたいなやり取りが行われる。
 地球をじっと睨んでいた月面望遠鏡から、いよいよレシピデータを載せたレーザーが発射される。赤外線のため人の目には見えないが、私が念の為にと向かわせてあったローバーのカメラは、その様子を鮮明に捉えていた。
 皆既日食で真っ暗になった月面から見上げる満点の星空。逆立ちの北斗七星と瞬かない星々。一筋の白線が天の川に浮かぶ黒い地球を射抜いた。
 月面から送られてくる映像に、居ても立ってもいられなくなり、みんな外に飛び出していった。

「ねぇ、私たちも、迎えに行こう?」

 ユキくんの袖を引いた。

「レネさんを!」

 屋上に出る。そこには見たこともない光景が広がっていた。
 望遠鏡から伸びる一筋のレーザーが、赤銅色の月を必死に繋ぎ止めていた。ピンと張ったロープを手繰り寄せるようにして、月からデータが帰ってくる。おかえり――。私はこの気持ちをどうしても誰かと共有したくて、ユキくんに話しかけた。

「アハハ。竹取物語とぜんぜん違うね、私たち」
「えっ!? どういうこと?」
「月面基地のかぐや姫はさ、月から帰ってくるんだもん」
「ハハハ。ホントだ! 逆だね」

 コンテナを振り返ると涙でボロボロのレネさんが、アヤと先輩に肩を抱かれ歩いてくる。最後に出てきたショーコさんが手を振りながら、月まで届くくらいの大声で叫んだ。

「受信完了! データに欠損なし! みんな、おつかれ~」
「やったああ!」
「よっしゃああああ!」
「わぁぁあ!」

 歓喜の声が上がる中、アヤは私を見つけすぐに駆け寄ってきた。

「キョウカちゃん!」

 むぎゅっと抱きついた。

「みんな、頑張ったよね。うまくいって本当に良かった……」
「うんうん。それに、アヤちゃんが部長で本当に感謝だよ!」

 すかさずカサネも飛びついてきて背中をバンバンと叩いた。

「わぁああ、キョウカ!! ウチらやったよ……やったんだよね?」
「うん。――カサネが理科部に誘ってくれて良かった!」

 3人で互いの泣き顔に大笑いした。
 レネさんは長い髪を下ろし、頬に涙を滴らせ空を見上げていた。その絵画のような美しさに恥ずかしそうな月が顔を出し、優しい光で彼女を照らし始めた。

 皆既が終わる。
 久しぶりの眩い月光。私たちがぽかんと月を眺めていると、レネさんが目を細めながらお決まりの台詞を呟いた。

「あの、ひとつ言い忘れてたけど――」

 いつの間にかレネさんを中心に輪になるように集まった一同は、彼女の一言に肝を冷やした。また大事なことを言い忘れたのかな。
 私とユキくんだけはもう慣れたもので「やれやれ」と肩をすくめて笑ったのだった。
 もう今夜は、彼女のための月で、彼女のための時間だ。
 何に使おうか?

「……みんな、大好き! ほんとうに、ありがとう!」

 こうして、理科部の実験たたかいは幕を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

My Angel -マイ・エンジェル-

甲斐てつろう
青春
逃げて、向き合って、そして始まる。 いくら頑張っても認めてもらえず全てを投げ出して現実逃避の旅に出る事を選んだ丈二。 道中で同じく現実に嫌気がさした麗奈と共に行く事になるが彼女は親に無断で家出をした未成年だった。 世間では誘拐事件と言われてしまい現実逃避の旅は過酷となって行く。 旅の果てに彼らの導く答えとは。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき
青春
 高校生の澪は、天文部の唯一の部員。廃部が決まった矢先、亡き姉から暗号めいたメールを受け取る。その謎を解く中で、姉が6年前に飛ばした高高度気球が見つかった。卒業式に風船を飛ばすと、1番高く上がった生徒の願いが叶うというジンクスがあり、姉はその風船で何かを願ったらしい。  完璧な姉への憧れと、自分へのコンプレックスを抱える澪。澪が想いを寄せる羽合先生は、姉の恋人でもあったのだ。仲間との絆に支えられ、トラブルに立ち向かいながら、澪は前へ進む。父から知らされる姉の死因。澪は姉の叶えられなかった「宇宙の渚」に挑むことをついに決意した。  そして卒業式当日、亡き姉への想いを胸に『風船ガール』は、宇宙の渚を目指して気球を打ち上げたーー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

君への想いに乾杯

倉木元貴
青春
毎度のように振られる幼馴染を慰めている山中健は、実はその幼馴染の榎本青葉のことが好きだった。でも、好きだからこそ彼女のことを応援したいし彼女を誰かに取られたくないと葛藤をする彼の心中を書いた作品です。

二人の距離がゼロになるまで

ゆらり
青春
入学式、一目惚れした男の子と結ばれるまでの物語です

No remember/THE END

甲田学人
青春
恋人に先立たれた過去を持つ寺門俊は、ある日1個上の大学先輩、宮部彩子に告白される。一応 OKはしたが、動揺 『昔の初恋が、気に障っただけだ。』スタバのあとの公園、撹乱をし 宮部彩子をにらんでしまう。けれど…(No remember) 楽しかった学生時代に戻りたい岬 遊羽(ゆう)は、会社からデザイナー業に転職する。転倒して話しかけた軽井沢実里(かるいざわ みさと)にランチに行こう!』と誘ってみた。(THE END)

処理中です...